がん患者の最後の希望「光免疫療法」の保険診療が開始 腫瘍が縮小? すでに受けられる病院は

がん患者の最後の希望「光免疫療法」の保険診療が開始 腫瘍が縮小? すでに受けられる病院は

小林久隆氏

 主治医から見放されたがん患者にとって、希望の光となるか。昨年、保険適用され、治療がスタートした「光免疫療法」。施術を受けた患者の腫瘍は縮小した? 既に治療が開始された病院とは? 画期的療法の取材を続けるライター・芹澤健介氏が、現状をレポートした。

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 昨年9月、世界に先駆けて日本で承認された「光免疫療法」。現在は世界各国で臨床試験が進むのと並行して、国内の複数の施設で治療も始まっている。

 開発したのは、米国立衛生研究所(NIH)で主任研究員を務める小林久隆氏(59)。いまや世界中から注目を集める医学者だ。

「一研究者として小林先生を心から尊敬しています」

 と言うのは、京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授(58)である。

「最初に光免疫療法のアメリカでの治験結果を見せてもらったとき、僕は本当にびっくり仰天したんです。『がんにこれほど効く治療法ができたのか』って。今後、いろんながんに効くということが実証されていったら、ノーベル賞受賞も十分ありえると思います」

 光免疫療法は、その名の通り、「光」でがんを攻撃すると同時に、患者自身の「免疫」で防御力を高める最新の治療法だ。

 がんを攻撃する際に使われるのは、テレビのリモコンなどにも利用される日常的な「近赤外線」。出力はそれほど高くないので、実際に治療で使う光に直接手をかざしても熱くはない。

 特殊なのは同時に使われる「アキャルックス」という薬剤のほうである。少し専門的な説明になるが、「IR700」という光感受性物質と、「がん細胞の表面に多くあらわれるタンパク質と結合する物質」との複合体で、特定のがん細胞とだけ結合し、近赤外線を当てると急激な化学反応を起こす。バイオベンチャーの楽天メディカルが製造販売を行う新薬だ。この薬も近赤外線も人体への影響は限定的だが、作用の仕組みは非常にダイナミックである。

 まずは患者に点滴でこの薬剤を投与。薬剤ががん細胞に行き渡った時点で患部に近赤外線を当てる。その瞬間、薬剤の分子構造が変化し、がん細胞表面に約1万個もの傷がつく。そして、イオン濃度の差で周囲の水が細胞内へ一気に入り込むと、がん細胞が水風船のように膨れて破裂するのだ。ちょうど一つ一つのがん細胞にナノサイズの超小型爆薬を仕掛けて、スイッチオンで根こそぎ破壊していくようなイメージである。この時点で周囲の正常細胞はいっさい傷つけていない。

 だが、これだけでは終わらない。マウス実験では、がん細胞が破壊された次の瞬間、がんが撒き散らした“新鮮で良質”な抗原情報を周辺の免疫細胞が次々とキャッチすることが確認されている。残ったがんを駆逐するべく免疫システムが起動するのだ。また、驚くべきことに、同様にマウス実験にはなるが、同じがん種の再発を防ぐワクチン効果もあるという。

 つまり、光免疫療法は、がんに対する「矛」と「盾」を兼ね備えた画期的な治療法なのだ。

 開発者の小林氏が言う。

「光免疫療法の最大のメリットは、既存の治療法に比べて副作用が格段に少ない点です。周囲の正常細胞にはほとんど影響をおよぼさず、がん細胞だけを選択的に攻撃して取り除くことができる。そのため、原理的には副作用がほとんどないというわけです」

 現在は、一部の頭頸部がんのみが保険診療の対象となっているが、小林氏は「近い将来には8割から9割の固形がん(白血病などの血液のがん以外の、臓器や組織で腫瘍を作るがん)に適用されるはず」と見込む。もしその通りになれば、光免疫療法はがん医療の未来とがん患者の運命を大きく変える稀代のゲームチェンジャーとなる。


■自殺率の高いがん


 承認されたばかりの新療法。現在、対象になっているのは“切除不能な局所進行または局所再発の頭頸部がん”だけだ。つまり、かなり病状の進んだ〈ステージIII〉か〈ステージIV〉の頭頸部がんである。

