ひろゆき氏を論破した言語学者 在仏50年超の“F爺”小島剛一氏が語る日本人差別

ひろゆき氏を論破した言語学者 在仏50年超の“F爺”小島剛一氏が語る日本人差別

西村博之氏(Danny Choo from Tokyo/Wikimedia Commons)

■差別に無自覚な人


 2ちゃんねるの創始者・西村博之氏(44)は近年、「ひろゆき」の名前で活動している。ニュース番組やTwitterなどの発言が話題となり、ネット上で“論客”として注目された。論争で負け知らずの“論破王”としても話題だ。

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 2018年には著書『論破力』(朝日新書)を出版したほどだが、その、ひろゆき氏が論破されたとネット上で大騒ぎになった。

 ひろゆき氏を論破したのは、言語学者の小島剛一氏。1946年、秋田県に生まれ、68年からフランスに在住。78年にはストラスブール大学で博士号を取得した。

 トルコにおける少数民族語の実地調査に従事したことから、91年に『トルコのもう一つの顔』(中公新書)を上梓した。

 東京新聞は2011年8月、「こちら特報部」で「反骨の言語学者・小島剛一氏 圧力屈せず真実告発 トルコの少数民族弾圧」の記事を掲載した。

 ひろゆき氏と小島氏が行った論争のテーマは人種差別の問題。有名なフランス人サッカー選手2人による日本人を侮蔑する動画が流出した。日本でも大きく報道されたため、ご記憶の方も多いだろう。

 1人はアントワーヌ・グリズマン(30)。ドイツ系の父とポルトガル系の母の間に生まれた白人だ。もう1人はウスマン・デンベレ(24)。


■すぐに差別と認識


 では小島氏のインタビューをお読みいただこう。まず経緯の説明をお願いした。

小島剛一氏(以下、小島):7月4日に目を覚ますと、私のアドレスに10人以上のフランス人の友人からメールが届いていることを把握しました。全て同じ内容で、「このリンク先の記事が紹介している動画を見てほしい。君と議論がしたい」と書いてありました。いつもは数通というところですから、びっくりしました。

 内容はすぐに理解しました。グリズマンとデンベレと言えば、サッカー界のスーパースターです。フランス国内だけでなく、フランス語圏で大きなニュースになっていました。ベルギーやカナダのケベック州といったところでもトップニュースの扱いだったわけです。

 友人たちのメールにあるリンクをクリックすると、様々なメディアの記事サイトに飛びました。とはいっても結局、動画は1つだけです。再生してみると、すぐに「あ、これは人種差別的発言だ」と察知しました。多くの視聴者やメディアも指摘していますが、動画の録音状態は悪く、聞き取れないところがたくさんあります。


■侮蔑的な声


《グリズマンとデンベレの2人は共にフォワード。世界トップクラスのクラブチーム・FCバルセロナに所属し、フランス代表にも選ばれた。そんな一流選手が、なぜ日本人を差別したのか。

 共同通信が7月6日に配信した「仏サッカー選手、日本差別か 映像流出、批判浴び謝罪」を中心に、何があったのか箇条書きにしてご紹介する。

・動画は2選手が2019年7月に来日した際、宿泊したホテルの部屋で、デンベレ選手が撮影した
・撮影されたのは、ホテルの日本人従業員。2人が遊んでいたゲームの不具合を直すため、部屋を訪れていた
・選手がSNSで私的に共有していたと見られる。今月初め、身元不明の人物が動画をTwitterに掲載して大きな問題となった

 差別発言について、共同通信はデンベレ選手が「このひどい顔」とフランス語で発言。日本語のやりとりを聞き「なんて言葉だ」とからかったと伝えた》

小島:外国人を差別する時に特有の、侮蔑的な声のトーンというものは歴然として存在します。私はフランスに住むようになってから、「極東人」として何千回も差別の被害に遭ってきました。その時の口調と全く同じでした。


