事件現場清掃人は見た “教育虐待”と聞くと今も真っ先に思い出す開業医の息子

 自殺や孤独死などで遺体が長時間放置された部屋は、死者の痕跡が残り、目を覆いたくなるような悲惨な状態になる。それを原状回復させるのが、一般に特殊清掃人と呼ばれる人たちだ。2002年からこの仕事に従事し、昨年『事件現場清掃人 死と生を看取る者』(飛鳥新社)を上梓した高江洲(たかえす)敦氏に、めったに依頼されることのないある殺人事件の現場について聞いた。

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 親が子どもに無理矢理勉強を強いる“教育虐待”が社会問題となっている。例えば、2018年、滋賀県守山市では、医学部受験で9年間浪人させた母親を娘が殺害する事件が起きた。1審では懲役15年の判決が出たが、2審では教育虐待があったと認められ、懲役10年に減刑された。

「私も似たような状況の現場を経験したことがあります。都内の一軒家で、20代半ばの無職の息子が母親を殺害した事件がありました。当時、第一報は新聞でも報じられました」

 と語るのは、高江洲氏。

「現場に駆けつけると、大勢の野次馬が家を取り巻いていました。亡くなったのは開業医の50代の奥さんで、深夜、自室のベッドで寝ていたところ、腹部を包丁で刺されたのです」


■血まみれのベッド


 父親は、たまたまリビングのソファで寝ていて、男性の犯行には気づかなかったという。

「朝、父親が寝室に行くと、血まみれになっている妻を発見したそうです。そして息子が自分の部屋の机の前でうずくまっているところを見て、一体何があったのかと問いかけたそうです。しかし、彼は何も答えず、父親が警察へ通報している隙に、包丁で自分の首を切って、自殺を図ったという話でした」

 高江洲氏は、母親の寝室の清掃から始めた。

「血糊は部屋の中だけでなく、廊下や廊下の壁にまで飛び散っていました。まずは、血液を吸いこんでいる蒲団を撤去し、ベッドも運び出しました。空になった部屋を掃除してから、飛び散った血液を拭き取っていきました。遺体は、死後すぐに発見されたので、腐敗臭などありません。ただ、壁に漆喰が使われていました。そのため、削り取る必要がありました」

 亡くなった母親は検死の後、自宅に戻されることになっていた。

「そのため清掃を急いで終える必要がありました」

 男性はなぜ母親を殺害したのか。

「ご両親は息子を医者にして、将来は病院を継がせるつもりだったようです。そのため、息子に小さい頃から勉強をさせ、医学部に入るよう強く言っていた。ところが息子は、中学、高校で成績は伸び悩み、結局、医学部を受験しなかったそうです。とにかく親から干渉される生活が長く続き、次第に追い詰められていったようです」

 男性はアルバイトをしていたが、1年前にそれも辞め、自宅にひきこもっていたという。

■事件当夜は、母親が息子を罵倒


「そんな息子に対して、母親は執拗に責め、日増しにエスカレートしていったそうです。そして事件があった夜も、母親は息子を罵倒したそうです。息子は、両親が寝静まるのを待って、犯行に及んでいます。計画的な犯行でした」

 高江洲氏自身も、親の押しつけに反発した時期があったこともあり、男性の気持ちが少し理解できたという。

「母親としては、期待をかけて育ててきたのに、まったく応えようとしない息子に苛立っていたのでしょう。清掃をしながら、母親になじられていた息子さんのことを想像し、同情しました」

 むろん、殺人はどんな事情があれ許されるものではない。

「私が清掃を終え、現場を後にした時は、自殺を図った息子さんは、意識不明の重体だと伝えられました」

 高江洲氏は、教育虐待による事件が報じられるたび、この時の体験をいつも思い出すという。

デイリー新潮取材班

2021年4月9日 掲載

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