都を訴えたGダイニング社長の評判 年収6000万円を公言、社員も厚遇の経営理念は

都を訴えたGダイニング社長の評判 年収6000万円を公言、社員も厚遇の経営理念は

都に損害賠償訴訟をし記者会見するグローバルダイニング長谷川社長(2021年3月22日)

■法廷闘争の行方


 フジテレビ系列のニュースサイト「FNNプライムオンライン」は3月22日、「時短命令に問題提起 提訴 グローバルダイニング」との記事を配信、YAHOO!ニュースのトピックスに転載された。

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 東京都心で飲食チェーンを展開するグローバルダイニングが、《時短営業の命令は違法》と主張し、都に対して1店舗あたり1日1円、計104円の損害賠償求める訴訟を東京地裁に起こした。

 この問題は、弁護士ドットコムニュースが3月19日、「時短命令受けた『グローバルダイニング』、都を提訴へ 特措法に基づく対応を批判」と報じていた。

 グローバルダイニングは、「カフェ ラ・ボエム」「モンスーンカフェ」「権八」といった人気店を擁して知られている。

 東京都は18日、営業を午後8時までとする緊急事態宣言下で要請に応じていない飲食店27店に、特措法45条に基づく時短営業命令を出した。

 実はこの時短営業命令、グローバルダイニングを“狙い撃ち”にしたものだったことが、今では明らかになっている。

 朝日新聞DIGITALは19日、「都の時短『命令』、グローバルダイニング系飲食店に集中」との記事を配信した。

 朝日新聞の調査では、18日に時短営業命令を出した27店のうち26店がグローバルダイニング系列だったという。同社は命令には従う姿勢を見せ、緊急事態宣言が解除された21日までの4日間は営業時間を午後8時までに短縮していた。


■社長の反論


 グローバルダイニングの長谷川耕造社長はもともと、新型コロナの感染対策として飲食店に営業自粛を求めることに異論を唱えていた。

 東京都がグローバルダイニングの26店舗に時短営業命令を出す前の3月11日、長谷川社長は弁明書を都に提出した。これは特措法に規定された弁明の機会付与を利用したものだった。

 弁明書は同社の公式サイトでも公開されている。一部を要約してご紹介しよう。

▼新型コロナウィルスは弱毒性のため、完全に封じ込めるのは不可能。感染やワクチン接種などにより、人口の約6割が免疫を獲得し、集団免疫を確立するしかない。

▼行政は高齢者などのハイリスクグループの命を守る具体策を講じていない。にもかかわらず、緊急事態宣言で経済活動にブレーキをかけるのは、「指の先が化膿したので、腕を肩から切断」するような、ありえない愚策だ。

▼1月に緊急事態宣言が発令された際、当社の考えを公式サイトに掲載し、マスコミの取材にも「(時短)要請は受けない」と明言した。批判を覚悟したが、その件数は僅かに過ぎず、賛同・応援の意見はかなりの数に上った。


■原点は喫茶店


 グローバルダイニングの代理人を務めるのは、倉持麟太郎弁護士。弁護士ドットコムの取材に応じ、訴訟について次のように説明している。

《緊急事態宣言下で、法的根拠があいまいな中で自粛要請がなされてきました。そういった日本社会におけるコロナ禍の不条理に対して、色々な方が色々なことを思っていたはずです。この訴訟が、そういった思いを集約する場になればと考えています》

 ちなみに倉持弁護士は2017年9月、週刊文春に山尾志桜里・衆議院議員との不倫疑惑が報じられたことがある。

 それはさておき、これほどまでに首尾一貫して都や国のコロナ対策に異論を唱えるグローバルダイニングとはどのような企業であり、長谷川社長とはどんな人物なのだろうか。

 企業の信用情報などを検索すると、長谷川社長が生まれたのは1950年。今年で71歳になる。外食産業の内実に詳しい関係者が言う。

「長谷川さんは早稲田大学の商学部を1年で中退したはずです。71年、シベリア鉄道に乗ってヨーロッパを放浪しましたが、その際、スウェーデンのストックホルムを拠点に置きました。翌年に帰国すると、高田馬場駅の近くにあるビルの地下に、喫茶店『北欧館』をオープンしたのです」


■“夜遊びの魅力”


