元「保護観察所長」が語る「少年法」の欺瞞 「保護一辺倒では犯罪は抑止できない」

元「保護観察所長」が語る「少年法」の欺瞞 「保護一辺倒では犯罪は抑止できない」

少年院は何をしていたのか

 容疑者には10年前に「殺人未遂」の前科があった。しかし「罰」を免れ、少年院で保護されていた……。「茨城一家殺傷事件」は、改めて「少年法」の闇を浮き彫りにしている。折も折の「骨抜き改正」。40年を更生の現場に捧げた元保護観察所長が、その欺瞞を斬る。

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 茨城の事件は捜査中なのではっきりしたことはまだ言いたくありませんが、報道で聞いて、かつて私が見ていた少年たちのことを思い浮かべましたよ。カエルを殺したり、猫を刺したりするような少年はごく少数ですが、一定数いるんです。

〈と述べる、高池俊子さん。〉

 こうした特殊な性向を持つ少年たちには、保護的な措置を取ることが必ずしも適切とは限りません。犯罪再発を防ぐには、厳しいペナルティーを与えた方が効果的なこともある。通常、更生の過程で行われる「相手がかわいそうでしょ?」とか、「自分がされたらどう思う?」といった情緒的な問いかけに、効果がないことも多いのです。それよりも、自分にとってどんなペナルティーがあるか、如何にマイナスになるか、ということを損得勘定としてわからせる方が、犯罪を抑止する力になることもある。

〈既に報じられているように、茨城一家4人殺傷事件で逮捕された岡庭由征(おかにわよしゆき)容疑者(26)には10年前、2人の少女に相次いで刃物で襲い掛かり、殺人未遂の容疑で逮捕された“前科”があった。当時16歳。少年法に基づいて実名や顔写真は報道されず、身柄は家庭裁判所に送られた後、悪質な事案として検察に送致された。しかし、裁判所は彼に刑事罰を科すことなく、保護処分が適当と判断。家裁に再び送致し、審判を受け、医療少年院に送られた。その8年後、彼は再び凶行に及んだのだ。〉

 彼の場合もそうで、少年院に送ることが果たして適切だったのか、罪に合った処罰をきちんと受けさせていた方がよかったのではないかとの疑問は尽きません。

 日本では、少年院は素晴らしいとか、保護教育は理想的だという意見が強い。それはもちろん嘘とは言い切れませんが、現場から見れば、非行少年はそう単純でも、甘いものでもない。寄り添いさえすればいいわけではなく、時には厳しく突き放すことも必要なのですが、そこに誤解がある。

 その誤解は、今回の少年法改正を巡る議論の中でも露呈したと思います。

〈高池さんは、1949年生まれ。日本社会事業大学を卒業後、法務省に入省。以来、東京、名古屋、浦和、横浜の各保護観察所に勤務し、2006年には大津保護観察所の所長に就任。関東地方更生保護委員会の委員を務めた後、定年退職し、現在は浦和大学や淑徳大学で非常勤講師を務めている。

 保護観察所とは、非行により保護観察処分を受けた少年や、少年院を仮退院した少年について、更生のための指導や支援を行う施設である。成人についても、仮釈放者や保護観察付の執行猶予言い渡しを受けた者に指導や支援を行っている。

 高池さんはそこに40年に亘って勤務し、罪を犯した人を見つめてきた、更生のプロだ。〉


■殺人でも保護


〈その高池さんが苦言を呈する少年法の改正が今国会で進んだ。

 現行制度の論点は主に三つだ。

(1)20歳未満で検挙された少年は家庭裁判所に送られる(全件家裁送致)。そのほとんどが保護処分(少年院送致や保護観察)や教育的措置を受けている。

(2)しかし、このうち、16歳以上で「故意に他人を死亡させた場合」(殺人や傷害致死など)は、原則、検察に「逆送」され、成人と同じ司法手続きを経る(原則逆送)。

(3)20歳未満で罪を犯した者について、実名や顔写真を掲載して報道することを禁ずる(推知報道の禁止)。

 この度の改正では、(1)の全件家裁送致はそのまま維持。その上で、18〜19歳については(2)の原則逆送の対象を「死刑、無期、1年以上の懲役、禁錮」の罪に拡大。(3)の推知報道の禁止も起訴後に解禁することとなった。

