不倫相手と一泊した翌日、長女が生まれ… 25年間関係を続けてきアラ還男の“悩み”

不倫相手と一泊した翌日、長女が生まれ… 25年間関係を続けてきアラ還男の“悩み”

四半世紀つづいた「不倫の恋」の行方は――

 さまざまな恋愛の形がある。長年、男女関係を取材してきた経験でそれはわかっているのだが、時として驚かされるような話にも出会う。

 高田俊也さん(55歳・仮名=以下同)は、泰子さん(47歳)と四半世紀もの間、つきあってきた。

「今年の春で、ちょうど25年になりました。長いですよね。自分でもよくこんな長い間、婚外恋愛を続けてきたなと思います。時期によって形を変えながら関係を続けてきたけれど、縁があったということなんでしょうね」

 知り合ったのは、俊也さんが30歳、泰子さんが22歳のとき。俊也さんはその前年に結婚したばかりだった。

「事情があって詳細は言えないんですが、泰子は代々続く名家のお嬢さんで、そのときすでに結婚間近でした。高校生のころにはもう婚約者が決まっていたそうです。大学を卒業すると同時に結婚すると言っていましたね。あるホテルで開かれたパーティで出会ったんですが、僕なんかの超庶民とは違う雰囲気をまとっていました」

 挨拶だけは交わしたものの、初対面のときはとても縁があるとは思えなかった。きっかけは、俊也さんが仕事に戻るために足早に会場を抜け出した際、廊下を曲がったところで、泰子さんとぶつかってしまったことだった。

「まるで映画みたいなんですけど、よろめいた彼女を僕が支えて……。じっとこちらを見つめたその瞳があまりに美しくて、見入ってしまったんです。彼女はあわてて体勢を整え、『ごめんなさい』と。そのときなぜか僕は、『ふたりでお茶でもしませんか』と言ってしまった。そしてなぜか彼女も『ええ』と。のちによく、どうしてあのときああいう会話を交わしたんだろうねとふたりで話しましたが、ふたりともわからない。何か惹きつけられるものがあったんだと思います」

 ホテルのティールームで向かい合って話をし、彼は彼女の素性を知った。もうじき結婚するということも、彼女に結婚の意志はないということも……。

「好きになれない人と結婚したら後悔する。思わずそう言ってしまったんですよ。そうしたら彼女、うっすら涙を浮かべながら『でも私には自由がないんです』と。僕は単純ですから、そんな境遇から彼女を救い出したいと思い、軽率にも火がついちゃったんです」

 彼女からは翌日、会社に連絡があった。もう一度会いたいというのだ。だが俊也さんは既婚者。彼女は単なる相談相手としか考えていないだろうが、自分で自分の感情を律することができるかどうかわからなかった。そのことだけは伝えなければと思って会った。

「彼女は、『私と社会をつないでくれるのはあなたしかいないと思う』というようなことを言うんです。いくら深窓の令嬢とはいっても大学にも行っているわけだし、望めばいくらでも社会のことはわかるはず。そう言っても、たまに会ってくれるだけでいい。あなたは私の周りにいる人とは違うと言い張る。僕は既婚者だし、もうじき子どもも生まれる。あなたの要望に応じられるかどうかわからないと言ったら、『あなたと私は、誰にも切ることのできない長い間の縁があるんだと思います』と。ドキッとしました。僕も同じように思っていたから。非科学的なことは信じないタイプですが、彼女については不思議な縁を感じていました」

 泰子さんは結婚直前、俊也さんに「強いお願い」をしてホテルに1泊している。結婚相手と初めて迎える夜が怖い。「最初はあなたと……」というお願いである。

「拒否したらこの人、どうにかなってしまうのではないかというくらい思い詰めていました。あなたには決して迷惑をかけないとも言っていて。どうしたらいいかわからなかったけど、僕自身、彼女に惹かれていましたから、それ以上、彼女に恥をかかせたくなかった」

 身重の妻が、いつ産気づいてもおかしくない時期だった。実際、ホテルから直接出社した日の昼、「今から病院に行く」と連絡があった。

「妻はとても気丈な女性なんです。前の日も、学生時代からの親友と飲みにいってもいいかなと連絡をしたら、『いいよ。いざとなったらひとりで病院に行けるから』と。そんな妻の言葉に甘えてしまいました」

