事件現場清掃人は見た 自殺した「28歳女性」の父親と同業者の間で起きた酷いトラブル

 孤独死などで遺体が長時間放置された部屋は、死者の痕跡が残り悲惨な状態になる。それを原状回復させるのが、一般に特殊清掃人と呼ばれる人たちだ。長年、その仕事に従事し、昨年『事件現場清掃人 死と生を看取る者』(飛鳥新社)を出版した高江洲(たかえす)敦氏に、同業者と自殺した娘の父親との間で起こったトラブルについて聞いた。

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 特殊清掃を行う業者は全国に数多くある。しかし中には、特殊清掃という仕事を理解せず、いい加減な仕事をする者もいるという。

「亡くなった28歳の女性の父親から電話があり、埼玉県のベッドタウンにあるアパートに向かいました」

 と語るのは、高江洲氏。

「女性は部屋のロフトの梯子に縄をかけ、首を吊っているところを死後3週間経って発見されたそうです。弟が同居していましたが、仕事で海外に出かけていた最中の不幸でした」


■再度リフォーム


 今回の仕事は、いつもとは違っていた。

「遺体が発見されたのは7月でした。部屋は2階でしたが、3週間の間にかなり腐敗が進み、体液が階下の部屋まで染み出していました。そのため、階下の住人は引っ越してしまい、自殺が判明したことで隣室の住人も退居。6室あったアパートのうち、4室が空室になっていました」

 大家は父親に、部屋の原状回復を要求したという。

「清掃・廃棄物処理業者のA社に依頼して90万円かけてリフォームしました。ところが、完璧に原状回復したはずの部屋に、独特の異臭が残っていました。大家は家賃を半額以下にして入居者を募りましたが、やはり変な臭いがするので契約にはいたりませんでした。困った大家は、父親に再度リフォームするよう要求したそうです」

 父親は、A社にクレームをつけたものの、『これ以上いくら清掃しても臭いは取れない』と突っぱねられたという。困り果てた末に、高江洲氏の会社に電話してきたのだった。

「A社は、目に見える部分の汚れはきれいに拭き取り、部屋のリフォームも完了していました。ところが、床下に染み込んだ体液を除去していなかったのです。遺体があったのはフローリングの部屋でしたが、床の汚れを水拭きで取ろうとしたようです。私に言わせれば、明らかにシロウト仕事です」

 特殊清掃では、フローリングの床を水で洗ってはいけない、という鉄則があるそうだ。

「脂とタンパク質を多く含んだ体液を水で洗ってしまうと、臭いの元が広がっていくのです。体液が隣にあるキッチンにまで広がっているのがわかりました」

 A社の担当者と父親、高江洲氏とで、アパートの部屋で話し合いが行われたという。

「『臭いを消す契約はしていない』と主張するA社に、父親は涙ながらに誠意を見せるよう求めました。部屋には娘さんの写真が立てかけられ、父親の無念が痛いほどに伝わってきました。娘さんの部屋を何とか元通りにしたかったのでしょうね」

 結局、A社との話し合いは物別れに終わった。

■浴室の鏡


「私なら、まったく臭わないようにすることができます、と父親に伝えると、仕事を任せてくれました。見積もりは70万円。私としてもギリギリの数字でした」

 通常、遺体は死後24〜36時間経つと腹部から腐敗ガスがたまり体中に広がって体を膨張させる。その後、体を破ってガスが噴出し、体液があふれ出るという。

「畳や蒲団の上で亡くなった場合、体液が吸収されて汚れの広がりが最小限におさまります。ところが、フローリングの床では体液が広がってしまいます。死臭の原因物質は、腐敗によって大繁殖した細菌などの微生物。腐敗物を栄養分に増殖を繰り返すことで、臭いがより強くなることがわかってきました」

 高江洲氏は、システムキッチンを取り外して床をチェックしてみると、体液の染みが広がっているのを確認したという。

「遺体は部屋の敷居にあったので、電動ノコギリを使って床をはがして敷居を調べてみると、色の濃い染みが見つかりました。敷居の下にあった染みを全て取り除き、フローリングに広がっている染みとキッチンの染みも丁寧に点検しながらフローリングを交換していきました」

 一連の作業が終わると、なぜか浴室の鏡が気になったという。

「亡くなった女性は生前、一日に何度かこの鏡に向かっていたのでしょう。そんなことを考えると、女性の魂が鏡を通して私の仕事を見つめているような気がしてきました。『これで大丈夫です。もうすっかり臭いは消えましたから、ご安心ください』。私は鏡に向かって心の中でそう呟きました。弟さんの生活の場でもあった部屋を汚してしまったことを女性はきっと気にしていたと思いますしね」

デイリー新潮取材班

2021年7月9日 掲載

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