 これを受け、「少年法厳罰化」の見出しがメディアに躍った。ところが、〉

 今回の改正では「厳罰化」とはとても言えません。この程度の改正であれば、現状とそれほど変わらぬ事態しか生みませんが、それを何か大改正したように見せかけている。

〈と高池さんは酷評するのである。〉

 例えば「原則逆送」。これを聞いて皆さんは、対象となる罪を犯した少年が実際どれくらい逆送されていると思いますか。「故意に他人を死亡させた」少年のうち8割から9割。これくらいが逆送されているのではという感覚ではないでしょうか。

 しかし、最新の犯罪白書で令和元年のデータを見ると、逆送されたのは4割に過ぎないことがわかります。具体的には、「原則逆送」事件の対象となったのは10人で、うち4人しか検察に送られていない。残りの6人は少年院に送られたり、保護観察処分となったりしています。しかも最も罪状の重い「殺人」を犯した少年に限れば、4人いて検察送致はゼロ。「原則逆送」としておきながら例外だらけなのが実際の運用。今がそれですから、その範囲を拡大したところで、実際の運用では相当な割合が保護処分となるでしょう。それを知れば、果たして「厳罰化」と評価できるのか。

〈この傾向は令和元年に限った話ではない。少年法改正について議論した法制審議会に出された統計によると、平成26年から30年までに原則逆送事件の対象となった少年122人のうち、検察に送致されたのは81人。3分の2だ。殺人に限れば、44人中22人。半分しか検察に送られていない。

 法制審には、検察送致を免れた事例について概要が提出されている。

「少年(審判時16歳)が、自宅内において、実父からゲームをやめるよう強く注意されたことを契機に、同人に反抗して口論となり、その頸部等を包丁で複数回突き刺すなどして殺害した」

 あるいは、

「少年(審判時18歳)が、金銭の貸借を発端として専門学校の同級生とけんかになり、歩道上で、同人の左顔面を肘打ちして転倒させ、頭部を路上に打ち付けさせる暴行を加え、くも膜下出血の傷害を負わせて死亡させた」

 処罰を受けなかったのが不思議なほどの、悪質な案件である。

 前者については、

「本件の背景には、些細なことで立腹して実母に当たり散らす実父に対する、少年の長年にわたり鬱積した感情があった」

 後者は、

「動機に悪質性はなく、暴行も生命に対する危険の高いものではなかった。また、少年は、本件非行後同級生を介抱した」

 との“事情”があって少年院送致となったようだが、果たしてこれが情状酌量すべきほどの事情なのか。当の少年に誤ったメッセージを与えないだろうか。

 少年法の「原則逆送」が形骸化しているのは間違いなさそうだ。〉

 逆送されるのがこの程度の割合ですから、「起訴後」を条件に推知報道が解禁されたといっても、実際に実名報道できるのは、かなり限定されたものになるはず。やはり「厳罰化」は名ばかりでしょう。

 それでも、反対派は「実名報道を解禁すると、少年の更生に影響が出る」と強硬に訴えました。しかし、更生の現場を知っている人間にとっては、それは欺瞞に過ぎない。「私は元の生活に戻りたい。事件を起こす前の家庭に戻って、親や友達との変わらぬ生活を送りたい。それには実名が出ることが障害となる」という論理でしょうが、それは自分のやったことを自覚していない、一言で言えば、甘いんじゃないの、ということです。被害者のことを考えたら実名が出るくらいのペナルティーは当然。そこからいかに更生していくかが重要なわけです。

 その上で、家庭、学校、知的障害、学習障害、トラウマ……など、さまざまな非行の原因を、時間をかけて周囲と共に考えながら本人の行動を変えていく。これが更生への道筋です。私の経験でも、一本の映画や一冊の本によって行動が変わった例がありますから、何がきっかけになるかわからない。中身が重要で、「実名」が出たか出ないかなどという形式的な話ではないのです。


■犯罪時だけは少年


〈改正が「骨抜き」であることがよくわかる。

 そもそも議論の発端は、2015年に起こった川崎市の中1殺害事件である。被害者は3人の少年に2月の多摩川を泳がされ、河川敷でリンチされた挙句、極寒の空の下に放置された。凄惨な事件にもかかわらず、例によって加害者は少年法に守られたために世論が沸騰し、改正論議が持ち上がったのだ。

