妻子を捨て、娘ほど年の離れた女性と「不倫逃避行」… それでも彼が自宅に帰ったワケ

妻子を捨て、娘ほど年の離れた女性と「不倫逃避行」… それでも彼が自宅に帰ったワケ

「どこかに行って一緒に暮らそう」。口をついた自分の言葉に、マサアキさん自身も驚いた

 恋に落ちた人には何を言っても無駄なことがある。諫めれば反発するし、なだめようとすれば恋の炎はますます燃え上がる。「恋は大人を子どもにする」のだ。

 マサアキさん(仮名=以下同・52歳)が、東京都内にある小さな板金関係の町工場を継いだのは10年前のことだ。元気だった父が突然倒れ、サラリーマンだったマサアキさんが継ぐ決意を固めた。

「そんな気はなかったんです。父もそれは望んでいなかった。だから大学を出てサラリーマンになった。それなのに父が脳梗塞で倒れて後遺症が残るから、今まで通りには働けないと医師に言われたとたん、『会社はどうなるんだ』と思ったんですよ。父がひとりで立ち上げて、母とともにがんばってきて、僕と妹を育ててくれた。数名ですが従業員だっている。みんな苦しいときも踏ん張ってくれた仲間だと父はよく言っていた。それをつぶしたら、僕は後悔するんじゃないか。そんな気がしました」

 どこまでできるかわからないけど、古参の番頭のような従業員が力を貸すと約束してくれた、がんばってみたいんだけどと父に言うと、頑固一徹の目に涙が浮かんだ。

「30歳のとき、職場の2歳年下の同僚と結婚して、工場を継いだ当時、10歳と6歳の子がいました。妻は大反対でしたね。一生、サラリーマンとして勤めるというから結婚したのに、とふくれていました。『収入だって減るでしょ。子どもたちの習いごとはどうなるの?』って。真っ先に僕のことを心配してくれなかったのは、心に引っかかりましたが、とにかくなんとか生活できるだけのお金は運ぶからと、嫌味をこめて言ったら『私、介護はできないからね』と釘を刺されました。うちの親のめんどうは見たくないということです」

 妻は冷たい人間ではないのだが、どこか利己的だとマサアキさんは感じていた。自分と子どもが無事に暮らせれば、あとのことは知らないと顔を背ける面があるのだ。そんな女性だからクールな魅力を覚えて結婚したのかもしれない。

「若かったんでしょうね。今なら世話好きの肝っ玉かあさん系の女性のほうが、理解し合って楽しい家庭を築くことができるような気がするけど、あの頃は女性の本当のよさを僕自身が見抜けなかった」

 外見の美しさとクールな印象。そこがよかったのだ、当時は。

 工場を継いでから、彼は必死で仕事を学んだ。早朝から夜まで工場に詰め、まずは決まった仕事を把握、新たな仕事も開拓したかった。このままでは先細りになるのが目に見えていたからだ。若い職人ともじっくり話し合った。

「3年ほど経つうちに、やっと新たな仕事も軌道に乗ってきました。サラリーマン時代より確かに収入は落ちたし、仕事をしている時間も長いけど、でもやりがいはありましたね」

 父も必死にリハビリをしたようで、細かな仕事はできないながら、たまに工場に顔を出すようになった。すでに息子に任せたとして、いっさい口を挟むことはなかった。頑固親父は潔かったのだ。

「子どものころは怖くて、父とはろくにしゃべらなかったけど、工場を継いでからは先輩として敬っています。父も僕を認めてくれた。それがうれしかったですね」

 どこかモヤモヤしていた父子関係だったが、わだかまりがなくなり、将来の仕事を語ると父は素直に喜んでくれた。


■工場が軌道に乗った矢先に…マミさんと出会って


 サラリーマン時代は景気の動向ばかり読んでいた。それが工場を経営するにも思いがけなく役立った。景気に左右されない仕事を作り出すことにも成功した。大きく儲けなくても、小さな努力を重ねて地道に生き残っていく道を彼は選んだ。

「業界の集まりや、中小企業経営者の寄り合いにも出るようになって、いろいろな人からいろいろな知恵をもらってなんとかやってこられました」

 人間関係が広がっていくと、女性と知り合う機会も増えていく。上の子が高校を卒業してほっとした2年ほど前、彼は、とある経営者の娘と知り合った。まだ25歳、マミさんという名前だった。自分の娘であってもおかしくない年齢だ。

