「殺されると思った」 京アニ事件から2年、青葉真司の近隣住民が明かす事件直前のトラブル

「殺されると思った」 京アニ事件から2年、青葉真司の近隣住民が明かす事件直前のトラブル

京アニ被告の隣人が恐怖体験

「殺されると思った」 京アニ事件から2年、青葉真司の近隣住民が明かす事件直前のトラブル

「令和元年のテロリズム」より(撮影・山谷佑介)

■日本の犯罪史上最悪とも言われる放火殺傷事件


 令和元年7月18日に起きた京都アニメーション放火殺傷事件。日本の犯罪史上最悪とも言われる事件は、多くの模倣犯や陰謀論を生みながら、社会に歪な影響を与えていった。果たして犯人である青葉真司を犯行に駆り立てたものは何だったのか――。令和元年に起こった象徴的な事件を追うノンフィクション『令和元年のテロリズム』(新潮社)を刊行したライターの磯部涼氏によるルポ。連載第7回。

(磯部涼『令和元年のテロリズム』(新潮社)より抜粋)

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 まるで巨大な箱が悲しみで満たされていくようだった。平安神宮のすぐ側に建つ京都市勧業館、通称〈みやこめっせ〉。この京都最大規模のイベント会場はいわゆるハコモノとして日々中身が入れ替わるわけだが、令和元年11月2日の午後は2千平方メートルの広大なフロアに整然と椅子が並べられ、喪服を着た人々が係員の誘導で端から順に着席していった。彼らの正面には花で象られた祭壇があって、中央のプレートには「祈 お別れ そして志を繋ぐ」と書かれている。後方の報道席から見ているとフロアが真っ黒に染まったところで悲しげなイージーリスニングがかかり、司会者がマイクを手にとった。同地に拠点を置き、世界的に高く評価されてきたアニメ制作会社〈京都アニメーション〉のスタジオを襲った惨劇。その犠牲者を悼む3日間に亘る式典が始まる。

 登壇した代表取締役社長・八田英明は沈痛な面持ちで語り出す。「令和元年7月18日午前10時半、言葉では言い表せない悲しい事件が起きました。本当に優秀な仲間36名が亡くなり、33名が入院等を余儀なくされました。7月17日までの日常が、普通にあったあの日々が、一瞬にしてなくなりました。あの日から100日あまりが過ぎましたが、全国からこの地に集まったひとりひとりを思う時に、社内では悲しい思いで涙をこらえることができない日々が続いております」。重苦しいスピーチが、形式的な装飾が施されただけの味気のない会場に響いていた。日本を代表するアニメ制作会社を支えた人々のための追悼式であったにも拘らず、そこには絵も飾られていなければ、映像が流れることもなかったのだ。正確に言えば会場の空間はもともとのフロアを半分に区切ったもので、壁の向こう、もう半分の空間には世界中のファンから寄せられた大量のイラストレーションやメッセージ、千羽鶴が展示されていた。しかし京都アニメーションとしてはその思いを、式典の場で作品を通して昇華できる段階には至っていなかったのだろう。それだけ事件で負った傷は深く、再建への道のりは果てしないように思われた。事件当時の従業員数は165名。家族主義で知られた同社の、実に4割以上ものひとびとが死傷したのだ。改元から3カ月も経たない内に、今度は日本の犯罪史上最悪とも言われる放火殺傷事件が起こってしまった。


■爆心地の風景


 爆心地は住宅地だ。京都市と宇治市との境に位置する京阪電気鉄道・六地蔵駅。そのすぐ側の桃山町因幡地域は、山科川沿いの沼地だった場所を埋め立てて開発したため、比較的新しい住宅が立ち並んでいる。追悼式の初日の後に訪れるとちょうど夕飯時だったこともあり、家の中から子供たちの楽しそうな声が聞こえてきた。しかしそれを耳にしながら角を曲がると、突然、黒く焼け焦げたビルが姿を現す。地元の人々が「京アニさん」と呼ぶ、京都アニメーション第1スタジオだ。鉄筋コンクリート造りの3階建は形を保っているが、ベニヤ板が貼り付けられ周囲が黒く焼け焦げた窓や、ぐにゃりと曲がった屋上の囲いが火災の酷さを物語る。令和元年7月18日午前10時半、ここが事件の舞台となった。路上には弔問者や報道関係者に向けて書かれた看板が立っていた。