 時を同じくするように、公職選挙法が改正され、選挙権が18歳から与えられることに。民法も改正され、来年には成人年齢も18歳になる。

 こうした動きから、少年法の対象年齢も20歳未満から18歳未満に引き下げる――これが議論の流れであったのだ。

 しかし、反発したのが、政界では公明党と野党、司法界では日弁連。また、少年院や家裁判事、調査官などのOBに加え、朝日新聞、毎日新聞などメディアも猛反対し、賛否双方の主張を「足して2で割る」折衷案として今回の改正案が生まれた。具体的には、年齢引き下げは見送り、従来通り、20歳未満は全件家裁送致することに。その代わり、逆送の範囲拡大と推知報道の一部解禁を試みたのだが、結果、「大山鳴動――」となったのは、高池さんの指摘の通りである。

 骨抜きだけならまだいいが、弊害も大きい、と高池さんは続ける。〉

 議論の発端となったように、年齢は18歳未満に引き下げるべきでした。

 今回の改正で、ただでさえ複雑な少年法がもっと複雑になり、わかりにくくなるのではないか、ということです。私でさえも書類をひっくり返してみないとどこがどうなっているのかあいまいな箇所が出てきます。

 法律というのは、法曹関係者ではなく、一般市民のためのもの。自分、あるいは自分の子どもが罪を犯せばどのようなことになるのか。それがイメージできるようでなければ、法の予防効果が下がります。成人と認められ、選挙権もあるのに、犯罪を起こした時だけ「少年」? 18〜19歳は自分が社会的にどのような存在なのか、位置付けることができるのでしょうか。

 私は現在、大学で更生保護についての授業を受け持っています。昨年の秋、ある授業で少年法の対象年齢についてアンケートを取ったら、145人の学生のうち、18歳に引き下げるべきだと答えたのが106人、現状の20歳のままでいいと答えたのが39人と、かなりの差が付きました。

「国が18歳に選挙権を与えたということは、18歳は子どもではないと認めたことになる。それなのに罪を犯した時は法律に守ってもらう子どもであるというのはまったく理解できない」

 という、まともな意見が寄せられました。改正の当事者となる20歳前後の若者たちはこう思っている。これが市井で生きる人たちの真っ当な感覚ではないでしょうか。権利を得るならその分の義務も果たすべし。これは社会秩序を維持するための、基本的な原理原則ではないかと思うのです。


■私刑(リンチ)を誘発


 先にも述べた通り、逆送範囲が拡大し、推知報道が一部解禁されるとはいえ、それは制度上のことで、実際に刑事処分を受けたり、実名報道の対象となったりする「少年」は限定的なものになるでしょう。

 更生の現場では、刑事処分を受けない、実名報道されないことを前提に、悪事を働いてきたケースとよく出会います。悪い大人から「20歳までは何をやっても許されるぞ」「捕まったら反省して“もうやりません”と言えば前科にならないから」と誘われて、暴力行為や性犯罪、オレオレ詐欺に加担する。逮捕され、家裁に送られても謝れば許してもらえる。私自身、何回も逮捕、保護された少年が成人となり、刑事罰を受けて初めて自分が大変なことをやってしまったことがわかったという事案を担当した経験があります。刑務所に入って初めて「何てことをやったんだろう」という自覚を持った、と。

 こんな事例が多いことは、非行少年と現場で向き合ってきた専門家の間では常識。及び腰の改正で、18〜19歳に保護の道を広く残すのは、非行を助長する原因にもなりかねません。時代は変化しています。少年法が制定された昭和23年当時と比べ、七十余年後のいまの若者は発達が早い。少年法の対象年齢を引き下げ、社会的責任を早くに自覚させるべきでした。

 今回の少年法改正の発端となった川崎の中1殺害事件の直後、世論調査では8割の人が少年法の年齢引き下げに賛成していました。しかし、それから6年間議論した挙句、改正は骨抜きに終わってしまった。それを人々はどう受け止めたのか。国民の要請がどれだけあっても、少年法だけは聖域なのだという意識を持ってしまったのではないかと思います。すると、人々は法に頼らなくなる。国が罰しないなら個人で罰しようという人も少なからず出てくるでしょう。ネット上などでの私刑がより誘発されることが恐ろしい。

「少年法は、罪を犯した少年の更生に役立っている」「18〜19歳はこれから進学、就職していく時期にあり、実名が出るとそれが困難になる」

 このように物事を単純化し、情緒や「許し」の感情に訴えても、非行少年を本質的な意味で更生させることはできません。ステレオタイプな考え方はむしろ解決への道筋を誤らせます。少なくとも、社会がゆるやかに対処すれば少年たちが反省する、というのは甘い。それが40年近く現場で少年の更生を見てきた者としての実感なのです。

高池俊子 元大津保護観察所長

「週刊新潮」2021年5月27日号 掲載

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