歌会始で眞子さまが秋篠宮さまに“反逆” 詠まれた「意味深な恋文」を分析

 皇室の新年行事を締めくくる「歌会始の儀」は3月26日、およそ2カ月半の延期を経て開催と相成った。天皇・皇后両陛下の御製・御歌とともに、とりわけ注目されるのは秋篠宮家の長女・眞子さまの一首。そこでは父宮の意に背き、またも「恋の成就」が詠まれていた。

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 眞子さまのお気持ちはやはり、微塵も揺らいでいなかった。お相手の小室圭さんと添い遂げんとなさる強固なご意思はいっそう激化し、今回の三十一文字(みそひともじ)でも余すところなく発露されていたのである。

 宮内庁担当記者が言う。

「1月15日に行われるはずだった歌会始の儀は、コロナ感染拡大の影響で延期され、昨年は101人だった招待者を3人に絞るなど、規模も大幅に縮小されました。アクリル板などの感染予防策も講じられ、会場の松の間にはモニターを設置、遠方で出席できない入選者はオンラインで参加することになったのです」

 そんな状況下で眞子さまの歌に注目が集まるのは、昨年こんな一首を詠まれたからだ。

「昨年のお題は『望』で、眞子さまは『望月に月の兎が棲まふかと思ふ心を持ちつぎゆかな』との歌を詠まれました。月にウサギが住むという言い伝えを信じていた幼い頃の純朴な気持ちを、今も持ち続けたいとの意ですが、これには別の想いが込められているとの見方がもっぱらでした」(同)

 2017年9月、小室さんと揃って臨まれた婚約内定会見。眞子さまは小室さんの印象を「太陽のような明るい笑顔」と讃えられ、これに小室さんは「(眞子さまは)私のことを月のように静かに見守ってくださる」と応えていたのである。

「会見で小室さんは、きれいな月を見るたび、眞子さまを思い出して電話を掛けているというエピソードも明かしていた。月を持ち出せば小室さんとの関係が連想されるのは明らかで、その上であえて月の歌を詠まれたわけです。当時、すでに秋篠宮さまは“現状では納采の儀は難しい”という厳しい見方を示されていましたが、眞子さまは和歌を通じ、このお考えに公然と反旗を翻されました」(同)

■“深まる秋”とは


 そして今回の歌である。お題は「実」。これを用いて、眞子さまは次のような歌を詠まれている。

〈烏瓜(からすうり)その実は冴ゆる朱の色に染まりてゆけり深まる秋に〉

 烏瓜は、夏の日没後に白いレース状の花を咲かせて朝にはしぼみ、秋になると鮮やかな朱色の実をなすことで知られる。花言葉の一つは「よき便り」というもので、

「『烏瓜』で始まって『朱の色に』『ゆけり』『秋に』と、いずれもイ音で終わっています。韻を踏むように詠まれており、それが無理のない形で歯切れがよく、耳に心地よい歌です」

 とは、さる歌人の解説。

「烏瓜という植物は、歌人好みの題材です。秋はどこか寂しさや侘しさを感じさせますが、そんな季節にあって橙色に染まっていく姿は、大変鮮やかで美しいものです。眞子さまの歌は、最初に烏瓜の実に焦点が置かれ、次第に視点を引いていくような形で秋の情景の中に溶け込んでいく。そこには、果実が緑色から朱の色に染まりゆく時間の経過も織り込まれています。叙景歌として大変すぐれた一首だと思います」

 ちなみに、この烏瓜を題材とした歌には、

「若山牧水の妻である若山喜志子さんの歌があります。『共に見てし花は果となり烏瓜秋風の中に光りて赤し』という一首で、秋、赤さ、時間の経過というポイントは、眞子さまの歌にも近しさを感じます」

 というのだ。が、その一方で、

「今回の歌は、ご自身の置かれた状況を考えると、思わず深読みしたくなってしまいます」

 そう指摘する。

「眞子さまの歌は明快に詠めるものではなく、どこか奥ゆかしさを帯びている。そこで“深まる秋”とは、秋に一体何があるのか、とつい興味が湧いてしまいます。というのも、烏瓜は別名『玉梓(たまずさ)』とも呼ばれているからです」