 頭頸部がんというのは、咽頭がん、喉頭がん、口腔がん、舌がんなど、顔や首にできるがんの総称だ(脳腫瘍や眼球のがんは除く)。がん全体の中では約5%に過ぎないが、首から下にできるがんとは大きく違う点があるという。

 自らも舌がんを克服し、「頭頸部がん患者友の会」の代表理事を務める佐野敏夫さん(75)は、頭頸部がん治療の問題点を指摘する。

「頭頸部がんは、治った後も問題が多いんです。大きな手術をすれば顔が歪んだり、変形してしまうこともある。手術痕についても、首から下のがんなら服で覆えますが、頭頸部の場合は隠しづらい。その結果、引きこもりや鬱になる人もいる。他のがんと比べて自殺率も高いんです」

 後遺症にも悩まされる。

「私は手術で舌を切除して、5分の1程度しか残ってないので、味もよくわからない。発音も不明瞭になりました。ノドのがんになれば、声を失う可能性もある」

 佐野さんは4回におよぶ口腔手術で唾液腺も切除している。そのため、唾液が出ず、食べ物をうまく飲み込めない。10年以上流動食の生活だという。

「また放射線治療の影響だと思いますが、10年経って骨髄炎を発症しました。そのために12本も歯を抜いて、顎に肩甲骨を移植する大手術を受けました。もし、当時、光免疫療法を受けていたら、術後の経過も現在とは違うものになっていたかもしれません」


■ピンポン玉が梅干し大に


 繰り返すが、現在、光免疫療法の施術対象となっている「一部の頭頚部がん」は、「他の臓器や組織に遠隔転移をしていない局所進行および再発の頭頸部がん」に限られている。他に治療法がなく、大血管への癒着がないなどの付帯条件もあり、まだまだ対象者が少ないのが実情である。治療が開始されてから半年を経るが、6月中旬の時点で、患者は全国でわずか10人ほどにとどまっている。

 治療を行う施設は国内で19箇所以上が登録されているが(掲載の表)、先行して治療が行われたのは、「国立がん研究センター東病院(千葉)」「東京医科大学病院」「愛知県がんセンター病院」「神戸大学医学部附属病院」の4施設。

 そのうち、国立がん研究センター東病院で治療を受けた2人は、口腔がんが再発した50代男性と中咽頭がんが再発した50代女性。2人とも施術の後にがんの縮小が確認され、現在は経過をみているという。

 東京医科大学病院では、喉頭がんの70代男性を施術した。担当した塚原清彰耳鼻咽喉科・頭頸部外科主任教授(47)に話を聞いた。

 塚原氏はこれまで3千例を超える頭頸部腫瘍手術を行ってきたベテラン外科医だ。かなり早い段階から臨床現場に手術支援ロボット「ダヴィンチ」を導入するなど先進的な考えを持った医師でもあり、常にがん患者のためによりよい治療法を探してきた。

「光免疫療法の話は学会でも昨年ぐらいから頻繁に聞くようになってきて、うちの病院でもぜひ導入しようという話になりました」

 担当の患者のがんは、原発巣の咽頭(ノドの奥)から顎下リンパ節に転移しており、すでにリンパ節外にも浸潤(周囲の組織を破壊しながらがんが広がること)していた。一般的な分類で言えば〈ステージIV〉。もうその先は厳しいというぎりぎりの段階だった。

「顎の下に転移した腫瘍はピンポン玉ほどの大きさがあって、半分ほどがノドの皮膚を突き破って剥き出しになっている状態でした」

 塚原氏が患者に「光免疫療法という新しい治療法が使えそうだ」と伝えると、「ぜひ受けてみたい」と同意を得た。

「施術の前日にこの薬剤を投与して、当日は直射日光が当たらないように布団をかぶってもらってオペ室に運びました」

 光免疫療法を施術する医師たちは、レーザー光から目を守るために濃緑のレンズのゴーグルをかける。今回の症例では、患部に直径1ミリの光ファイバーを数本刺し、50ジュールという規定の出力で近赤外線を約4分照射した。