「この度の京都アニメーション放火事件に関しまして、犠牲となられた方々へ哀悼の意を表するとともに、負傷された方々の一日も早い御回復をお祈り申し上げます。私ども町内会としましても、事件のショックが大きいこと、『京アニさん』たちと挨拶を交わす日常が返ってこないこと、『日本の宝』が奪われたことが残念で言葉にすることができません。一方、私たちは、ここで生活をしています。その日常や、プライバシーが脅かされることがないよう、お願い致します」

 ごく普通の生活の豊かさを描く“日常系”の名作を送り出してきた、あるいは実際の風景を絵に取り込むことでその場所を“聖地”化してきた京都アニメーションのコアは、今やダークツーリズムのスポットと化してしまったのだ。


■凄惨な現場と火に包まれた男


「死ね!」。男はそう叫びながらスタジオのエントランスでポリバケツに入れたガソリンをぶちまけ、ライターで火をつけた。その瞬間、大きな炎が上がり、いわゆる爆燃現象によって真っ黒な煙が3階まで続くらせん階段を急上昇する。出火時、1階では11人、2階では32人、3階では27人の社員が働いていた。煙が視界を遮っただけでなく、出火60秒後には建物内に300度の高温に及ぶ燃焼生成ガスが充満し、多くのひとがあっという間に意識を失ったとみられる。咄嗟に玄関から逃げ出したり、必死でベランダから飛び降りて助かったひともいるが、屋上のドアへと続く階段では逃げ場を求めた19人もの社員が折り重なるように亡くなっていたという。

 現場では消防車や救急車の到着前に、周辺にいた人々によって救出作業が行われた。近隣で工事をしていた作業員がバールを使ってトイレの窓の格子を壊したり、外壁に梯子をかけたことで九死に一生を得たひとも多い。第1スタジオから100メートルほど離れた六地蔵駅のすぐ近くでも、路上に倒れ込んだ大柄の男の服から上がる火に地元住民がホースで水をかけていた。その髪は縮れ、顔は皮膚が爛れて脂肪が覗き、裸足の裏は血だらけだった。しかしそこへ京都アニメーションの社員が追いかけてきて、男を取り押さえる。それは他でもない放火殺傷犯=青葉真司だったのだ。「なんでこんなことをやった」と詰問される中、青葉は「パクりやがって」などと息も絶え絶えに呟いていたという。

 青葉が起こした事件の怖さに、69人もの人々を一瞬で殺傷した凶器が、現場から500メートルほど離れたガソリンスタンドで直前に購入したガソリンだったという、その手軽さがあった。彼はそこで「発電機に使う」と偽って、持ち込んだ20リットルの携行缶2つ分を満たし、台車に乗せて運んで行った。そして第1スタジオの前でガソリンをポリバケツに移し替えると、それを持って建物内に侵入した。警察はスタジオの前で剥き出しの包丁を1本、近くに置かれていたカバンからも剥き出しの包丁を5本、発見。火をつけた後、社員を直接攻撃する計画だったようだが、ガソリンの威力は青葉の想像を遥かに越え、自身も炎に包まれた。


■次々に現れた模倣犯


 青葉の犯行は、報道を通した衝撃的なイメージもあって多くの模倣犯を生んだ。事件直後の令和元年7月19日には、映画監督・庵野秀明が代表取締役社長を務め、「ヱヴァンゲリヲン 新劇場版」シリーズの制作で知られるアニメ制作会社〈カラー〉に対して3年間に亘り、同社作品の著作権は自分の家族にある、金銭を支払えなどと根拠不明の中傷を続けていた35歳の男が、〈カラー〉のTwitterアカウントに「金は必ず支払えよ 京アニみたいに俺たち家族を頭のオカシイ人には出来ないから」と投稿、威力業務妨害容疑で逮捕された。

 令和元年8月1日から愛知県で行われた芸術祭〈あいちトリエンナーレ2019〉では、企画展示〈表現の不自由展・その後〉の内容を巡って論争が起こったが、展示作品のひとつで、従軍慰安婦問題をテーマとしたキム・ソギョン/キム・ウンソンの「平和の少女像」を「大至急撤去しろや、さもなくば、うちらネットワーク民がガソリン携行缶持って館へおじゃますんで」(*1)などと書いたファックスが愛知芸術文化センターに届き、同企画展示は一時中止に追い込まれた。この事件でも威力業務妨害容疑で59歳の男を逮捕、〈あいちトリエンナーレ2019〉の芸術監督を務めたジャーナリスト・津田大介は後に「京都アニメーションの放火事件が起き、36人が犠牲となったこと。この戦後最悪レベルの事件が脅迫にリアリティーをもたらし、職員を疲弊させました」(*2)と振り返っている。

