世論は「反対」で盛り上がらない東京オリ・パラ 危機管理の視点から見た今後やるべきことは

世論は「反対」で盛り上がらない東京オリ・パラ 危機管理の視点から見た今後やるべきことは

東京・お台場に設置されている五輪のシンボル

 3月時点の各種世論調査によると、国民の7〜8割が東京オリンピック・パラリンピックの延期や中止を望んでいる。世界中からコロナの変異株が到来する不安。大会のために医師や看護師が奪われて予防接種の足枷になることへの懸念。満足な応援ができそうにない鬱憤など、理由はいくらでも挙げられる。こんな状態で開催できるのか。危機管理の専門家に聞いてみた。

(株)リスク・ヘッジの代表取締役でヘッドアナリストの田中優介氏が答える。

「盛り上がらない一番の原因は、開催する大義名分が見えにくいからでしょう。当初は(東日本大震災の)“復興五輪”と銘打っていましたが、東北地方で開催される競技はごくわずか。“コロナに打ち勝った証”と言いながら、海外からの観客は入れない模様。その結果、国民は“何のために開催するのか”が分からなくなっているのです」

 それでは、国民の賛同を得る方策はあるのか。

「遅きに失していますが、納得性の高い大義名分を、今からでも打ち出す必要があります。たとえば“分断から融和への転換”などです。新型コロナの発生源やワクチンの争奪戦で、世界は分断されつつあります。加えて、国内でも分断が進んでいます。重症化リスクの高い高齢者と、リスクの低い若者。給付金をもらえる業者と、もらえない業者。GoToキャンペーンの推進派と消極派。マスクをする人と、しない人。数え上げたらきりがありません。

 それでも、オリ・パラが開催されたら、老若男女や職業を問わず国民が一体となって応援するでしょう。感動も共有できるので、対立する感情も和らいでいきます。このメリットを国民に広報していく。それが開催の危機に対する、リスクマネジメントというものです」

 果たして、広報には、それほど大きな影響力があるのか。(株)リスク・ヘッジの取締役でシニアコンサルタントの田中辰巳氏によれば、

「人は、特に群衆は、言葉によって動かされます。小泉元総理の“自民党をぶっ壊す”という言葉が典型です。古い体質の自民党に辟易していた国民は、あの言葉に引きつけられて政権を熱烈に支持したのです。一方で、小池都知事の(民主党からの合流議員の一部を)“排除します”という言葉は、希望の党から都民や国民を一瞬にして遠ざけました。言葉の威力が、良くも悪くも極めて大きい証拠です。

 危機管理の場面でも、同じような事例を何回も目撃してきました。佐村河内守氏とともに楽曲不正に関わった新垣隆氏は、謝罪会見の冒頭で“私は不正の共犯者です”と語りました。あの言葉によって、国民の処罰感情は一気にしぼんだのです。その結果、新垣氏は一躍人気者になって、テレビCMに登場するまでになりました。共犯者である佐村河内氏とは対照的です」

 それはスポーツの世界でも通用するのだろうか。

「私は1993年5月に、リクルート・ランニングクラブの部長に就任しました。有森裕子選手や高橋尚子選手らを育てた、小出義雄監督(故人)の上司という立場でした。その際、小出監督のセクハラ騒動が勃発して、監督と部員が激しく対立。それが週刊誌にも報道されて、部は崩壊寸前。前任部長の突然の死去もあって、その危機管理という意味で担当させられたのです。

 就任の挨拶のために合宿所(佐倉市)に向かう私に、次のような情報が届けられました。“監督も部員も、新任の部長がどちらに味方するか、固唾を飲んで待ち構えている”と。呆れた私は挨拶の冒頭に、監督と部員に向かって言い放ちました。“私は部の再建に来たのではありません。存続させるか廃部にするかの判断に来たのです”。私は何の意図もなく本音を言っただけでしたが、監督と部員の顔色が変わりました。当然でしょう。全員が走る道を閉ざされ、実質的に失業するわけですから。

 おそらく、監督も部員も“対立などしている場合じゃない”と感じたのだと思います。関係が改善したわけではありませんが、誰もが必死に練習に取り組み始めました。そして、その年の12月12日、全日本実業団女子駅伝を初制覇したのです。“廃部”という言葉が、監督や部員をゴールに向かって突っ走らせたのです。

“何があってもオリ・パラを開催したい”なんて言うからいけなかったのです。その気のない相手に、しつこく交際を迫るのと同じですから。押して駄目なら引いてみる。“オリ・パラ中止なら全てのスポーツイベントの中止も検討”と政府が早い段階で表明したら、“とんでもない!”という声が上がって、風向きが変わっていたかもしれません。“こんな開催方法もあるぞ!”というアイデアも、国民から寄せられた可能性があります」

 では、今からでも間に合う広報活動とは?

「JOC会長やスポーツ庁長官が、次のようなメッセージを発すると良いでしょう。
“コロナで苦しむ国民の皆さんに希望を届けるために、選手たちは地獄のような練習を積み重ねています。勝つ者も負ける者もあるでしょうが、全員が国民の皆さんのために頑張ります。テレビ画面で選手の苦しい表情を見つけたら、それが皆さんへの精一杯のメッセージだと思って、受け止めてやってください”

 このようなメッセージと同時に、厳しい練習風景や怪我に苦しむ姿を、映像として流してみるのも一手でしょう」

 さらに、国民の側が留意すべき点について、(株)リスク・ヘッジの取締役でチーフオブザーバーの橘茉莉氏が言葉を繋ぐ。

「開催することになったら、外国の選手やスタッフを温かく迎えて頂きたいと思います。確かに変異ウイルスを持ち込まれるリスクはあります。しかし、日本は東アジアでトップの感染者数で、ワクチン接種も遅れています。そんな状態にもかかわらず、はるばる来てくれる方々ですので」

株式会社リスク・ヘッジ
代表取締役 田中優介(ヘッドアナリスト)
1987年、東京都生まれ。明治大学法学部卒業後、セイコーウオッチ株式会社入社。2014年、株式会社リスク・ヘッジに入社し、現在は代表取締役社長。著書に『地雷を踏むな―大人のための危機突破術―(新潮新書)』『スキャンダル除染請負人(プレジデント社)』。

取締役 田中辰巳(シニアコンサルタント)
1953年、愛知県生まれ。慶応大学法学部卒業後、アイシン精機を経て、リクルートに入社。「リクルート事件」の渦中で業務部長等を歴任。97年に企業の危機管理コンサルティングを手掛ける、株式会社リスク・ヘッジを設立。著書に『企業危機管理実践論』など。

取締役 橘茉莉(チーフオブザーバー)
横浜国立大学卒業。住友生命保険相互会社を経て、株式会社リスク・ヘッジに入社。

デイリー新潮取材班

2021年3月18日 掲載

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