20歳年下の女子大生と不倫 さんざん振り回された末、彼女が去ったアパートで暮らす男の心境

20歳年下の女子大生と不倫 さんざん振り回された末、彼女が去ったアパートで暮らす男の心境

その出会いで、孝史さんはすべてを失った

 傾向として、男性は女性より「ええかっこしい」のところがある。自分をいいヤツに見せたい、悪者になりたくない。そういう側面が強いので、恋愛においても無意識のうちに女性に引きずられてしまうことがあるのではないだろうか。女性が自らの意志を自覚しつつ、「ダメ男」に惹かれることは多々あるが、男性の場合はそれとは異なるような気がしてならない。気づいたときには引き返せないところまでいっていることが多いのだ。

 森本孝史さん(48歳・仮名=以下同)は、「子どものころは孤独な時間が多かった。そして今も孤独です」と自嘲気味に言う。

 地方出身の彼は、両親が5歳のときに離婚。引き取った母は体が弱かったため、生活保護を受給するようになった。

「小さなアパートに住んでいたのですが、部屋は日当たりが悪くて、空気もいつもじめじめしていた。母は寝たり起きたりの生活でした」

 幼い頃から母親に教えられ、質素ながら食事の用意をしていたという。給食がいちばんのごちそうだった。両親の離婚の原因は父の浮気。新しい女性のもとへ転がり込んだそうだ。

「小中学校では、よくいじめられました。貧乏だったから。それだけの理由でね。世の中、理不尽だなと思っていた。その後、地元の高校を出て就職しました。これからはオレがおふくろを幸せにするんだと張り切っていたんです。初めての給料で母の好きな和菓子を買って帰ったら、泣いて喜んだ。ボーナスが出たら温泉にでも行こうと言うと、また泣いて。でもその数日後、母は自ら命を絶ちました」

 19歳になる直前だった。彼はたったひとりで通夜と葬式をおこなった。父親に連絡しようとは思わなかったという。それまで知らん顔していた近所の人から、数日後に「おかあさん、亡くなったんだって?」と無遠慮に聞かれ、彼は会社を辞めて上京した。


■孝史さんを変えた出会い


 上京後、当時の職業安定所(現在のハローワーク)で紹介され、建設工事の仕事に就いた。下っ端のうえ経験もないので苦労したが、「親方」と呼んでいた上司は口は悪いが親切な人で、よく家に呼んでくれたという。

「親方の奥さんも明るくていい人だった。母とふたりきりの暗い部屋しか知らなかった僕が、家庭のよさを知ったのは親方のおかげです」

 彼は運転免許を取得、仕事に役立つからと大型免許も取った。さらにフォークリフトやクレーンなどの技能講習も受け、建設関係の車両の専門家となっていく。

「22歳のとき、親方の紹介で転職しました。『うちみたいに小さいところにいるより、将来のためには転職したほうがいい』と言ってくれて。本当に親同然だったからあのときは寂しかったですね」

 転職先は大学卒の社員が多く、彼はどこか引け目を感じた。同僚が大学の二部(夜間)に通っていると知って、彼もその気になった。会社にも相談し、翌年、見事に合格した。

「勉強なんてしたことがないから大変でした。でも楽しかったですね。週末は時間を忘れて図書館で勉強しました」

 大学2年生になった24歳のとき、彼は講義で一緒になる乃理子さんと親しくなった。4歳年下の彼女は、家庭の事情で高校を出てすぐ公務員となった。昼間は働き、夜は大学に通っているのだという。

 夏休みのある日、初めてデートをした。会社も大学も休みだ。映画を観て食事をして、それまでにないくらいふたりはしゃべった。しゃべりたりなくて彼は彼女を自分のアパートに誘った。

「そこからほぼ同棲状態(笑)。でも叱咤激励しあって、ふたりともちゃんと4年で卒業しましたよ。若かったけど、恋愛というよりは同士的な感情で結びついていましたね。卒業と同時に婚姻届を出しました」

 彼が27歳、乃理子さんが23歳になる年だった。28歳のとき長男が、30歳のときに次男が生まれた。30代になると彼は転勤が多くなったが、乃理子さんの仕事の都合で単身赴任せざるを得なかった。

「地方に2,3年いて、東京に1年というようなサイクルでしたね。遠方だと毎週帰るわけにもいかず、帰るたびに子どもが大きくなっている。妻にはいつも悪いなと思っていましたが、彼女は文句ひとつ言いませんでした」