 他にも11月13日に政治評論家・竹田恒泰が「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」というテーマの下、富山県朝日町で行うはずだった講演が「中止しなければ、ガソリンをまく」などという電話を受けて中止になるなど、青葉の犯行に影響されたと見られる脅迫が少なくとも10件は起こったという(*3)。同じく令和元年に岩崎隆一が起こした川崎20人殺傷事件は“引きこもり”“高齢化社会”“7040/8050問題”といった政治的問題を社会に突きつけた点で広義のテロリズムとも解釈できる。元農林水産省事務次官長男殺害事件の熊澤英昭はそのメタメッセージに感化されて息子を殺したわけだが、京都アニメーション放火殺傷事件は実際にテロに応用されたのだ。これを受けて政府は、ガソリンを容器で販売する際には身分証の確認を徹底することなどの規制強化を決定する。

*1 「朝日新聞DIGITAL」令和元年8月8日付より
*2 「新潮」(新潮社)令和2年2月号掲載、津田大介「次にバトンを渡すために」より
*3 津堅信之『京アニ事件』(平凡社、令和2年)参照


■荒唐無稽な陰謀論


 また、青葉の動機が言い掛かりにもならない、妄想と思われるようなものだったことも不気味な印象を与えた。事件後、全身の90%に重度の火傷を負った彼から捜査員が何とか聞き出した放火の理由は、前述のうわ言と同様、「京アニに小説の内容を“パクられた”」というものだった。京都アニメーションは平成21年に〈京都アニメーション大賞〉を設立して小説やシナリオ、マンガなどの公募を開始。受賞作の中にはアニメ化され、同社の代表作となったものもある(*4)。事件直後、社長の八田は青葉が同賞に作品を送ってきたことはないと語っていたが、その後の調べで名前や住所、電話番号などの情報が合致する人物から小説の投稿があったことが分かった。ただし京都アニメーションの顧問弁護士・桶田大介は、青葉の作品は賞の1次審査を通過しておらず内容が社内で共有されていなかったこと、そもそも同社制作の作品に内容が類似したものはないことを確信していると説明した。客観的に考えて、公募しているのにわざわざ“パクる”理由はないだろう(*5)。それにも拘らずインターネット上では京都アニメーション側の不正を疑う歪な意見が見られた。

 11月2日の夜に訪れた第1スタジオの前にはバンが停まっており、運転席には警備員がいたが、彼はスマートフォンをいじることに夢中だった。そしてすぐ近くの民家の壁には奇妙な紙が貼ってあった。青葉の写真やマンガのコマのコラージュに文章が添えられている。「犯人は2012年に『ガソリン放火を考えていた』と言っています。それをネタに追い込む手口です。週刊少年ガソリンが6月に制作されたことからして、明らかにおかしい。暴力装置・マインドコントロール・実験をしています。『京アニ放火犯はメディアストーカーされていた』で検索してください」。このビラの背景にあるのは、京都アニメーション放火殺傷事件を巡る陰謀論だ。

 まず事件当日、第1スタジオの入り口は施錠されておらず、青葉は建物内部に容易に侵入することができた。そしてそのことに関して、NHKの取材の予定が入っていたため、会社側が鍵を開けておいたという報道があった。そこから、NHKが事件を仕掛けたという荒唐無稽のデマがインターネット上で発生することになる。その後の報道において、業務時間帯は普段から無施錠だったと修正がなされたが、7月30日にはNHKが「京都アニメーションの放火事件に関するネット上の書き込みについて」というデマを否定するプレスリリースを出さざるを得なくなる。前述のビラもそういったデマのヴァリエーションのひとつだ。

 事件直後の8月、日本のアニメ制作黎明期を描いたNHKのドラマ「なつぞら」の公式ホームページに、小道具のひとつとして「週刊少年ガソリン」と書かれたポスターを掲載。京都アニメーションの惨劇を連想させると批判の声が上がる。これに関してもNHKは「ポスターは6月に制作され、事件とは無関係」と釈明したが、陰謀論者は「6月に制作したということは、やはりNHKは事件の計画を事前に知っていたのだ」と妄想したわけである。冒頭の式典の翌日、11月3日には同じ〈みやこめっせ〉でファンに向けた追悼式が開催されたが、会場にいる警察官の数が見る見るうちに増えていった。不穏な雰囲気の中、警察官のひとりが持っていた紙を覗くと、件のビラと同じものだった。この会場にも貼られていたのだという。青葉の憎悪が社会に伝染していくようで背筋が寒くなった。

