日本は本当に不自由な国なのか? アルコールに寛容で私権の制限にも慎重(古市憲寿)

日本は本当に不自由な国なのか? アルコールに寛容で私権の制限にも慎重(古市憲寿)

イラスト・k.nakamura

 アメリカは「自由の国」と呼ばれている。しかしアルコールに関していうと、日本に比べて大いに不自由な国である。多くの州や都市の公共空間で、飲酒が禁止されているのだ。日本でも話題の路上飲みで逮捕ということもあり得る。公園でのお花見も注意が必要だ。

 ヨーロッパの多くの国でも似たようなルールがある。寛容な社会として紹介されがちな北欧も、アルコールには厳しい。たとえばノルウェーでは、度数の高いワインやウイスキーは専売所でしか購入ができない。度数の低いビールはスーパーでも買えるが、それも平日は20時、土曜は18時までで日曜は禁止。広告も原則禁止。もちろんコロナは関係ない。百合子以上にアルコールに厳しいのだ。

 一口に「自由」や「寛容」と言っても、指し示すものは国や文化によって変わってくる。アメリカでは各州で大麻が解禁されたり、ノルウェーも密造酒には寛容だったり、嗜好品全体に対して厳しいわけではない。

 では日本における「自由」とは何なのだろうか。

 世界価値観調査によれば、日本では「自分の人生を自由に動かせる」と思っている人の割合が非常に低い。ただ、この結果だけで「日本は不自由の国だ」と決めつけるのは早計である。

 調査では、南米や中東の国々でも「人生を自由に動かせる」と思っている人の割合が高い。客観的に考えれば、貧困や犯罪が深刻な南米、宗教の律法が厳格な中東の自由度は低そうだ。

 翻って、日本ではアルコールに限らず、自由が認められている領域が広い。

 たとえば、欧州と違い都心にも超高層ビルが建築しやすいし、一軒家を建てる時も屋根の色など厳しく制限されたりしない。

 もちろん格差は存在するが、カーストや階級のある社会に比べれば、世代間の移動の閉鎖性は低い。秋田のいちご農家に生まれ、市議会議員を経て、総理大臣になった人物もいる。

 コロナ対策にしても、私権の制限に極めて慎重な政府ということが判明した。戒厳令を出して外出を禁止したり、自衛隊が街を見回るなんてことはなかった(日本に戒厳令などないが、そうした法律を制定しようという機運もほぼなかった)。非常事態宣言を求めたのは国家の中枢ではなく、世論であり、地方自治体の首長である。

 このような「自由の国」で、なぜ人々は「自由」を感じられないのか。

 ビデオゲームが「自由度が高い」と評価されることがある。オープンワールドと呼ばれるジャンルだが、もちろんゲームである以上、完全に自由ではない。ゲームをやめて、街に出たほうがよっぽど自由なはずだ。

 しかしゲームのような管理され、誘導される「自由」を、人は居心地よく感じるのだろう。その意味で、この国は、人々が快適だと思う適当な「自由」の設計に失敗してきたのかもしれない。自由度が高すぎて何をしていいかわからないクソゲーのようなものだろうか。だがそれは、選択肢が皆無のクソゲーよりずっといい。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

「週刊新潮」2021年6月3日号 掲載

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