 インドのデリーからイギリスのロンドンまで乗り合いバスで横断した顛末を描いた「深夜特急」(新潮文庫)の著者、沢木耕太郎氏は1947年生まれの73歳だ。

 沢木氏が日本を発ったのは70年代前半とされている。2人は世代も、旅した時期も、非常に近いと言っていいだろう。

「『北欧館』は長谷川社長の、北欧生まれの美しい奥さんが店にいたのが印象的でした。調度品がスタイリッシュだったことは今でも鮮明に憶えています。敷居の高さを感じる人もいたと思いますが、店は非常に繁盛していました」(同・関係者)

 長谷川社長は「北欧館」の盛況で事業拡大の資金をつくったようだ。

「長谷川社長が次に目をつけたのが六本木や麻布十番、代官山といった街でした。感度の高い人が集まる場所に、ハイセンスな内装で、なおかつ朝の5時まで開いている店を次々にオープンさせたのです。この時期に登場したのが『カフェ ラ・ボエム』で、今でも人気店です」(同)

 長谷川社長は、いわば“夜遊びの魅力”を消費者に教えたと言える。そして特に“業界人”が、これに飛びついた。


■ブッシュ大統領も来店


「グローバルダイニングはバブル経済の恩恵もあって成長を続けます。長谷川社長が業界で名を上げた理由の1つとして、社員でもアルバイトでも、やる気を見せて成果を出したスタッフには高給を払ったことが挙げられます。ご本人も『年収6000万円』を公言し、年収1000万円のスタッフも続出しました。高給を元手にして独立した人も多く、成功した店舗の社長が『グローバルダイニングのOB』だったということは珍しくありません」(同・関係者)

 バブル景気が終わったのは1991年2月だが、グローバルダイニングはその後も存在感を発揮した。

 例えば「モンスーン カフェ」は93年に西麻布に1号店がオープン。95年には代官山に巨大店舗をオープンさせて大きな話題となった。

「2000年には和食の『権八』を西麻布にオープンしました。02年には当時の小泉純一郎首相とブッシュ大統領が日米首脳会談を行いましたが、会食に『権八』が使われて大きな注目を集めました」(同)

 外食産業の場合、普通ならディナー営業だけでなく、ランチや朝食にも力を入れて集客力を高めようとするのが経営のセオリーだ。ファーストフード、ファミリーレストラン、回転寿司などの営業時間を見ると、それがよく分かる。


■企業イメージの危機?


 グローバルダイニングは1999年、東証二部に上場を果たし、売上高は連結で100億円を超えた。これほどの経営規模でも“深夜営業”に特化し、ランチや朝食時の営業を行わない戦略を採っているのは珍しいと言えるだろう。

「グローバルダイニングの店舗は広い空間をダイナミックに使います。内装が魅力的で、心を許せる友達などと夜遅くまで充実した時間を過ごせると満足する人は少なくないでしょう。ただ、比較的若い世代が支持する店と言えます」(同)

 客層については、先に紹介した弁明書にも《当社の顧客もローリスクの年代の方が大半です》と記されている。

「深夜まで楽しくお客さまに食事とアルコールを楽しんでもらう。これは長谷川社長やグローバルダイニングという会社のアイデンティティなのでしょう。都と長谷川社長の“対立”について是非を論じるつもりはありませんが、新型コロナ対策が同社の“アイデンティティ・クライシス”を招きかねないと危惧し、都を提訴したのかもしれません」(同)

 協力金の問題も無視できないようだ。長谷川社長は先の弁明書で《一律1日6万円というのはあまりに不合理》と主張し、《店舗・企業の状況に応じた経済対策を望みます》と訴えている。


■押し寄せた客


「グローバルダイニングが経営する店舗は損益分岐点が高いと考えられます。一等地に出店していますから家賃も高いでしょうし、スタッフの厚遇は前に指摘した通りです。協力金だけでは厳しいのでしょう」(同)

 そもそもグローバルダイニングが時短要請を無視していた時、お客は入っていたのだろうか?

 業界紙の「フードドリンクニュース」(電子版)は1月15日、「平常営業のグローバルD、20時以降『ド満席』! ウエイティングも」の記事を配信した。タイトルだけで充分に盛況が伝わってくる。

 Twitterでも一時期、「銀座のラ・ボエムが20時以降は2時間待ち」というツイートが投稿されていた。

 やはり相当に繁盛していたようなのだ。今回の提訴によって、世間から更に注目を集めるのは間違いない。どんな司法判断が下されるのか。

デイリー新潮取材班

2021年3月25日 掲載

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