 烏瓜は古来、果実の種子の形が、書状を細く巻き畳んだ結び文(玉梓)に似ていることからそう呼ばれてきた。花言葉の「よき便り」も、これに由来するとされるのだが、

「玉梓は、古くから恋文の意でも用いられてきました。眞子さまの歌は、秋が深まる頃に恋文が朱色に染まって熟していく、そんなロマンチックな恋の歌としても読み取れると思います」(同)

■「歌を通じてしか…」


 深まる秋――。小室さんは5月に米フォーダム大ロースクールを修了したのち、7月下旬のニューヨーク州司法試験に臨むとみられ、その合否は、10月下旬から11月初頭にかけて判明するという。さらに、

「ちょうど10月には、お二人とも30歳の誕生日を迎えます。眞子さまはかねて結婚について“30歳までには”との思いを周囲に示されてきた。小室さんの合格という朗報とあわせ“秋の実り”を心待ちにされているご心情が、歌からも窺えます」

 とは、さる宮内庁関係者である。

「夏の間、夕刻から朝にかけて花を咲かせるというところも、耐え忍ぶ恋を想起させてしまいます。そうした季節を経て、秋が深まった頃に悲願が成就する。つまりはご結婚ですが、果たして眞子さまは、そこまでお考えを巡らせた上で題材を選ばれたのかどうか……。いずれにせよ、昨年に続いてさまざまな解釈を生みかねない一首であることは疑いようがありません」

 通常、陛下や皇族方が和歌を詠まれる場合、題材やモチーフはご自身でお決めになり、宮内庁で和歌の指導にあたる御用掛は言葉の置き方やリズムなどのアドバイスにとどまる。つまり、烏瓜を選ばれ、またお題の「実」をその果実として詠み込まれたのも、すべて眞子さまご自身のお考えだというわけである。

 秋篠宮家の事情を知る関係者が明かす。

「眞子さまのお気持ちは、小室さんとの結婚に傾倒されたままです。“結婚したい気持ちは尊重するが、皇族としての正規の手続きは現状では行えない”とのお考えで一貫されている秋篠宮さまとは全く平行線。何しろ、父宮に対するお答えが、この歌なのですから」

 2月には陛下が、会見で秋篠宮さまのお考えを踏まえた上で、眞子さまに“ご両親とよく話し合って”と呼びかけられたのだが、

「それが実行されている気配はまるで窺えません。ご家庭で直接の会話が成り立たない以上、眞子さまはご両親に対し、もはや歌を通じてしかお気持ちを露わにできないのではないでしょうか」

 加えて昨年末には、宮内庁の西村泰彦長官が小室さんに「説明責任を果たすべき」だと、異例の苦言を呈している。

「当初、新年行事を締めくくる歌会始の儀が終わった後に、小室さん側から何らかの“表明”があるのではともみられていましたが、儀式が延期となったことで、なし崩し的にそうした機会も立ち消えとなりつつあります」(前出記者)

 父宮に対しては頑なにお心を閉ざし、あたかも烏瓜のように夜ごと小室さんとの“遠距離通信”に花を咲かせられる眞子さま。あるいは、来るべき秋までやり過ごそうといったお考えを抱かれているのだろうか。

 精神科医の片田珠美氏が言う。

「今回の歌でわかったのは、眞子さまがいまだ小室さんへの『ほれこみ』から脱していないということでしょう。『ほれこみ』とは、フロイトによれば対象の過大評価。相手への批判力を失い、欠点が美点に見えてしまう状態で、つまりは“あばたもえくぼ”ということです。秋篠宮さまをはじめ、この状況での結婚を疑問視する意見が次々と出ましたが、眞子さまは『ほれこみ』による視野狭窄に陥って、小室さんのことしか見えなくなっているのだと思います」

 そのお心は、いまだ囚われたままだといい、

「『ほれこみ』の状態からはいずれ目が覚めるのでしょうが、その時には必ず相手への幻滅がついて回ります。ただ、それは自己否定につながるため、誰にとっても受け入れがたい。眞子さまはご家族をはじめ周囲に相談できる人がおらず、小室さんだけに依存するようになっているため、いっそう彼に幻滅してしまうのが怖い。そんな悪循環に陥っているように思えます」

 実りの秋を見据えられ、きわめて不穏な歌を詠まれたわけである。

「週刊新潮」2021年4月1日号 掲載

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