「施術を開始すると、腫瘍部分から発光しているように感じました。腫瘍は、場合によっては一晩でポロッと取れることもあるそうですが、私が診た患者さんの場合は、むしろ翌日にはあまり変化がありませんでした。4日後に顔の腫れがあって、その後、腫れが引くのと同時に腫瘍も縮小した感じですね。ピンポン玉大だった腫瘍は、1回の照射で梅干し大にまで小さくなりました」

 従来の手術や抗がん剤、放射線療法などの“三大療法”とは違って、「光免疫療法は患者さんの負担が少ないことを実感しています」と塚原氏は言う。

「たとえば、今回の患者さんが手術を選択すると、腫瘍を切除すると同時に、欠損部分を埋めるために肩などから筋肉を移植する手術も必要になるんです。そのため合計で7時間程度はかかってしまう」

 しかし、光免疫療法なら全身麻酔の導入を含めて1時間程度で済む。患者の肉体的、精神的な負担は軽い。

「施術後も数日間は直射日光を避ける必要がありますが、集中治療室に入ることもなく、翌日にはご飯も普通に食べていました。ですからご本人もすごく喜んで、『もう少し(腫瘍を)小さくしたいね』ということで、6週間後に再び施術を行いました。2回目は腫瘍の中と腫瘍表面に光を当てる方法を併用しました」

 この患者のがんは2回目の施術でも完全には消え去らなかったが、塚原氏は光免疫療法を導入してよかったと考えている。

「まだ1例目ですので、今後も経過を見て検証していく必要はあります。ですが、『臨床現場での選択肢が増えた』『がんを倒す武器がひとつ増えた』というのが正直な実感です。将来的には放射線治療を回避するために光免疫療法が使えるようになればいいと思いますし、早期のがんについても適用されればいいなと思います。そうなればどんどんやっていきたいですね」

 光免疫療法への注目度は国内外で日増しに高まってきている。NHKの国際放送も海外向けの医療番組(「Medical Frontiers」)で特集を組んだ。その中で、再発した口腔がんに光免疫療法を施術した男性患者はこう言った。

「(光免疫療法は)まさしく僕が望んでいる治療法だなと感じました」


■現場から改善


 光免疫療法は、これまでの“三大療法”やオプジーボなどの免疫療法に次ぐ“第五のがん治療法”になると期待されている。

 だが“開発段階”から実際の“医療”へと移行するのは、そうたやすいことではない。光免疫療法の治験にも関わるある医師に言わせれば、「仮に2万マイルを飛ぶ高性能な飛行機が作れたとしても、目的地に辿り着くまでは最後の1マイルであっても気を抜けない」のだ。

 愛知県がんセンターの頭頸部外科部長、花井信広医師(51)も「治験や治療は慎重に進めていく必要があります」と気を引き締める。

「でもせっかく保険診療で行えるようになったので、今後は、早期の症例や別の部位まで適用拡大されていくのが希望です。そのために現場から提案して改善していきたいところもある」

 たとえば、近赤外線の照射装置。喉仏の骨の裏側など、どうしても光が届きにくい場所があるので、光ファイバーの形状にもバリエーションが欲しいと言う。

「それから、光免疫療法に関する正確な情報も広めていきたいですね。これはまだ一般にはあまり知られていない情報ですが、施術後にかなり痛がる患者さんもいます。中にはほとんど痛みを感じない人もいますが、がん細胞だけが無痛でスルリと取れるわけではないということです」

 また、同じ頭頸部がんでも光免疫療法があまり効かないがんもあるという。

「そもそもこの薬剤アキャルックスがターゲットにしているのは、がん細胞表面に出ているEGFR(上皮成長因子受容体)というがんの増殖に関わるタンパク質なんですね」

 そのタンパク質を目印(抗原)にして、この薬剤を構成する抗体がカギとカギ穴のようにぴったり結合する仕組みだ。

 EGFRは、頭頸部がんの典型的な組織型である「扁平上皮がん」においては90%以上の発現率が認められる。だが、同じ頭頸部の領域でも組織型が違う「甲状腺がん」での発現率はそれほど高くない。そのため、現在、「甲状腺がん」は光免疫療法の一般的な治療対象とは認識されていない。

