鳥類学者だからって鳥が好きだと思うなよ 減り続ける「絶滅危惧種」の謎に迫る それは北斗神拳? それともジェダイ?

「子ども科学電話相談」で大人気のバード川上先生こと、鳥類学者・川上和人さん。今年はオリンピックのため、夏休み子ども科学電話相談の放送はない。しかし、がっかりしているあなたに朗報だ。累計16万部を突破した川上さんの鳥類学者シリーズ最新刊『鳥類学は、あなたのお役に立てますか?』から、とっておきの章を全文ご紹介する。今回お届けするのは「ミゾゴイの耳はパンの耳」。不人気な鳥を選んで他の研究者との争いを避け、狭い業界の第一人者になろうと皮算用した著者。しかし、不人気には理由があった。地味さに加え、数が少なく、観察が難しいのだ。トーク同様、専門知識と“ネタ”が自由自在に混ざり合う軽妙な文章をご堪能あれ。

■ミはミミのミ


 私はパンのミミ愛好家だ。

 軟弱なふわふわ白色部に比べ、適度な歯ごたえと香ばしさ。断然ミミ派だ。定年後の夢は、切っても切ってもミミばかりのミミダケ食パンの開発だ。

 だが現実には、ミミは大量に詰め合わせてヒトヤマナンボである。ラスクに転生してようやく日の目を見る有様だ。おかげで安価さが長所となっている。

「戦いに負けないコツは戦わないことである」

 孫子が言っていたような気がするし、言ってなかったような気もする。世間とランチパックが軟弱白色部を求めて群雄割拠するのを横目に、競争相手の少ない私は悠々とパンのミミを入手する。

 パンはミミに限る。

 さて、私が現在の職場に就職して最初に研究対象に選んだのはミゾゴイというサギである。

 研究対象には二通りある。観察しやすい種と、しづらい種だ。

 例えば、ツバメやシジュウカラなどは前者の代表である。このような鳥は世界中で研究が進んでいる。

 一方でミゾゴイは観察しづらい。この鳥は数例の記録を除き日本でしか繁殖していない里山の鳥なのだが、日本人でもあまり馴染みがないのが実情だ。

 多くのサギ類は、開けたところを飛び集団営巣するので比較的目立つ存在となる。しかし、ミゾゴイは森林内に単独営巣してひっそりと暮らしている。しかも地味な褐色で、間近にいても存在に気づきにくい。おかげでろくに研究が進んでいない。

 研究が進んでいる鳥では簡単にわかることはすでに解明されており、新たな成果を出すのも一苦労だ。一方で研究が進んでいなければ、新発見も多いはずだ。

 平和主義的パンミミ派の私は、不人気種を選んで他の研究者との争いを避け、狭いミゾゴイ業界の第一人者になろうという皮算用である。

■ゾはゾウカシテナイのゾ


 ミゾゴイは観察が難しい。地味さに加え、数の少なさも一因だ。おかげで絶滅危惧種としてちやほやされている。

 そこで疑問が生じる。この鳥は一子相伝の北斗神拳の使い手のようにもともと少数だったのか。それともジェダイのように時代とともに減少したのか。

 もともと少ないのなら温かく見守ろう。しかし、減少しているなら、原因を突き止め積極的に保全せねばなるまい。

 さて、北米にはクリスマス・バード・カウントと呼ばれる市民参加型調査がある。毎年クリスマスの頃に各地のバードウォッチャーが一斉蜂起して鳥を数えるイベントで、1900年から続いている。ゴジラシリーズですら1954年以来六十余年の歴史しかないことを考えると、その息の長さが窺える。おかげで北米では、過去100年の鳥類相の変化がわかるのだ。

 しかし日本にこんな継続的調査はない。よってミゾゴイの個体数変化を直接知る術はない。こういう時は知恵を絞り詭弁を弄して間接的評価を試みる必要がある。

 よし、まずは文化面から攻めよう。

 田の下に鳥と書く字がある。これはミゾゴイを表す国字だ。

 特定の字を持つことは、雀や燕など一部の著名な鳥にのみ許されたステータスだ。専用機を持つシャア・アズナブルのようなものだ。生態系の頂点に胡座(あぐら)をかくオオタカやイヌワシですら専用の字を持たない。せいぜい鼻息の荒い黒い三連星といったところである。このことから、ミゾゴイは日本人に馴染み深い存在だったと言える。

