NHKドキュメンタリーで起きた重大事件 過労死記者の問題に蓋をするあり得ない体質

NHKドキュメンタリーで起きた重大事件 過労死記者の問題に蓋をするあり得ない体質

NHK

■消された名前


「目撃!にっぽん」というテレビ番組をご存知だろうか。NHK総合で日曜の午前6時10分から放送されているドキュメンタリー番組だ。

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 放送記者が言う。

「日曜の早朝にオンエアされるので、ご存知ない方もいるでしょう。しかし、業界ではクオリティの高い番組として知られています」

 3月7日に放送されたのは、「消えた窯元 10年の軌跡〜福島県 浪江町〜」だった。

 東京電力福島第一原発から約10キロの位置にある浪江町大字大堀に、23軒の窯元が集う“陶芸の里”があった。

 東日本大震災が発生し、原発事故が起き、浪江町は住民が暮らすことのできない街となった。陶芸家を中心に、浪江町の住民がどのような10年を過ごしたのか、丁寧に追ったドキュメンタリー作品だ。

 ところが、この「消えた窯元」に関して、「放送時、気になる部分があった」という情報が寄せられた。実際に番組を視聴した男性が振り返る。

「番組が終わりに差し掛かると、普通はディレクターなどスタッフの名前が書かれたクレジットが流れるはずです。ところが、3月7日の『消えた窯元』はクレジットが表示されませんでした。非常に珍しく、不自然な印象を受けました」


■NHKと過労死


 実は、この「消えた窯元」は2月14日、NHKのBS1スペシャルでも放送されている。その際は、しっかりとクレジットがオンエアされたという。

「目撃!にっぽん」の放送が始まって4年。149回目で初めてのことだ。両方の番組を見た視聴者からは、「(BS版の)放送では出ていたのに、「目撃にっぽん」では表示されないのでしょうか?」との声もあがっている。なぜ、こんなことが起きたのか。NHKの内情に詳しい関係者が言う。

「番組スタッフの1人に、NHK女性記者の過労死問題について詳細に取材し、出版社からノンフィクション作品を上梓した男性がいたからではないでしょうか。この過労死問題ですが、女性記者は過労死規準を大幅に上回る残業が原因で2013年に亡くなりました。もっともNHKが過労死を公表したのは17年。NHKが隠蔽していたのではないかと当時、大きく報道されました」

 その書籍とは、『未和 NHK記者はなぜ過労死したのか』(岩波書店)。著者の尾崎孝史氏はフリーの映像編集者として30年間、NHKでドキュメンタリー番組の制作に携わってきた。

 過労死した女性記者は、佐戸未和さん(1982〜2013)。2005年に一橋大学法学部を卒業し、報道記者としてNHKに入局した。


■遺族の違和感


 13年に東京都議選と参院選の取材を担当した後、うっ血性心不全で死去した。僅か31歳の若さだった。

 発症2か月前の時間外労働時間は月188時間4分。発症1か月前は月209時間37分だったことが判明した。

 厚生労働省が過労死ラインと定めている時間外労働時間は月80時間。大幅に上回っていることは明らかであり、翌年に渋谷労働基準監督署が過労死と認定した。

 一方、彼女の遺族は、長女の死が貴重な教訓としてNHKで周知されているとばかり考えていた。

 そんな折、15年に大手広告代理店・電通の新入社員である高橋まつりさん(当時24歳)が過労自殺し、大きな社会問題となった。

 NHKも大きく報道したのだが、遺族はまるで“他人事”として伝える姿勢に、強い違和感を覚えたという。

 過労死問題のシンポジウムなどでNHKの記者や解説委員に接しても、佐戸未和さんが過労死したことを知らなかったという。遺族はNHKに抗議し、事実の公表を求めた。


■組織防衛


 その後、NHKは「ニュースウォッチ9」(平日・21:00)で報じたが、放送時間はわずか2分16秒。その後も消極的な報道にとどまった。

 更にマスコミ各社からの取材にNHKは、「4年間、過労死を公表しなかったのは、遺族が非公表を希望したから」と説明した。これは事実と全く異なっていた。

 両親は会見を開き、NHKの虚偽を指摘。経緯を詳細に説明し、NHKにおける勤務管理の問題を改めて訴えた。

「NHKには全く弁解の余地がありませんでした。一方で、報道機関として、全国の過労死をストレートニュースとして報じ続ける責務があります。その度に佐戸さんの件を蒸し返されたら困ります。組織防衛という観点からは『1日も早く世間から忘れ去られてほしい』というのがNHKの本音でしょう」(同・関係者)

 果たして、クレジットが放送されなかったことと、佐戸記者の本を書いた尾崎氏の存在は関係があるのか。

「『長年、NHKで仕事をしている人間が、そのNHKに対して批判的な本を書いた。そんな人物を報道局が管轄する番組で使うと問題になりかねない』と判断した人がいても不思議ではありません」(同・関係者)


■NHKへの“批判”


「目撃!にっぽん」は、報道局に事務局を置く番組だ。その番組に報道局の「不祥事」について明らかにした人間の名前を出していいのか──NHKの関係者による、そんな懸念がきっかけではないか、というのだ。

 尾崎氏はクレジットが放送されなかった問題をどう受け止めているのか。取材を申し込むと、「事実が不正確に伝わるといけないので」と言って、面会に応じた。

「ある番組関係者によると、番組で使用するハードディスクを受け取るため、私が報道局へ行ったことが発端でした。その日私は、事務局のプロデューサーに会いました。するとその後、関係者は事務局と連絡が取れなくなったそうです。そして、『尾崎という名前を出さないでくれと(NHKが)言い出しかねない』と、私に語ったのです」