「言い訳ではないんです。誰もわかってくれないから言っていませんが、彼女のほうから話しかけてきたし、彼女のほうから誘ってきたんですよ」

 眉間に皺を寄せながら彼は言った。マサアキさんは思慮深くて穏やかな男性である。若い女性が誘ってみたくなるのもわからなくはない。そう言うと、彼は少しほっとしたような表情になった。五十男が若い女性に声をかけられて舞い上がるのも当然だろう。

「舞い上がってなどいませんよ」

 少し不快そうだった。すみませんと謝りながらも、心が浮き立つ気持ちがなかったはずはないと思う。

「僕はお金持ちではないけど、女性に食事を奢るくらいならできなくはない。彼女は『私、早くに父と死に別れて、父親を知らないんです』と言ったんですよ。なんだか不憫でね。うちなんて娘を外食に誘っても断られるだけ。それならこういう女性と食事をするのも悪くないと思って」

 ときどき食事に行く関係になった。彼女の仕事、家庭、恋人、そして20代の人たちに流行していることなど、多岐にわたって話を聞いた。彼女はマサアキさんにとって、貴重な情報源だった。今までとは違った視点を知ることで、仕事にいい影響があるとも感じた。

 何度か会っているうちに、彼女は自分の過去を話し始めた。

「彼女は高校生のときからひとりで暮らしていたというんです。母親が男をころころ変えるし、そういう男たちが彼女を誘ってくる、それを知った母親が『おまえが誘ってるんだろう』と怒るから、家にはいられなかったと。高校に入ったばかりのころ、家の引き出しからお金を盗み、親戚に頼んでアパートを借りてもらったそうです。それからは内緒でアルバイトをしながら暮らしていたと。本当かどうかわかりませんが、彼女の話し方は真摯だったし、自分に酔っている感じでもなかった。だから私は信用しました。つらかったね、でもがんばって大学まで出たんだねと言ったら、彼女、号泣してしまって……。その晩、彼女が送ってほしいというから送りました。そして部屋に入ってといわれたので入った。あのままひとりにはしておけなかったんです」

 そう言いながら彼の目が潤んでいるように見えた。

 彼女が眠るのを見届ける手はあった。だが抱きついてきた彼女を、彼は払いのけることができなかった。

「うちもご多分にもれず妻とはほとんど関係がなくなっていたので、柔らかい女性の体が気持ちよかった。まずいなと思ったときはもう溺れていましたね」

 しっかりしているものの、ときどき若さが見え隠れするかのように情緒不安定になる彼女を、彼はたまらなく好きになった。年下なのに甘えることができる女性だったのだ。

「それからは夜、前より頻繁に出かけるようになりました。妻は特に何も言わなかったけど、ときどきしらーっとした目で僕を見ているのが不気味でした。マミとの関係は身も心も近づいて、いつでも会いたくてたまらなかった。彼女が忙しい会社員でよかったです。時間があったら僕はおそらく彼女のところに入り浸っていたと思う」

 週末、ときどき入り浸ることはあった。土曜の午後からふたりで出かけて、夜、彼女の部屋に戻り、朝までに帰宅しようと思いながら起きられなかったこともあった。さすがに外泊は気まずいと思ったが、自宅に戻るとたまたま家族がいなかったのでホッとしたという。

「その頃、おふくろがあまり具合がよくなくてね。土曜日の午後に実家に戻って顔を見せてから、彼女のところに行くこともありました。妻は言葉通り、僕のおふくろのところにはまったく行ってくれなかった。ちょっと様子を見てきてほしいと頼んでも、なんだかんだ理由をつけて行くのを渋るんですよ」

 体調のよくない両親を気にすることもなく、妻は自分の趣味に夢中だった。マミさんだけが彼の救いだったのだ。

「家庭と仕事への責任と、マミへの恋愛感情との間で僕はどんどん疲弊していきました。妻への幻滅も加わっていたかもしれない。50歳になったことも影響しているでしょうね。更年期かもしれませんね」

 全身全霊をかけて好きになったマミさんと、いつも一緒にいることができない。将来を話し合うこともない。せいぜい次の週末の予定を聞くくらいしかできないのだ。せつなさが募っていく。