*4 第2回(平成23年)の奨励賞を受賞したおおじこうじ「ハイ☆スピード!」(アニメ化にあたって「Free!」と改題)、第5回(平成26年)の大賞を受賞した暁佳奈「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」など。
*5 青葉が〈京都アニメーション大賞〉に投稿していた作品はいわゆる学園ものだったという。また、「京都新聞」令和2年12月27日付によると、青葉は“パクられた”のは京都アニメーションの作品『ツルネ――風舞高校弓道部』で「主人公たちが安売りの肉を買うシーン」だと捜査員に語った。「青葉が言及したとされる場面は、第5話に登場するわずか2分半ほどのシーン。スーパーマーケットを訪れた主人公たちが、値引きされた食材を選びながら他愛もない会話を交わすという、ごくありふれた描写だ」。当然、これは青葉の被害妄想だろう。


■「人からこんなに優しくしてもらったことは今までになかった」


 一方、当の青葉は事件現場から救急車で搬送され、大阪府大阪狭山市にある近畿大学病院に入院していた。同病院は平成30年、救命救急センター内に「熱傷センター」を設立、高度な専門治療を行うことで知られる。青葉の全身の90%に及ぶ火傷は、程度の順にI度からIII度に分類される内、その大部分が最も酷いIII度に該当するほど深刻だった。しかし彼の犯行によってやはり重度の熱傷を負った被害者が多数発生したわけで、ただでさえ貴重なドナーから提供された皮膚を保管するいわゆるスキンバンクが枯渇してしまった。被害者を優先して治療が行われたが、犯人とはいえ青葉の命も救わなければならない。そこで、彼にはスキンバンクに頼らず人工皮膚のみを使う更に困難な手術が施されることになり、この治療には1千万円超の費用がかかったとされる(*6)。本人は支払えないため、国か自治体が負担すると見られ、世間では否定的な意見が相次いだ。

 青葉は11月14日にはようやく命に別状がない程度まで回復し、近畿大学病院の熱傷センターから京都市内の病院に移送された。その際、看護師に対して「人からこんなに優しくしてもらったことは今までになかった」と感謝の言葉を漏らしたという。もちろん如何に苦労の多い人生だったとしても、青葉の罪は許されるものではない。それでも、ひとつの建物を焼き尽くし、69人もの死傷者を出し、自身も生死の境をさまようことでしか他人の優しさを実感できなかった男が、果たしてどのような人生を送ってきたのか検証されるべきだろう。改元以降、川崎殺傷事件、元農林水産省事務次官長男殺害事件、京都アニメーション放火殺傷事件と3カ月足らずの間に立て続けに陰惨な事件が起こったことは偶然でしかないが、それらを平成の間、「先延ばし」にされこじれていった問題の発露と見ることは決して突飛な思考ではないからだ。青葉もまた社会から「漏れ落ちた」人間だった(*7)。何が彼を犯行に駆り立てたのか。

*6 治療に関しては「週刊現代」(講談社)令和元年12月21日号参照
*7 小熊英二・編『平成史』(河出書房新社、平成24年)総説参照


■近隣住民を悩ませた騒音


 令和元年7月15日、青葉真司は新幹線から京都駅に降り立った。その日、彼が出発したのは400キロ離れた埼玉県さいたま市見沼区O町のアパートだ。足取りを遡るように訪れたそこもまた箱のようだった。ただしそれは賑やかな観光名所に建つ巨大なハコモノとは対照的に、空き地に打ち捨てられた段ボールを思わせた。周囲の住宅には庭に洗濯ものが干されていたり子供の遊具が置かれているが、がらんとした駐車場の横に建つ2階建て各階5部屋ずつのこのアパートには生活感がまるで感じられない。ほとんどの表札には名前が書かれておらず、窓の方に回ってみるとカーテンは備え付けなのだろう、全て同じものだ。住人は部屋をあくまでも一時的に借りているという雰囲気である。試しに青葉の部屋のインターフォンを鳴らしてみると、電源が切られていて音がしない。そんなアパートで青葉の隣人だった男性は、彼に対して強烈な印象を持っていた。

「僕がこのアパートに入ったのは平成29年7月で、容疑者は既にいました。初めて会った時に挨拶をしたのですが、無視されたので以降はこちらも声をかけることはなかったです」。そしてすぐに異変が起こる。「住み始めると、隣室の騒音に悩まされるようになりました。毎晩、日付が変わる頃から長い時は夜中の3時頃まで、何かを加工しているような音が聞こえてきて。後にそれはスピーカーから鳴る重低音だと判明するのですが、土日なんかは昼間もロールプレイング系のゲームの音が大音量で、延々とループして聞こえてくるんです」。

