首都直下地震が起これば「山の手も危ない」 地質地盤の立体図で判明

今後30年で首都直下地震が起きる確率は70% 下町だけでなく山の手も危険か

記事まとめ

  • 今後30年で首都直下地震が起きる確率は70%と言われ、下町は被害が予想されている
  • ところが、高輪、恵比寿、代々木、世田谷などの山の手も揺れやすいと実証された
  • 直下地震でも震度7の場合は一瞬『無重力状態』になり、圧死を警戒する必要がある

首都直下地震が起これば「山の手も危ない」 地質地盤の立体図で判明

首都直下地震が起これば「山の手も危ない」 地質地盤の立体図で判明

図を作成した中澤努グループ長

 今後30年で「首都直下地震」が起きる確率は70%といわれる。都民はまさしく大災害と隣り合わせの生活を送っているわけだが、先ごろ都心部の「地質地盤」を初めて詳細に表した立体図が完成。何と、被害が予想される下町とともに、山の手もまた危ういというのだ。

 ***

 来るべき震災に備え、自宅の下に広がる地盤を知っておくことは重要である。が、東京23区では開発が進んで地層を直に見ることもままならず、これまで詳細な構造は知られていなかった。

 そんな状況を大きく変えることになるのが、今回の「3次元マップ」である。図の作成に携わった、国立研究開発法人「産業技術総合研究所」(産総研)の中澤努・情報地質研究グループ長に聞くと、

「5月21日に、産総研のウェブサイトで『東京都心部の地質地盤図』を公開しました。立体画像を表示するソフトをインストールすれば、どなたでも無料で地下の立体図を見ることができます。また任意の箇所の地質状況がどうなっているのかを知るために、断面図を描画することもできます」

 とのことで、

「東日本大震災では、首都圏でも千葉県の浦安など一部の地域で液状化現象が見られました。東京は震度5強でしたが、屋根の瓦が落ちたり家具が倒れたりといった被害が出た地域もあります。同じ大地震でも、地域によって被害の大小があることは皆さんも実感としてお持ちでしょう。なぜそうなるのかを考えると、おのずと地下の地質地盤に行きつくのではないかと思います」

 このプロジェクトは、2013年から始まった「第2期知的基盤整備計画」に基づいて進められたという。

「産総研ではもともと、紙で地質図を出版していましたが、2次元のため平野部の地下の3次元的な広がりを表すのは難しかった。そこで立体化に取り組むことになったのです。ただ、これは全国的にも初めての試みでしたので、まずは千葉県北部をモデル地域と定め、その地質地盤図の立体化を試みました。関東平野にはさまざまな地層があり、各地層が最も典型的に観察できる場所を『模式地』といいます。木更津周辺などで地層が隆起し、崖などで地層を確認することができる千葉県北部は、関東平野の地層が最も典型的に分布している地域であり、モデルに適していたのです」

 千葉県北部の地質地盤の立体図は18年3月に公開された。ここで培ったノウハウが、今回の東京23区版に活かされたという。

「手順としては、まず自治体(東京都土木技術支援・人材育成センター)のご協力のもと、おもに公共工事で採取された土木・建築工事のボーリングデータをおよそ5万点頂きました。それに加え、産総研でも独自にボーリング調査を実施し、新規で11カ所、すでにデータとして持っていた9カ所、合計20カ所の詳細なデータを用意しました。これを基準データと位置づけて地層区分を構築し、頂いた5万地点のデータと照合しながら地層を追っていきました」

 ソフトは活用するものの、地層を突き止めるのは基本的に手作業。プロジェクトメンバー4人で、5万地点のデータがそれぞれどの地層にあたるか、一つずつ入力していったという。

「地層を対比するこの作業に、およそ3年かかりました。また地層は浸食と堆積を繰り返していくため、産総研の独自技術に基づいた計算で、その“境界面”を確かめていったのです」


■「縄文海進」で


 骨の折れる作業を地道に続け、東京23区版は完成した。

「23区は東西・南北ともおよそ32キロ、関東平野に位置しているわけですが、平野はまず台地と低地に分かれます。23区の東部は東京低地、西部には武蔵野台地が広がっており、西部の北側には荒川低地、そして南側には多摩川低地があります。その中で今回分かったのは、東京低地の地下に『埋没谷』が存在することです。ここに昔できた谷があることは知られていましたが、今回、その形状をこれまでに例がないほど詳細に描き出すことができたのです」