 ところが40歳のころ、頑張りすぎた妻が倒れてしまう。ここから彼の人生は大きく変わっていった。


■一変した妻、そして女子大生との出会い


 妻は子宮がんを患っていた。手術をすれば命に別状はないとわかっていたが、妻は揺れた。

 全摘しても君は君だと孝史さんは励まし、妻はやっと手術を受けた。しかし、その後のメンタルはバランスを欠き、うつ状態になることもあった。

 孝史さんの脳裏に、寝たり起きたりを繰り返す母親の姿が浮かんだ。まだ10代になったばかりの子どもたちに自分のような思いをさせたくない一心で、彼は転勤のない部署への異動を申し出た。収入は下がるがやむを得ない。家族でがんばっていこうと妻を励ますと、妻が「何を今さら」とつぶやいた。

「病気をしてから性格が一変したんですよ。明るかった妻が笑わなくなり、単身赴任を責める。病気で気弱になっているんだ、うつ状態なんだとわかっていても、ついこちらも不機嫌になってしまう」

 それでも彼は早く起きて家事万端をこなした。そしてこんなことを考えるようになった。

「なんとなくオヤジが浮気した気持ちがわかるような気がして。僕も本音を言えば逃げ場がほしかった。子どもたちだけが救いだったけど、正直なところ、子どもたちとは密接な関係を築けていなかったから、それも歯がゆかったですね」

 似た環境にあっても浮気をする男としない男がいる。ただ、孝史さんの場合、孤独だった少年時代というベースがある。愛に飢えた人生だったのだ。

 手術から5年、再発の恐れもほとんどなくなったことから妻は明るさを取り戻した。前からやりたいと言っていた駅前の陶芸教室にも通うようになり、孝史さんはとりあえずホッとした。

 そして彼は22歳の女子大生・香奈さんと知り合ってしまうのだ。朝の電車の中で貧血を起こして崩れ落ちた彼女を介抱し、救急車を呼んで駅員に通報した。名は明かさずにその場を去ったが、数日後、当の彼女から声をかけられた。

「会社員みたいだったから、きっと同じ時刻の電車に乗ると思って待っていたと言われました。お礼をしたいと言われて、じゃあ、一度だけ食事につきあってくださいと言ったんです。彼女のまっすぐできれいな目を見ていたら、こういう女性と食事をしてみたいと思って……」

 食事は孝史さんがごちそうした。彼女はそれでは気が済まないから、次は私がと言い、結局、何度も会うことになる。「この本がおもしろかった」「このCD聞いてみる?」と、次に合う口実をお互いに作っていった。

「もちろん、肉体関係なんて考えてもいませんでした。20歳も年下なんですよ。恋愛経験もない僕が口説けるはずもない。彼女は地方から出てきてひとりで暮らしていたので、親戚のおじさんくらいに思ってくれればよかったんです」

 ところが人生、何が起こるかわからない。半年ほどたったとき、彼女が「私のこと、女として見てくれていますか?」と言い出したのだ。孝史さんは慌てた。もちろん、と答えると彼女の目が潤んだ。

「孝ちゃんが好き、と彼女は無邪気に言いました。おとなっぽいところもあれば急に子どもみたいに見えることもある、不思議な子なんです。彼女は僕の心にぐいぐい踏み込んでくる。それが心地よかった。彼女の部屋にいるとき、問われるままに子どもの頃の話もしました。そうしたら『がんばったね、孝ちゃん』と頭をぐいっと抱きしめてくれたんです。気づくと僕は泣いていました。ああ、僕は寂しかったんだ、母親にこうしてもらいたかったんだと生まれて初めて思った」


■「一緒になれないから先に空に…」


 一方で彼女は彼が部屋に行かないと、がんがん電話をかけてくる。「寂しいよ」と留守電が入っていることもあった。寂しさを心からわかる孝史さんは、何を置いても駆けつけてしまう。

「夜中に外の空気を吸ってくると妻に言って、二駅離れた彼女の家まで自転車で行ったこともあります。明らかに変ですよね。でも当時の僕は、妻がどう思うかなんて考えられなかった。僕の心を埋めてくれるのは香奈しかいないと思い込んでいたんです」