■「どこかに行って一緒に暮らそうか」


 愛し合うもの同士は同じことを考えるのだろうか。マミさんが、「いつもあなたと一緒にいたい」と泣いたことがあった。

「マミ、どこかに行って一緒に暮らそうか」

 口からそんな言葉が飛び出して、マサアキさん自身がびっくりしたという。言ってから、実はそれを望んでいたのだとも気づいた。

「急に焦燥感が出てきて、今すぐどこかへ行こうと言ったんです。土曜日の夜でしたね。ちょうど車で彼女のところに来ていたので。彼女は『旅じゃないのね、もう帰ってこないのね』と言いました。帰らない。はっきり自分の意志でそう言ったのを覚えています」

 彼女は身の回りのものをキャリーケースに詰め始めた。そんなのいいよ、どこかで買えばいい。そう言って制して車に乗った。

「休み休み行ったんですが、未明には大阪に着きました。もっと遠くへ行きたいと思った。仮眠をとって広島のほうまで行きました」

 日曜日だから、彼女は仕事に支障がない。だが彼には家庭があった。

「本当に家庭を捨てるの? と彼女が聞きました。僕は捨てると言った。わかったと彼女はひと言だけ」

 夜、小さなホテルに泊まった。自分で自分を追いつめていくのがわかっていたが、彼はすべてがどうでもよくなっていた。

「結局、何日そこにいたのかなあ。彼女の着替えを買ったり、ふたりでなぜかカラオケに行ったり。おいしいものを食べて、毎日ご機嫌に酔っ払って、でも腹の中には重いものを抱えて……。僕は携帯の電源を切っていました。彼女は僕の目の前で、携帯を海に投げ捨てたんです。さっぱりしたって笑っていました」

 3、4日たったころ、彼女がふと言った。

「このまま死んでもいい」

「僕もそう思っていた」

 道行きが心中へと変わりそうになったとき、彼女はつぶやいた。

「あなたはお母さんに電話したほうがいい。声を聞きたいでしょ」

 言われるがままに、彼は母親に電話をかけた。

「ああ、生きていてよかった、というのが母の第一声だったんです。それでふと我に返った。マミは僕の様子をじっと見ていました。僕からはあまりしゃべらなかったけど、母はとにかく一度帰っておいでと。工場はつぶしてもいい、あんたの好きなようにすればいいとも言ってました。電話を切ると彼女が言ったんです。『帰ろ』と」

 マミさんは彼の覚悟を試したのか、あるいは彼と家族、特に親から引き離してはいけないと思ったのか。いずれにしても、彼はマミさんのおかげで生還した。

「あのときどんどん死神に魅入られていたような気がします。ふっと日常を捨てたいと思ったところから、よろよろと落ちていく感じが自分の中にあった。マミの本音はついにわからないままなんです。車で東京に戻って、高速を降りた瞬間、彼女は『ここから電車で行くわ』と車を降りてしまった。そしてそれきり連絡先がわからなくなってしまったんです。仕事は続けているみたいなんですが、彼女から連絡が来ないのに僕からはできなくて」

 帰宅した彼を、妻はじっと見つめていた。ごめんと謝ると、「子どもたちが心配してる。お母さんにも電話してあげて」とだけ言った。その目には喜びも怒りもなかった。

「従業員はがんばってくれていました。本当に申し訳なくて。消えてなくなりたいほど恥ずかしかった。その日、従業員に『社長が帰ってきたお祝い』としてさんざん奢らされました。でもそれで翌日からは何もなかったように仕事をしてくれて」

 誰もマサアキさんの出奔の詳細を聞いてこないと気づいたのは、それからしばらくたってからだ。

「それとなく古参の番頭さんに聞いたら、母が『おそらく誰かと一緒にいると思う。でもことを荒立てないで』と言ったそうです。ではなぜ妻が何も言わないのか。それがずっと不気味なんですが、その謎はまだ解けていません」

 妻は本当に彼に対して関心がないのかもしれない。今も事務的なこと以外はほとんど会話がないままだ。

「子どもを通して話している感じですね。この先、妻とどうなるのかはまったくわからないし、今は考えないでおこうと思っています」

 仕事に戻ったマサアキさんは、10年前に工場を継いだときと同じように新鮮な気持ちで仕事に取り組んでいるという。だが、心の底では、マミさんのことを忘れたわけではないようだ。彼女からもらったキーホルダーを彼は今も大事に持っている。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮取材班編集

2021年3月24日 掲載

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