“埋没谷”とは聞きなれない言葉だが、

「埋没谷は、約2万年前の最終氷期に形成されたものだとされています。氷期では陸地上に氷河や氷床(ひょうしょう)が形成され、その分だけ海水面が下がっていく。最終氷期には地球上の海水面が120〜130メートルほど低くなっていたといいます。埼玉方面から荒川と利根川が流れ込み、現在の足立区付近で合流して『古東京川』となり、今よりもずっと陸地が南に広がっていた東京湾に注ぎ込んでいました」

 氷期が終わると、地球は温暖化して海面も上昇した。

「いわゆる『縄文海進』といわれるもので、それまでに利根川と荒川が作った谷に海水が入り込んでいきました。内湾なので静かな海で、上流から緩やかに土砂が溜まっていき、氷期にできた谷を埋めて陸地になっていきました。こうして地下へと姿を消したのが『埋没谷』というわけです」

 東京では一般に、山の手の地盤は堅固で、下町は軟らかいとされているのだが、

「それは地層の成り立ちに由来します。下町、つまり東京低地は約2万年前以降に作られた地盤で、地層区分でいえば『沖積層』です。その主体となるのは泥層であり、軟弱なことが多い。一方で山の手、つまり武蔵野台地は約5万年前以前に作られ、地層区分は『更新統』。地盤は比較的固く、しっかりしているといえるでしょう」

 実際に、今回完成した立体図を見ていくと、

「東京低地の地下には深い埋没谷を見ることができ、新木場の西側では深さ80メートルにも達しています。また、その谷は葛飾区や足立区などに連続し、深い谷地が確認できます。ただし、一概に“山の手は堅固で下町は軟らかい”とは言い切れません。たとえば埋没谷の縁(へり)のあたり、江戸川区の小岩地区近辺では沖積層が堆積しているものの、非常に薄い。一部の台地よりもかえって地盤がよいのではないかと思われます」

 さらに続けて、

「これまで地盤がよいとされてきた武蔵野台地でも今回、一部で軟弱層によって埋積(まいせき)された埋没谷を見出すことができました。例えば高輪から恵比寿、渋谷、代々木にかけては深さ10〜30メートルほどの埋没谷があります。長さおよそ10キロで、幅は大体3〜4キロになります。また、世田谷区の西部にある多摩川の北岸にも、地下に長さおよそ10キロ、幅が約1・5〜3キロの埋没谷が見てとれます。こちらはおよそ14万年前の氷期に造られたことがわかりました」

 ちなみに首都圏では、埋没谷は千葉の柏から印西、成田にかけても存在し、また埼玉では浦和から大宮にかけて、同様の地層がみられるという。


■「木密地域」では


 こうした“埋もれた事実”を知るにつけ、やはり気になるのは地震との関係である。

 中澤グループ長が続ける。

「一般論として、地盤が固いところは揺れにくく、軟らかいところは揺れやすいといわれます。1923年の関東大震災では、台地より低地で揺れが強く、震度にして1くらいの違いがあったという研究もある。特に、今回示した埋没谷がみられる地域では揺れが大きくなる可能性があり、地盤だけに着目すると、埋没谷が深ければそれだけ揺れも大きくなるといえるでしょう」

 関東学院大学工学総合研究所の若松加寿江研究員(地盤工学)が言う。

「地表面の地盤の揺れやすさを表す『地盤増幅率』という数値があります。地盤がよいとされる山の手では数値が小さく、下町では大きくなっています。今回の産総研の研究の成果は、東京低地の埋没谷の形状を克明に描き出したことだと思いますが、そうした埋没谷があって軟弱層が厚ければ厚いほど、その地盤は揺れやすいといえます。産総研のデータでは足立区、葛飾区、江東区に繋がる埋没谷が見えるので、この地域は地震の揺れが大きくなる可能性があります」

 高輪から代々木にかけての埋没谷については、

「この地域では、地表面の浅い部分に湿地の植物が腐敗してできた『腐植土層』が堆積していることが、以前から知られていました。こうしたエリアは、地震が起きるとゼリーのようによく揺れるので、この山の手エリアの埋没谷がどこまで地震の影響を受けるか、今後しっかりと研究をしていかねばなりません」

 また、京都大学の鎌田浩毅名誉教授(火山地質学)も、

「これまで指摘されてきた下町だけでなく、武蔵野台地の上にあって地盤がよいとされてきた高輪から恵比寿、代々木にかけて、また世田谷の一部でも埋没谷が確認できます。このことから、いわゆる高級住宅地で地価が高い地域でも、実は地震が起きたら揺れやすいということが、今回のデータで実証されました」