■友人も「差別」と断言


小島:動画では日本人スタッフの顔を、無遠慮にアップで撮った場面もありました。「この動画の撮影者は、被写体である日本人を嘲笑しようとしているな」とピンと来ます。フランス人の作成した動画だったため、日本人の大多数は差別のニュアンスを読み取れなかったかもしれません。しかし日本人が日本語を使いながら同じ内容の動画を撮影したとすれば、たとえ録音の状態が悪くとも、差別だと判断した日本人は多かったはずです。それほど人種差別言動であることの明白な動画でした。

 フランス人の友人たちも、基本認識は全く同じでした。私を含めて全員「これは悪質な人種差別だ」という点では意見が一致していました。そのため「2人は動画で何と喋っていたのか」についての議論が大半でした。ある友人が「こう言ったんじゃないか」と推測すれば、別の友人が「いや、ああ喋ったんじゃないか」と反論するわけです。そのうちフランスのメディアが、発言内容を報じだしました。

 今でも不思議なのですが、報道各社がすり合わせを行ったのかと思うほど、2選手の発言内容は統一してありました。それを踏まえ、私の「F爺・小島剛一のブログ」に7月4日、「Ousmane Demb?l?ウスマン・デンベレとAntoine Griezmannアントワーヌ・グリズマンの日本人差別動画」という記事を投稿しました。


■擁護の発言


《ちなみに「F爺」の意味は、「F国(=フランス)に住む日本人の爺さん」とのこと。ブログで小島氏は、フランスメディアの報道を踏まえ、日本人スタッフの顔に対する嘲笑を「醜い顔の奴ら」、日本語に対する悪罵を「ひでえ言語」、「聞くに堪えん」、ゲーム機を作動させるのに手間取っているスタッフを「お前らの国は、技術先進国なのか。そうじゃないのか」と揶揄したと翻訳した。記事の中で、2選手の極東人や他国の言語に対する差別感情は明白であり、『「冗談」だの「ユーモア」だのという言い訳の通用しないこと』を指摘した》

小島:2選手は弁明を発表しましたが、これも酷い文面でした。開き直りとしか読み取れない内容だったため、7月6日に「動画で日本人を差別する発言をしたサッカー選手Ousmane Demb?l?ウスマン・デンベレとAntoine Griezmannアントワーヌ・グリズマンの卑劣な『謝罪した振り』」の記事をアップしました。

 すると、普段は見たこともないような読者数になりました。思わず私が「炎上した」と発言すると、年下の友人が「炎上は小島さんの発言に問題がある時です。内容に共感した人が大多数なので、そういう時は『バズった』って言うんですよ」と教えてくれました(笑)。

《サッカーのフィリップ・トルシエ元日本代表監督(66)のもとで、通訳を務めていたことでも知られるフランス人ジャーナリスト、フローラン・ダバディ氏(46)や、複数のフランス人ユーチューバーなど、「日本語ができるフランス人」は「悪質な人種差別だ」と口を揃えた。

 その一方で、ひろゆき氏は動画に出てきた「putain」という言葉は強調の意味でも普通に使われるとし、日本語の翻訳時に本来の意味と離れた可能性を指摘した。芥川賞作家の辻仁成氏(61)も自身のブログで、差別発言の報道は誤訳を元にした可能性があると警鐘を鳴らし、侮蔑的な発言についても「クソガキならこのくらい言う」と感想を綴った》


■フランス語のレベル


小島:日本の友人から、ひろゆき氏と辻氏の発言内容を教えてもらいました。誤りを指摘する記事をブログに掲載しました。7月7日に配信した「日本人・極東人差別者デンベレとグリズマンを擁護する不可解な日本人」です。

 ひろゆき氏の「putain」に関する発言は完全に間違っています。強度の侮蔑語・罵倒用語・悪罵用語であり、こんな単語を普通に強調の意味で使う人がいたとしたら、たちまち「無教養」とか「無頼漢」と烙印を押されます。

 辻氏のブログも拝見しました。氏が記述した動画の聞き取りは、フランスのメディアが報じたものとは違いました。フランス語の文法が身についていれば、犯さないはずの誤りも散見しました。