 自分とは住む世界の違う女性だとわかっていながら泰子さんと一晩をともにした翌日に、俊也さんのもとに長女が生まれたのだ。


■不倫は「倫にあらず」だけれど


 その後、結婚した泰子さんは、双子の男の子とひとりの女の子、三人の母となった。とはいえ家政婦さんがいるような家なので、いくらでも時間の調整はできた。俊也さんも、共働きの妻と一緒に、ふたりの女の子を育てる生活をおくっていた。それでも泰子さんと会う時間だけは確保したという。

「子どもが小さいころは月に1回か2回会えればいいほう。それも30分お茶するだけなんていうこともありました。彼女は、いつでも輝いていましたね。子どもを育てながら、興味のある芸術分野の勉強を重ねていると言っていて。つきあいが長くなってくると、彼女がただのお嬢様ではなく、しっかりした女性だとわかってきました。彼女は『あなたのおかげで私は道を誤らずにすんだ』と言ってくれています。いや、道はふたりとも誤っているんだけど(笑)」

 確かに不倫は、「倫にあらず」なのだが、おそらく泰子さんは俊也さんに会ったことで生きる気力を保つことができたのではないだろうか。

「僕は妻には疑われたことがないんですよ。半休をとったり代休をうまく使ったりして泰子と会っていたし、妻は仕事が忙しい上にボランティアだの趣味の陶芸だのと、一刻もじっとしていないタイプ。かえって僕のほうが家にいる時間は長いから、子どもたちが小さい頃は週末、ほとんど僕が家で子どもと過ごしていました。ただ、僕はそういう活動的な妻が好きでしたし、週末の子どもとの時間は今でも宝物だと思っています」

 現在、25歳になった長女は大学院生。21歳の次女は大学生だ。妻は今も多忙な生活を送っている。泰子さんのほうも、子どもたちは成人し、自分の時間を大事にしながら暮らしているようだ。

「ただ先日、初めて聞いたんです。彼女の夫は15歳年上で、ずっと前から家庭内別居状態であると。25年の間、僕は彼女に促されて家庭の話もしてきたけど、彼女は聞いても答えようとしなかった。仲良くやっているんだろうと思うと嫉妬したこともありました。だけど実際には決して夫婦仲はいいわけではなく、『あなたの話を聞きながら、普通の家庭ってそういうものなのかと思ってきた』と言っていましたね。僕ももういい年ですが、それを聞いたとき、彼女と出会ったときに感じた『僕がなんとかしてやりたい』という気持ちがまたムクムクとわいてきて……」


■人生の決着をどう着けるか


 俊也さんの父親の時代は、55歳で定年退職を迎えていた。その年代になった今、俊也さんは望めばあと10年、仕事を続けてはいけるのだが、果たしてそれでいいのだろうかと考えるようになっている。

「今のところは体も健康ですけど、この先はわかりません。元気なうちに泰子と一緒に生活してみたい。そんな願望もあります。ただ、ふたりとも今さら配偶者や子どもたちに、目に見えるような形での裏切りはしたくないとも思っている。一方で、とにかく人目を避けての逢瀬ばかりだったから、一度でいいから旅行くらいしてみたい。身動きとれない感じがしていますね。思い切って何かことを起こしてみるか、25年が30年、35年と続いていくように大事に関係を紡いでいくのか。そのあたりを一度、泰子ときちんと話してみたいとは思っています」

 泰子さんとつきあうという、いちばん大きな欲求はかなえてきたが、そのためにさまざまなことを我慢してきたと俊也さんは言う。彼女とレストランなどに行ったのは年に1度あるかないかだし、お互いのスケジュールが合わずに数ヶ月会えない時期もあった。会えない時間に連絡をとれるようになったのはスマホを持つようになったここ数年のこと。

「それでも今になるとすべてがいい思い出です。ただ、僕らにはまだ時間がある。僕自身が最後、人生の決着をどうつけるのか。これからはそれを考えていきたい。そのとき一緒に過ごしたいのが泰子だから、いろいろ問題はあると思うんですが……」

 家族とも、そして泰子さんとも、丁寧に向き合ってきたのだろう。彼には選択肢はなかった。大事なものを大事にしながらがんばってきた。そんな自負さえ感じる。

「他人から見れば、どこにでもある“不倫”でしょうし、家族からみればただの“裏切り”なんですよ。それもわかっているつもりです」

 覚悟を決めて不倫関係を築いてきたわけではない。ずっと綱渡りのようにヒヤヒヤ生きてきただけですと、彼は最後にふっと笑みを見せた。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮取材班編集

2021年5月26日 掲載

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