 次にミゾゴイの別名を探すと、ヤマイボやウメキドリなど様々な地方名が見つかる。つまり彼らは、日本各地できちんと認識されていたのだ。

 ミゾゴイの異名には、樋の口守りや護田鳥(うすべ)といった聞きなれないものもある。ミゾは用水路のことであり、樋の口は水田に水を引く水門だ。この鳥には何かと田んぼに由来する名がついている。

 名は体を表す。仮面ライダーは仮面でバイクに乗るし、スーパーマンは超人だ。世界唯一の例外は鉄でできていないアイアンマンぐらいである。名前から察するに、ミゾゴイは全国の農地で親しまれる里山の普通の鳥だったと解釈できる。

 しかし残念ながら、最近は田んぼで簡単に見られる鳥ではない。森林に住む彼らが田んぼに出現していたということは、それなりに数が多かった証拠だ。

 つまりケンシロウ型低密度タイプではなく、減少して隠遁したヨーダタイプと推測される。


■ゴはゴウリテキのゴ


 国語学者でもない私が、この憶測だけで減った減ったとプロパガンダを行うのは気がひける。

 地域的には、過去に多数が繁殖していた三宅島や山梨県身延町で、近年は繁殖数がほぼゼロになったという記録がある。しかしこれはあくまでもローカルな報告であり、全国的傾向とは限らない。

 そんな私に救いの手を差し伸べてくれたのは、後に上野動物園園長となる小宮輝之氏だ。古い日本動物園水族館年報を入手したというプチ自慢話を聞かせてくれたのだ。

 この年報は1953年以来毎年発行され、日本動物園水族館協会の加盟施設で飼育されている動物の数が掲載されている。

 そこにはミゾゴイの記録もあった。

 動物園では、積極的に収集して飼育する動物もいれば、保護個体を飼育する場合もある。私が言うのもなんだがミゾゴイは人気があるわけではなく、パンダ様やキリン様のスペースを削ってまでわざわざ集めるものではない。

 そうするとミゾゴイの飼育個体数は保護個体数に近いと仮定できる。飼育下での繁殖の例もないので、水浴びしたモグワイのように飼育個体がぽこぽこ増えることもない。

 野生個体数が増えれば保護個体も増え、野生個体が少なければ保護個体も少なくなるはずだ。つまり飼育個体数の変化は野生個体数の変化を反映するというわけだ。しかも全国的な記録である。よし、次はこれでいこう。

 早速、小宮氏から数十冊の年報を借り、飼育個体数の推移をグラフ化する。

 1950年代はミゾゴイの飼育数が少ない。終戦直後で動物園の体制が不十分だったのだろう。1960年代には国内合計8個体の飼育記録があるが、その後はウナギ下がりに減少し、1990年代にはゼロになる。

 次に、サシバという鳥でもグラフを描く。個体数減少が問題となっている里山のタカだ。1960年代には50個体以上が飼育されていたが、1990年代には5個体以下になっていた。

 仕上げはオオタカだ。この種は20世紀後半に数が増えたことを受け、2006年に絶滅危惧種の指定が解除された。こちらは飼育数が10個体以下から40個体以上に増加していた。