 率直に申し上げて、お二人のフランス語のレベルは、かなりひどいものです。フランス語が話せず、書けない人が、フランス人が差別したかどうかを判断できるはずもありません。ところが、ご自身のフランス語能力を過信し、必死に選手を擁護しました。一体、そんな虚報を伝えて、どんな利益を見込んでいるのか──こんなことを記事に執筆しました。


■差別に気づかない場面


小島:フランス語は、私にとっては第一言語です。第一言語とは「母言語同様に、文法を意識することなく自由に思考の手段として用いることのできる言語」という意味です。私は英語やトルコ語、トルコ語の方言、少数民族の諸言語など、様々な異言語を習得してきました。フランス語が第一言語となるのに、フランスに到着してから約1年かかりました。日本で生まれ育って大人になってからフランスに移住した日本人としては、私の知っている範囲では、もっとも早い記録です。

 フランス語とフランスの風習が分からない人は、フランス語で差別されても分かりません。私にも経験があります。ブログにも書きましたが、フランスで生活をするようになって半年が過ぎた頃のことでした。街を歩いていると、6〜7歳の男の子が2人、私の前に走り寄ってきて、両手を自分の目に当てて左右に引く動作を繰り返しました。

 歩くのに邪魔だと思いましたが、その動作が極東人差別を意味するという知識はありませんでした。子どもたちがいなくなると、一緒にいたフランス人の女性が怒りだして不思議に思い、理由を教えてもらって驚きました。「切れ長の目」を真似することがアジア人差別につながるということを、その時初めて私は学んだのです。

 私はフランスで働き、生活の糧を得てきました。極貧だった時期もあります。その頃は、市場で野菜を買うのにも、捨て値でもいいから売ってしまいたい様子の店で値切らなければなりませんでした。ありとあらゆる場面で、フランス語で意思疎通を行ってきました。差別されたことは何千回もあります。その経験から、今回の差別動画について発言しています。


■若者言葉の嘘


小島:翻って、ひろゆき氏はどうでしょうか。氏はフランスに住んでいるのかもしれませんが、フランスで働いているわけではなさそうです。生活の原資は主に、日本での活動で得ているのでしょう。日々、どれくらいの頻度でフランス人と会話をしているのでしょうか。

 買い物でも、スーパーなら店員と話をする必要はありません。タクシーに乗る時でも、行き先は紙に書いたり、スマホに表示させたりすれば行ってくれます。お金さえあれば、フランス語が全くできなくとも、フランスでの生活は可能です。

 ひろゆき氏は相当に裕福な方だと聞いています。どこの国の人でも、金持ちには優しいでしょう。私は八百屋以外の商店でも、値切ろうとしたわけでもないのに、店員に人種差別的な嫌味を言われた経験がたくさんあります。一方のひろゆき氏は、パリで「この国が気に入らないんだったら、さっさと自分の国に帰れ」など、外国人差別・人種差別の痛罵を浴びせかけられた経験はお持ちなのでしょうか。

 氏がパリに建つアパートの一室に住んでいるのは事実なのかもしれません。しかし、それはフランス語を使ってフランスで働き、フランスで生計を立てているのとは違います。結局、ひろゆき氏は北海道や沖縄で暮らしているのと大差はないのです。

《ひろゆき氏は更に反論を続けた。Twitterで「putain」について、若者言葉では強調の意味に使うと主張。「若者言葉を知らない高齢者の方が『聞いたことが無いからフランス人は使わない』というのは勉強不足なだけだと思います」と投稿した。他にも動画などで反論を繰り返した》


■フランスかぶれ


小島:私は「聞いたことが無いからフランス人は使わない」などと発言したことはありません。完全な捏造ですし、「若者言葉」だという主張は間違いでもあり、典型的な論点ずらしです。「putain」は、本来は名詞ですが、感歎詞としての用法がありますから、それを「強調」と呼ぶことはできます。しかし、昔からあらゆる年齢の人が使いますから、決して若者言葉ではありません。ひろゆき氏は、私がブログで、

