村井宮城県知事が「有観客」にこだわった理由 「科学的にクラスターが発生する可能性は低い」

〈五輪開幕を目前にして相次いだ“無観客”という判断。既に東京をはじめ、北海道、福島など、競技会場のある9都道県のうち6自治体が観客を入れない方針を表明している。そうしたなか、「宮城スタジアム」(宮城県利府町)では、なでしこジャパンの予選を含む男女サッカー計10試合を観客を入れて開催する予定だ。“有観客”にこだわる理由と覚悟について、渦中の村井嘉浩・宮城県知事が胸中を明かす。〉

 厳しいご意見があることは承知していますが、さまざまな声を受け止めた上で、総合的に“有観客”で問題ないと判断しました。7月21日から31日までの期間、予定通り、観客を入れてサッカーの試合を行う方針に変更はありません。

 理由はふたつあります。

 まず、何よりも、今回のオリンピックの大命題が“復興五輪”であるという点です。1年延期になったことで、ちょうど東日本大震災から10年という節目の年に五輪が開催される運びとなりました。震災によって宮城県は甚大な被害を受けましたが、10年でここまで立ち直ることができた。そして、多くの県民がお世話になった内外の方々に感謝の気持ちを伝えたいと考えている。五輪を通じて、その思いを世界中に伝えるため、多数の県民の皆さんやボランティアの皆さんが一生懸命に準備を進めてきました。大前提が“復興五輪”である以上、宮城県にお越しになりたい方には、ぜひ足を運んで頂きたいと考えています。

 各地の五輪競技会場が無観客となるなかで、宮城県が有観客で試合を開催すれば、世界的に注目される可能性が増すのではないでしょうか。また、結果的に五輪が成功すれば、世界に感謝のメッセージを伝えられるだけでなく、困難を克服した県であると評価してもらえるかもしれません。

 私としては、他の被災地の自治体とも一緒に有観客で進められればと考えていたのですが、そこは首長さんそれぞれのお考えがあると思いますので……。

 次に、有観客での開催を判断したもうひとつの理由は、行政はすべての人々を平等に扱わなければならないという点にあります。

 宮城県内ではプロ野球やJリーグの試合、その他のさまざまなイベントが制限こそあれ、観客を入れて行われています。仮に、県内のすべてのイベントが無観客であれば、五輪競技が無観客になってもやむを得ません。しかし、五輪の試合だけがチケットを購入しても観戦できないというのは、大変不思議な状況ですし、率直に言って不平等だと感じます。

 7月17日には、「楽天生命パーク宮城」(仙台市・3万人収容)でプロ野球のオールスター戦が行われました(観客は約1万5千人)。さらに、五輪期間中の7月24日と25日には、同じ球場で侍ジャパンの強化試合が組まれており、両日とも1万3千人が来場予定です(両日とも予定通り開催された)。仙台市で五輪代表選手の強化試合が有観客で開催される一方、仙台市を離れ、最寄りの利府駅から徒歩40分ほどの距離にある宮城スタジアムでの試合にだけ無観客を求めるのは、行政の原則からしても筋が通らないと思います。

 また、プロ野球やJリーグの有観客試合では、これまでクラスターは起きていません。五輪会場となる宮城スタジアムでは最大5万人を収容できるところ、観客数を3千人から1万人に制限し、席の間隔も空けるので、クラスターが発生することはまずあり得ないと考えています。

〈だが、宮城県の地元紙「河北新報」が7月11日に公表した緊急アンケートでは有観客に反対する県民の声が約84%を占め、県医師会や郡和子・仙台市長からも無観客を求める声が上がっている。また、隣接する他県の知事も、「仕事上の行き来がある。感染拡大すると相当のリスクだ」と懸念を示した。〉

 確かに、当初は有観客について厳しいご意見が多かったように感じます。そうした方々は、おそらく全ての観客が首都圏から訪れると考えていたのではないでしょうか。しかし、実際に1都3県(東京、千葉、埼玉、神奈川)からお越しになる観客はどの試合も1割前後です。最も来場者が多い試合でも千人程度ですが、そもそも、出張などで首都圏から仙台を訪れる方々は1日千人どころではありません。また、五輪はチケット当選者の名前や連絡先といった個人情報を、すべて組織委員会が把握しているので、仮に感染者が出ても追跡が可能です。こうした事実が報じられるにつれて、最近は有観客に賛同する声も寄せられるようになりました。

■信念を曲げない


 現在、宮城県は「ステージII」の状態にあり、高齢の感染者はかなり少なく、入院中の重症者は3人(7月17日時点)です。ただ、ここに来て20代から50代の方々を中心に新規感染者が40人を超える日が続いているのは事実。そこで、県の対策本部会議では、21日から仙台市内の飲食店に時短営業を要請することを決めました。酒類の提供は20時まで、飲食店の営業時間も21時までとなります。ちょうど五輪の初戦が行われる日からですが、サッカーの試合は開始時間が17時か20時なので、試合後に飲食するのは難しいと思います。

 科学的に考えてもクラスターが発生して県内が大変な状況に陥る可能性は極めて低い。そうした事実を冷静に踏まえた上で、私は有観客で開催すべきだと判断したのです。

 有観客にしたところで、宮城県の経済が潤うとは思えません。しかし、私は経済効果よりも、復興五輪を成功させる意義の方が大きいと感じています。

 1960年生まれの私は、64年の東京五輪をおぼろげながらに覚えています。男子マラソンで、アベベ選手と円谷幸吉選手が走る姿を、白黒テレビにかじりついて観ていた記憶が残っている。だからこそ、せめて子どもたちにはスタジアムに足を運んでもらって五輪を体感させてあげたい、と。

 しかも、オリンピックは日本の力を世界に示す機会でもあります。コロナ禍の厳しい状況にあっても大会を成功裏に終えることができれば、「日本は素晴らしい国だ」「コロナが落ち着いたら遊びに行きたい」と思ってもらえるはずです。そのために、たとえ宮城県だけでも有観客での試合を成功させたいと思っています。

 もちろん、私の判断を批判する人たちが間違っているとは思いません。それもひとつの民意です。とはいえ、反対する声が大きいからといって信念を曲げることは自分の姿勢に合わない。この秋には県知事選を控えていますが、職員には「仮に出馬することになるとしても選挙のことは気にしないでいい」「これで落ちても仕方がない」と伝えています。職員はトップの姿をしっかりと見ていますからね。「うちのトップは世論になびいてブレてしまうんだ」と感じたら、職員は上司を信じて仕事に邁進できない。政治家は国民や県民と同時に、部下や組織に対しても責任があると思います。

 やはり自分が正しいと考える道を、信念を曲げずに進むしかない。その上で最後はトップが責任を取る。政治家の本質は苦しい時、有事の時にこそ見えてくるのではないでしょうか。

「週刊新潮」2021年7月29日号 掲載

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