 サシバとオオタカの飼育数の増減は、野生集団の増減と矛盾しなかった。そう考えると、ミゾゴイの減少についても説得力がありそうである。

 一般の人の野生動物への関心は以前よりも高まっているため、野生個体数が一定でも保護個体数は年を追って増加するだろう。それでもミゾゴイでは減少していたのだ。

 保護個体数は、人間と野生動物が接するエリアの状況を反映するにすぎない。このため、飼育数の減少率が集団全体の減少率と一致するわけではない。

 とはいえ、ミゾゴイは里山の鳥なので人との接点は比較的多い。彼らが大幅に減少したことは間違いないだろう。

■イはイチマンノイメージのイ


 減少傾向の次は個体数が気になる。一体何個体いるのだろう。

 2001年に出たアジア版レッドデータブックでは、ミゾゴイは1000個体未満とされた。国際自然保護連合のレッドリストでもこの数字が採用された。

 百舌、百足、百人組手、100はべらぼうに大きな数の代表だ。千手観音に千年女王、1000は人知の及ばぬ神の領域の数となる。

 しかし、野生動物にとって1000個体は致命的に少ない。

 たとえば外来マングースの捕食圧によりあわや絶滅かと心配されていた頃のヤンバルクイナが推定1000個体前後だ。その分布は沖縄島北部の200平方km程度の範囲に限られる。

 あれ、なんだか違和感あるな。

 ミゾゴイは本州、九州、四国を中心に分布する。3島合計で約28万平方kmだ。彼らは標高1000m以下の森林を好む。そんな適地が全面積の30%とすれば約9万平方km。1000個体は500ペアなので、100平方kmに0・6ペアの計算だ。

 では現実はどうだろう。

 愛知で繁殖期に行われた調査では、100平方kmの調査地の23地点でミゾゴイの鳴き声が聞かれている。ふむふむ。密度の低い東京西部の林でも100平方kmで3〜4地点は確認できた。ふむふむ。

 どうやら、アレかな。1000個体はちょっと、言い過ぎかな。

 鳴き声がしたからといって必ずしも繁殖しているとは限らないが、少なくとも鳴いていた個体はいる。もちろん密度には地域差もあるが、どうやら1000ということはなさそうだ。

 実はこれまでに科学的な方法でミゾゴイの密度が計算されたことはない。1000という数も根拠は示されていない。目立たない生態ゆえの「個体数が非常に少ない印象」から導かれた過小評価の可能性がある。

 ミゾゴイが減少したことは間違いない。保全が必要なことも間違いない。

 保全の必要性を説くには、個体数に関する共通認識が必要だ。そして個体数の少なさは保全の原動力となる。実際に1000という個体数が出された後、ミゾゴイの保全が進んだことは事実だ。

 とはいえ過小評価は諸刃の剣だ。

 たとえば1万個体から1000個体に減った鳥がいるとしよう。しかし、過去に過小評価により100個体と推定された後で、正確な調査により1000個体がいると推定されたらどう評価されるだろうか。実際には9割減少しているにもかかわらず、数字上は10倍の増加に見えてしまう。

 日本のレッドリストには約100種の絶滅危惧鳥類が掲載されている。残念ながら、その全種の個体数や増減が科学的に推定できているわけではない。このため、まずは目安の数を出し修正していくのは妥当な手法だ。

 大切なのは数の算出根拠を示すことである。印象なのか、密度に基づくのか、はたまた全数カウントか。それにより数字の信頼性が変わるからだ。

 そして、もう一つ大切なことがある。仮に1万個体でも、やはり野生集団としては極めて低密度という感覚を持つことだ。万は千よりさらに大きく、「そんなにいるなら大丈夫」と見えるかもしれない。

 しかし、ある生物が仮に日本に1万個体いるとすれば、38万平方kmに5000ペア、10km四方に平均1・3ペアの密度だ。東京ディズニーランドとシー100個分にミッキーとミニーがようやく1組では、お客さんも疲労困憊の低密度である。

 研究者は数値を単位あたりに換算する癖がある。これは数の持つ意味を現実的に把握するための習慣なのだ。

 なお、国際自然保護連合の担当にミゾゴイ過小評価仮説を伝えたところ、ウェブサイトにある推定個体数が少し上昇した。とはいえ、これも地域的な密度に頼るもので、まだ信頼性が高いわけではない。より精度の高い推定が必要だ。

 観察しづらい鳥の研究は容易ではない。しかし、容易でないからやらなくてよいわけではない。

 日本にしかいない鳥は、日本人が研究し保全する義務があるのだ。

デイリー新潮編集部

2021年8月5日 掲載

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