 尾崎氏は新聞記事で佐戸記者の過労死を知り、4年前に取材を始めた。

「私自身は佐戸さんとの接点はありません。しかしNHKで働いていたにもかかわらず、4年間も若い記者の死について知らされていなかったことにショックを受けました。噂話すら聞こえてこなかったのはおかしいと考え、佐戸さんのご両親、NHKの同僚、関係者への聞き取りを重ね、それを書籍にまとめたのです」

 尾崎氏は今でもNHKの仕事にやり甲斐を感じている。また、尾崎氏が執筆した書籍は、NHKをいたずらに非難するような内容ではない。

 なぜNHKは、それほど尾崎氏のことを警戒しているのだろうか。


■選挙報道のリアル


 尾崎氏が言う。

「心当たりはあります。佐戸さんは都議選と参院選の取材が激務だったことで過労死しました。その勤務実態を調べていたところ、投票日の夜、各候補者の得票数について、佐戸記者以外のNHK記者の多くが、他社より早く情報を得ていたことを知りました。そして、『市長などと密接な関係を築き、開票作業の最新状況を教えてもらうことも珍しくない』との証言を書籍に記載しました。そのあたりのことをNHKの一部が問題視したのではないでしょうか」

 尾崎氏の著作『未和』では、NHKの記者が取材に応じ、選挙管理委員会が公式発表する前に、得票数を把握する方法を明かしている。つまり、こっそり市長に教えてもらうのだ。

《市長がね「今から独りごとを言うからな」って言うんですよ。「えー、何時何分現在、A(候補)何万何千何百何票。B(候補)何万何千何百何票……」(略)会社に連絡を入れます。もちろんそれは公式発表よりはるかに進んだ得票数で(略)正確です》(『未和 NHK記者はなぜ過労したのか』88ページ)


■リスク回避


 NHKが1秒でも早く当確を打とうとする姿がリアルに描かれている。記者と市長の関係は報道倫理に抵触するのではと思う向きもあるだろう。こうした記述をNHKが問題視したことは想像に難くない。

 書籍を上梓しようとしていることを把握したNHK側は、尾崎氏に内容などについて“事情聴取”を行った。

 そして、聞き取りの開始と歩調を合わせるかのように、NHK本体が尾崎氏に発注する番組の数は減少していった。

 そんな中、もし事情聴取を行った局員が、「尾崎孝史」のクレジットを見つけたら、問題になるかもしれない──。

「事情聴取を行った局員は『BSなら見ない可能性が高いのでクレジットを出す。ただし、報道局が管轄する「目撃!にっぽん」は地上波放送ということもあり、クレジットを隠す』、そんな判断があったのではないでしょうか」(前出の関係者)

 今年、NHKでは新人事制度が公表された。内部では「管理職をリストラする狙いがある」とも囁かれており、局員は「できるだけリスクのある案件は避けたい」と考えているという。


■遺族の怒り


 尾崎氏は、NHKが佐戸さんの死についてきちんとけじめをつけていないことも、自身に降りかかった“クレジット外し騒動”も、問題の根っこは同じだとした上で、こう指摘する。

「佐戸記者のことを想い続けている職員は大勢います。残念なのは、彼らが伝えてくれる以下のような情報です」

《許せないのは、局内で佐戸の問題処理に関わった職員が漏れなく昇進していることです。いま局内で佐戸のことを自由に話せる空気はありません。同僚たちの中で、誰が上層部と通じているかわからないからです》──。

 未和さんの父、佐戸守さんは抑えた口調ながら、怒りを滲ませて言う。

「NHKの中にも未和のことをきちんと検証し、外に出して説明責任を果たすべきだという方がいらっしゃるんです。尾崎さんのことを見せしめにして、そういう声を封じ込めているようで辛いです。NHKは娘の死から何も学ばなかったと言わざるを得ません」

 母の恵美子さんは戸惑いを隠せない様子で、こう話す。

「スタッフの名前が、なぜ出なかったのかはわかりません。けれど、まるで消しゴムで消されるように“なかったこと”にされてしまったのではないでしょうか。これは娘の死を“なかったこと”にするのと変わりません。私たち遺族にNHKは寄り添ってくれるかもしれないと希望を持てた時期もありましたが、結果は違いました」


■「視聴者無視」の指摘


 長く放送界を取材してきたジャーナリストで、メディア総研運営委員の隈元信一氏は、次のように語る。

「番組を見て、スタッフ名が流れないのに驚きました。外部制作も増える中で、誰が作ったのかは、視聴者にとって大事な情報。視聴者無視と言わざるを得ません。言論機関であるにもかかわらず、局内でものを言いにくい空気になっているのも問題です。佐戸未和さんのことは内部で大いに議論・検証し、反省を生かすべきなのに、それがなされていない。こんなことが続けば、NHKの存在意義が厳しく問われることになるでしょう」

 NHKに取材を申し込むと、3月24日、文書で以下のような回答があった。

《ご質問のテロップ表示については、番組の取材・制作に携わった人数や、新作かリメイクかなどを総合的に判断して決めています。個別の番組の詳しい対応については、お答えしていません。なお、7日放送の番組のテロップは演出上の判断であり、ご指摘のような点は関係ありません》

デイリー新潮取材班

2021年4月6日 掲載

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