死刑判決で裁判長に「後悔するぞ」 工藤会トップ「野村悟被告」の素顔と意外な評判

工藤会トップの野村悟被告に死刑判決 今後は穏健派が力を持つのではという分析も

記事まとめ

  • 「工藤会」のトップで総裁の野村悟被告に対し、福岡地裁は24日、死刑判決を下した
  • 判決に“工藤会=テロ組織”という観点が反映されていると、藤原良氏は指摘した
  • 野村被告はトップの器ではなく、恐怖で組を支配することしかできなかったとも

死刑判決で裁判長に「後悔するぞ」 工藤会トップ「野村悟被告」の素顔と意外な評判

死刑判決で裁判長に「後悔するぞ」 工藤会トップ「野村悟被告」の素顔と意外な評判

野村悟被告

■恐怖政治のツケ


「あんた、生涯、このこと後悔するよ」──死刑判決が下った男は、臆面もなく裁判長を脅迫した。まだ自分に“権力”があると信じているのか、最期のあがきとして虚勢を張ったのか……。

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 特定危険指定暴力団「工藤会」(本部・福岡県北九州市)のトップで総裁の野村悟被告(74)に対し、福岡地裁は8月24日、死刑判決を下した。

 野村被告は北九州元漁協組合長射殺事件など「市民襲撃4事件」の首謀者とされ、殺人や組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)の罪に問われていた。

 判決では野村被告を首謀者と認定し、「暴力団組織が一般市民を襲撃するという極めて悪質な犯行」と断罪。指定暴力団のトップに初めて死刑を言い渡した。

『山口組対山口組 終わりなき消耗戦の内側』(太田出版)の著作があり、暴力団の動向に詳しいジャーナリストの藤原良氏は、「予想されていた判決とはいえ、反響は大きなものがあります」と指摘する。

「やはり国策捜査だったな、というのが率直な感想です。工藤会は北九州市民や福岡県警さえも“攻撃”の対象としました。県警の面子は潰れ、警察行政のレベルを超えて“国家の敵”となりました。暴力団が国家と戦って勝てるはずがありません。野村被告に死刑判決が下ったのは、その帰結と言えるのではないでしょうか」

 工藤会の常軌を逸した“暴力路線”は有名だ。例えば1988年、みかじめ料を断った健康センターに殺鼠剤を投げ込み、150人を超える市民が中毒症状を引き起こした。


■動揺する暴力団


 2003年には暴力団追放運動を行っていた男性が経営するクラブに組員が手榴弾を投げ込み、12人が重軽傷を負った。

 何の関係もない市民に被害者が出ることも斟酌しない。普通の市民でも標的にする。暴力的な姿勢をここまで先鋭化させた“反社会的勢力”は工藤会だけと言っていい。

「知り合いの暴力団関係者が『工藤会の裁判を見ていると、暴力団というより“連合赤軍”を裁いているように思える』と漏らしたのが印象に残っています。検察側は常に『工藤会は国家に反逆し、国民の安全を脅かしたテロ組織』という視点を持って法廷で主張していたというのです。これは鋭い指摘ではないでしょうか。判決にも“工藤会=テロ組織”という観点は反映されていると思います」(同・藤原氏)

 死刑判決は予想通りだったとしても、他の暴力団組員や幹部に与えた衝撃は少なくないという。

「その常軌を逸した暴力性から、工藤会は唯一“特定危険指定暴力団”に指定されています。他の暴力団関係者からは『特定危険を食らったら死刑もあり得るのか』と改めて驚きの声が漏れています。検察は野村被告の死刑判決に“一罰百戒”の効果を狙ったと考えられますが、その通りの反応が起きていると言えるでしょう」(同・藤原氏)


■先代との「差」


 野村被告は1946年、北九州市の裕福な農家に末っ子として生まれた。父親は大地主だったという。

 手が付けられない不良少年だったとも言われ、10代で工藤会系暴力団の舎弟になった。賭場の経営に才能を発揮し、一晩で数億円の収益を上げたというエピソードが語り継がれている。

 母の死去で億単位の遺産が転がり込んだことや、不動産売買でも高い収益をあげたことなどから、資金力は突出していたようだ。

「暴力団の世界では、工藤会の三代目会長や四代目総裁などを歴任した溝下秀男氏(1946〜2008)が、今でも高く評価されています。激しい抗争関係にあった工藤会と草野一家の一本化に尽力し、組織を盤石なものとしました。その溝下氏の後継者が野村被告だったわけですが、かなり早い段階から『先代とは“器”のレベルが全く違う』などと、不満や批判の声が組員などから漏れていました」(同・藤原氏)

 野村被告は北九州市民を“恐怖”で支配しようとしたが、そもそも工藤会でも同じ手法を使って組織の締めつけを図っていた。


■工藤会は穏健化!?


「2000年、野村被告は四代目工藤会会長を継承し、翌11年に五代目工藤会総裁に就任しました。結論を先に言えば、野村被告はトップの器ではありませんでした。部下から信頼されることはなく、代わりの手段として恐怖で組を支配することしかできなかったのです。彼は『組員に舐められてはいけない』と常に考えていたのではないでしょうか」(同・藤原氏)

 一般市民を相手に正気とは思えない殺害指示を出し続けたのも、こうした被告の“引け目”が影響を与えていたのではないか──藤原氏は、こう推測する。

「死刑は当然という声は、圧倒的に多いでしょう。しかし、野村被告の心理状態を分析すると、少し哀れな気持ちにもなります。受け継いだ組織が、被告の能力を超えて大きかった。そこで虚勢を張るしかなく、無理を重ね、挙げ句の果てが死刑判決。彼の一生を、こう要約することもできるはずです」(同・藤原氏)

 まだまだ先の話とはいえ、最高裁での死刑判決や、実際の死刑執行も“折り込み済み”なのかもしれない。工藤会は今後、どうなるのだろうか。

「北九州市は太州会(本部・福岡県田川市)が抑えています。工藤会が弱体化したとしても、いわゆる“権力の空白地”が生まれる可能性は低いでしょう。攻め込んでも返り討ちにあうだけですから、山口組も静観の構えだと思います。一方の工藤会ですが、野村被告の暴力路線についていけない組員や幹部も少なくなかった。今後は穏健派が力を持つのではないでしょうか。要するに地域住民と敵対することは避けるというわけですが、それを福岡県民がどう判断するか、今後の焦点の1つでしょう」(同・藤原氏)

デイリー新潮取材班

2021年8月28日 掲載

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