「F爺がフランス語の「若者言葉を知らない」ということはあり得ますが・・・仮にそれが事実だったとして、」

と書いたのを歪曲引用しています。「仮にそれが事実だったとして」を意図的に隠蔽して、「若者言葉を知らないとF爺自身が認めている」と主張しています。

 言葉は使い方で含蓄が異なります。「女」という言葉に差別的なニュアンスはありません。ある人は親しみを込めて「あの女はね」と言うかもしれません。しかし、女性差別主義者が「お前は女のくせに」と口にすれば、紛れもなく差別発言です。

 あの動画における「putain」は明白に日本語を罵倒する差別発言です。フランス人も私も、それをはっきりと感じ取りました。フランス語の知識が乏しいひろゆき氏は、「差別ではない」と主張したい一心で、わざと曲げて解釈したのです。

 にもかかわらず、ひろゆき氏は、私のしていない発言を組織的に捏造して反論もどきをしてきました。ブログのコメント欄などで匿名の人物に常軌を逸した攻撃を受けたことはありますが、素性を隠していない人物にここまで悪質なことをされたのは初めてです。教養が完全に欠如した、嘘を平気でつく人間と言わざるを得ません。

 色んな「フランスかぶれ」と接してきましたが、ここまでひどいのも見たことがありません。ひょっとすると、ひろゆき氏は愛するフランスのため、何がなんでも2選手を擁護する必要を感じたのかもしれません。


■虚を突かれた日本人


小島:しかし肝心のフランス語の知識がないのですから、守れるはずがないのです。氏はこれまで「フランス在住で、フランスについて精通している」というイメージがあったそうです。今回の動画問題が発生し、何か気の利いたことを言わなければと考えたのでしょう。しかし、文字通り馬脚を現して終わりました。ネットなどで私のことを「ひろゆきを論破した」と紹介してくださっていますが、私は氏のことを論破したつもりはありません。理不尽な侮辱に対する自衛のために単に間違いを指摘し訂正しただけで、論争にもなっていないと思います。

 大多数の日本人には、差別された経験がありません。被差別部落の問題や在日朝鮮人、アイヌ人に対する差別問題は存在するとはいえ、欧米のように日常的に様々な人種差別が行われている社会とは異なります。

 今回の動画で、日本人は虚を突かれたのではないでしょうか。特にデンベレといったアフリカ系黒人が本気で、心の底から極東人を醜いと思っているとは信じられなかったのだと思います。

 自分にとって異文化であるものを醜いと感じることは、実はよくあることです。ところが日本人は、そうした知識や経験に乏しかった。「日本人は立派であり、まさか人種差別の対象にはならないだろう」と思い込んでいる人も多かったのではないでしょうか。動画の報道に戸惑っていたところ、「あれは人種差別ではないんですよ」と言われて安心した。そんな人は相当数にのぼったのではないかと考えています。


■玉石混淆


小島:「あれは差別であり、これは差別ではない」と自動的に判断できるような物差しは存在しません。私はアメリカの先住民を「インディアン」と呼ぶことは差別だと考えます。しかしポリティカル・コレクトネスや、差別用語の使用を禁止する“言葉狩り”には断固として反対します。

 自分の経験や教養といった「智」を通じ、「何が差別で、何が差別でないか」を考えに考え抜くしか方法はありません。表層で騙されて「これは差別じゃないよ」と間違えてしまうか、真相をしっかり把握して「これは差別だ」と看破するか、その重要性を今回の騒動は教えてくれたと思います。

 ネットの世界では匿名の陰に隠れ、コメント欄などに悪質な書き込みをする輩の存在は、もちろん知っていました。とはいえ、今回の件で私のブログに押し寄せた「馬鹿者」や「無礼者」の数に改めて驚かされました。私にとってもネットは、なくなると生活ができなくなるほど大切なものです。研究や学習、娯楽にも役立つことは言うまでもありません。ネットの世界は“玉石混淆”なのだなと再認識しました。そしてできるだけ、ネット界の“玉”に触れていきたいと思います。

デイリー新潮取材班

2021年8月6日 掲載

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