 そう指摘しながら、

「あわせて警戒を促したいのは、地下に埋没谷が広がっていながら地上に木造建築物が密集した『木密地域』です。こうした場所では家屋の損壊や倒壊、そして火災発生のリスクがおのずと高まってしまいます」

 具体的な「木密」のエリアとしては、

「押上や西新井、東立石などの下町に見られますが、意外なことに都心部の大崎や品川、西大井、そして世田谷にも広がっています。下町はかつて戦災があって戦後に道路が比較的整備されたのですが、大崎や品川、世田谷などには、道が入り組んでいて消防車両が入りづらいエリアがいまだに残っています。こうした場所では、家屋の倒壊で道路がふさがれてしまうと消火活動が十分に行えず、『火災旋風』が発生するおそれもあります」

 関東大震災では、倒壊した建物の瓦礫に火が燃え移り、竜巻のような火柱が押し寄せる「火災旋風」が発生し、人的被害を拡大させた。また1995年の阪神・淡路大震災でも、神戸市長田区で発生したとの目撃証言がある。

「関東大震災の10万人の死者のうち、9割は焼死だといわれています。火災旋風は周囲から建物、人までも呑み込みながら進んでいきます。上空の気圧配置に従って動き、その通り道は焼け野原と化すのです」

 鎌田教授はさらに、こう警鐘を鳴らす。

「直下地震でも震度7の場合は激しい揺れのため、部屋の中は一瞬“無重力状態”になります。家具は空中に浮き上がった後、床に叩きつけられる。これによる圧死を警戒しなければなりません。また、家屋が倒壊しなくても、長時間瓦礫や家具などに圧迫されていると、クラッシュ症候群を引き起こすリスクも高まるのです」

 筋肉が長時間圧迫されると筋肉細胞が障害・壊死を起こす。その時にタンパク質やカリウムなどの物質が血中に混入し、毒性の強い物質が蓄積される。そして圧迫された部分が解放されると、血流を通じて毒素が急激に全身へ広がり、心機能を悪化させて死に至る。阪神・淡路大震災でも、救助後にこのクラッシュ症候群で命を落とすケースが多数あった。

 また、先の中澤グループ長は、地盤によって揺れ方の特性があると説く。

「地震は『低周波』のゆっくりとした揺れや『高周波』の細かい揺れなどが混じり合っています。低地のような軟弱な地層では、やや低周波の揺れを顕著に増幅させることになり、建物を倒壊させる可能性が高くなります。一方、台地のような固い地盤では、高周波の揺れを増幅させる傾向にあります。細かく揺れることで、家屋自体への被害は小さくても、家具や屋根瓦など、小物類が飛び交う危険が生じます」

 自分が住む地域はどのような地層の上にあるのか。その特性を理解し、どんなタイプの地震で被害の危険があるのか、日頃からシミュレーションしておく必要があろう。家具の転倒を防ぐためにストッパーを付けたり、壁に固定する必要もあるだろうし、食器棚や本棚が開閉式であれば、扉ロック器具などを用いて中身が飛びださないようにしておくのも忘れてはならない。

「地盤の固いところでやや高周波の揺れが生じた場合、慌てて家の外に出ると瓦が落ちたりブロック塀が崩れたりするおそれもあるので、避難には十分注意が必要です。他方、地盤の軟らかいところは低周波の揺れに備え、できるだけ耐震補強を施し、家屋の倒壊リスクを減らしていくことが大事でしょう」(同)

 前出の若松研究員も、こう言うのだ。

「東京に関しては、地価の高い場所がすなわち地盤のよい土地である、とは必ずしもいえません。都市部は駅へのアクセスの良さや周辺の商業施設が充実しているかどうかで地価が決まっています。その下にある地質地盤まで目が向けられる機会はあまりないので、今回の立体図をきっかけに、地下にも注目してほしいと思います」

 都市のうわべだけで判断せず、地に足をつけて暮らすべきだというのだ。

 今後、住む場所を決める人は「住みたい街ランキング」だけでなく、ぜひ「地質地盤」も考慮されたいものである。また、すでに終の棲家を定めている人は家具の転倒予防など、前述した識者らの知見や防災アドバイスを活かして頂きたい。

「週刊新潮」2021年8月12・19日号 掲載

関連記事(外部サイト)