 事件から8日後の7月26日、京都府警は殺人や現住建造物等放火などの疑いで青葉の部屋を家宅捜索している。その際、捜査員が2人掛かりで抱えて運び出したのが巨大な円筒形のスピーカーだった。これは音響メーカー〈BOSE〉のAWCS−2−SRという低音を出すことに特化したいわゆるサブ・ウーファーで、通称は“キャノン(大砲)”。ライヴ・ハウスやクラブでも使われる強力なものだ。また同じくBOSEの901SSというスピーカーも押収されたが、青葉のアパートはキッチンが1畳、リビングが8・3畳という間取り。その部屋で鳴らすのは常軌を逸していると言っていい、強力な組み合わせのサウンドシステムである。隣人の言う“騒音”の出所はこれだったのだ。

「僕も半年くらいは我慢していました。でもさすがに耐えきれなくなり、警察に通報したんです。そうしたらおまわりさんが容疑者の部屋を訪れて、『この辺で大きな音がしませんでしたか?』とそれとなく注意してくれた。その後、1週間ほどは収まったものの、またうるさくなって。だから繰り返し通報することになりました。それが効いたのか、今年(平成31年)の1月頃からは静かになり安心していたのですが……」


■「お前、殺すぞ!」「失うもの何もねぇんだよ!」


 令和元年7月14日の夜のことだ。「11時半頃でした。僕が部屋にいたら、容疑者の部屋からこちらに向かって壁をドンドンと叩く音が聞こえてきて。どうやら上の階のひとの足音をうちの音だと勘違いして怒っていたようで、足音がする度に壁を拳で殴るんです。最初は怖くて無視していたんですが、やっぱりちゃんと言った方がいいと考えて、静まった後で外に出て部屋を訪ねました。そして出て来た彼に『僕の部屋ではなく上の階の音ですし、迷惑なので止めてください』と伝えた」

 男性は部屋に戻る。すると、「今度は容疑者の部屋から『うわあああああ』という叫び声が聞こえ、また壁をドン! ドン! と何度も叩いてきた。更に僕の部屋の前に来てドアを叩き、ノブをガチャガチャ回したんです。びっくりしましたがその時も一旦はやり過ごし、しばらくしてまた僕の方から彼の部屋を訪ねたら、ドアが開いた途端、胸ぐらと頭を掴まれました。そして身体を固定された状態で『お前、殺すぞ!』『うるせぇ! 黙れ!』『こっちは余裕ねぇんだよ!』『失うもの何もねぇんだよ!』と怒鳴られた。こちらから『何がうるさかったか言ってください』と質問しても聞く素振りもなく、胸ぐらと頭を掴んだまま同じ言葉を繰り返すんです」。

 その状況が10分ほど続いた。「顔を突き合わせる形で怒鳴られていたので、本当に怖かったです。目つきも飛んでいるというか、瞳孔が開いているような感じで異様でした。正直、殺されると思いました。顔はにきびだらけで無精ヒゲが生えていて、それと変な臭いがしました」。ようやく解放された男性は近所の交番へ向かうが、問題をこじらせたくないので事件としては届けなかったという。一方、青葉は翌日京都に向かったと見られる。そして3日後に京都アニメーション放火殺傷事件が起こった。「事件のことを知った時、あのひとならやりかねないと思いました。僕はそれぐらい恐怖を感じましたから。引っ越しも考えていたのですが、もういなくなったのでどうしようかなと……」。

 隣室の借主は依然として青葉のままだという。入居する際、彼には連帯保証人を引き受ける親族や知人がおらず、代わりを務める居住支援法人に依頼することになった。事件後、青葉に解約の意思を確認できないため、同法人は代わりに家賃を支払わざるを得ないのだ。家宅捜索では前述のサウンドシステムや京都アニメーション関連のグッズ、スマートフォンの他に大量の原稿用紙も発見されている。青葉はそこに小説を綴っていたと見られる。大音量は隣人にとって迷惑以外の何ものでもなかったし、小説を“パクられた”という妄想が彼を犯行に駆り立てた。しかしそのサウンドシステムに対するこだわりから言っても、青葉が芸術/文化に耽溺していたことは間違いない。家宅捜索を受けて空っぽになった創作の場は、二度と帰ってくることはない“作家”を待ち続けている。

 第8回に続く。

2021年7月17日 掲載

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