「つまり、薬剤が結合しないがん細胞には光免疫療法は効きません。逆に言えば、EGFRが発現しているなら、頭頸部がん以外のがんにも効くはずです」

 実際、国立がん研究センター東病院ではすでに同じEGFRをターゲットにした「食道がん」や「胃がん」の治験が始まっている。

 開発者の小林氏は言う。

「その他、この薬剤はEGFRを多く発現している『子宮頸がん』や、トリプルネガティブと呼ばれる、これまで治療が難しかったタイプの『乳がん』にも有効だと考えられています」

 続けて、

「EGFRを発現していない別のがんをターゲットにするには、別の抗原(カギ)とうまく結合するような抗体(カギ穴)に変えてやればいいわけです」

 今後はさらに、対象者の多い大腸がんや生存率の低い膵臓(すいぞう)がんなどの抗原をターゲットにした第二、第三の新薬の開発が待たれるところだ。

 そのため、研究をさらに加速させる拠点として、来年4月には関西医大に「光免疫医学研究所」が開設される。所長にはNIHとの兼任で小林氏が就任する。


■多額の私財を投入


 光免疫療法の開発には、小林氏を筆頭に多くのがん研究者や医師が関わっている。だが、資金面で最大の援助をしてきたのは、実父のがんをきっかけに小林氏と出会ったという楽天メディカルの会長兼CEO・三木谷浩史氏(56)だ。私財だけですでに数百億円という巨額の資金を投入している。

 三木谷氏が言う。

「私が小林先生と出会ったのは2013年。まだマウスの実験しかしていない頃でした。『あれから8年でよくここまで来た』と評価してくれる人もいますが、個人的にはぜんぜん遅いと思っています。もちろん、人命がかかっていますので慎重にならざるを得ませんが、気持ちとしてはもっとスピードアップさせたい。将来的には、虫歯を治療するみたいに気軽にがんを治せるようにしたいんです」

 気軽に、という意味では実際の治療費も気になる。

 現在、光免疫療法の費用は薬代だけで約400万円かかる。決して安くはない。だが「高額療養費制度」を使えば、例えば69歳以下の自己負担の月額上限は、年収により3・5万円から高くても30万円程度となる。年収が500万円程度の人なら13万7千円ほどだ。医療の進歩により国庫がパンクしかねないという懸念もあるが、今後、適用拡大等により、政府が定めた基準以上の市場規模になれば、薬価がもっと下がっていく可能性もあるだろう。

 今もっとも懸念されるのは、「光免疫療法」という言葉が一人歩きを始めていることかもしれない。

 がん患者やその家族は、一日千秋の思いで光免疫療法の適用拡大を待っている。だが、研究の最前線に立つ小林氏は「現時点では、自分が受けられる標準治療を優先してください」と念を押す。がんに立ち向かうには今受けられるベストな治療を選択することだ。

 しかし、ネットで検索すれば、患者の気持ちを弄(もてあそ)ぶかのように、「光免疫療法」を標榜するクリニックのサイトが数多くヒットする。しっかり頭に入れておいてほしいのは、現時点では、掲載の表にない施設で、保険が利かない自由診療で行われている光免疫療法はすべて“ニセモノ”だということ。もっともらしい御託を並べて、高額な治療費を騙し取ろうとする悪徳クリニックである。

 このあたりの情報整理の今後の旗振り役は、光免疫療法に関するライセンスを独占的に有している楽天メディカルにも期待したい。

 光免疫療法は多くの可能性を秘めた治療法である。今後、対応できるがん種が次々と拡大されていけば、医師や病院からも見放されてしまったような“がん難民”にとっても大きな希望の光となるに違いない。

 現在は、日本に続き、アメリカ、台湾などの国々で臨床試験が進んでいる。光免疫療法を待ち望む人たちが世界中にいる。

芹澤健介(せりざわけんすけ)
ライター。1973年、沖縄県生まれ。横浜国立大学卒。編集者、構成作家として活動し、NHK国際放送の番組制作にも携わる。著書に『コンビニ外国人』、『血と水の一滴 沖縄に散った青年軍医』、『死後離婚』(共著)など。

「週刊新潮」2021年7月15日号 掲載

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