 孝史さんの気持ちが香奈さんに振れると、何かを感じ取ったのか妻の調子がおかしくなる。妻のケアに明け暮れていると、香奈さんからひっきりなしにメッセージが届く。さすがの孝史さんも「オレの立場も考えてほしい」と香奈さんに訴えた。するとその日の深夜、香奈さんから「さようなら」と連絡があった。

「電話をかけると風の音がすごいんです。どこにいるんだと聞いたら『ビルの屋上』と。『孝ちゃん、ありがとう。一緒になれないから先に空に行ってるね』って。さすがに焦りました。でも彼女に電話を切られて。家を飛び出して、彼女の家に飛んで行ったけどいない。近くに屋上のある建物を探したけどいない。警察に捜索を頼み、あっと気づいて彼女と以前一緒に行ったことがある、彼女の知り合いが所有するビルに行ったんです。そこの屋上からは夜景がよく見えるからと案内されたことがあって。案の定、彼女はそこにいました。『来てくれたんだ』と微笑んだけど、僕が近づこうとすると『来たら飛び降りる』と言われて」

 そこへ警察もやってきて大騒動となった。興奮が過ぎたのか、貧血を起こしたのか……彼女は倒れ、そこを孝史さんと警察が保護した。

 その日は入院することになり、孝史さんは朝まで見守った。妻には「帰ったら話すけど、ちょっとアクシデントがあって」とメッセージを入れておいた。結局、この日、彼は会社を休んで香奈さんを自宅まで送っていった。

「彼女はごめんなさいと泣いて謝るだけ。心配だから夕方までそばにいました。あまりに心細そうに見えたので、『オレも家を出ることを考えるよ』と言ってしまったんです。彼女は僕に抱きついて『孝ちゃんさえいれば、何もいらない』と。愛しかった。どんなに迷惑をかけられてもいいと思った」

 感情をむき出しにぶつかってくる若い女性をしっかり受け止めることが、彼にとって“生きがい”になっていたのかもしれない。

 だがその日、帰宅すると妻が待ち構えていた。見せられたスマホには、妻と香奈さんのツーショットがあった。

「この子、知ってるでしょと言われてあたふたしてしまいました。『最近、陶芸教室に入ってきた子なの。昨夜、あなたが飛び出して行ったあと、彼女から連絡があった。お宅のダンナさんと関係を持っています。一緒になれないから死にますって言われたわよ』と妻に告げられ腰が抜けたようにへたりこんでしまいました」

 香奈さんは孝史さんの妻が陶芸教室にいるのを知って入ってきたのか? そういうわけではなく偶然だと思うと、孝史さんは言った。たまたま自分がつきあっている人と同じ苗字の女性を見つけ、話しているうちに、彼女が孝史さんの妻だと気づいたというのが孝史さんの見立てだ。私としては香奈さんがいろいろ調べて、妻への接近方法を探っていたのではないかと思うが……孝史さんを傷つけそうだったため言うのは控えた。
 
 1週間後、今度は睡眠薬の過剰摂取とリストカットで香奈さんは病院にかつぎこまれた。たまたま女友だちが心配して訪ねたところ、玄関の鍵が開いたままだったという。あとでわかったことだが、この日、乃理子さんは香奈さんに会いに行っていた。病院から香奈さんの実家に連絡が行き、翌日、母親が駆けつけてきた。

「そのあたりの騒動はまったく知らなかった。数日間、連絡がとれなかったので香奈の部屋に行ってみたら、『今日は帰って。おかあさんが来てるから』と。どうやらその日に退院したらしい。そして結局、香奈は実家に連れ戻されてしまったんです。就職も決まっていたのに……。しかも実家に帰ったことを、僕は妻から聞かされた」

 いきなりプツンと途切れた関係に、彼は納得がいかなかった。彼女に連絡しようとしたが、すでに携帯電話は解約されていた。妻を責めるわけにもいかない。不倫していたのは自分なのだから。

 わずか1年にも満たない関係だった。そのうちの半年は会って食事をして話していただけだ。だがその1年は、彼にとって「生きるとはこういうことか」と思わせるほど心弾む日々だった。

「妻は傷ついているのかいないのか、淡々としていた。香奈のむき出しの感情が恋しかった」

 若い女にうつつを抜かしてと妻は嘆いた。言い返すこともできなかったが、そんな妻に心を寄せることもできなかった。

「もちろん妻には言えなかったし、言うつもりもないけど、香奈が消えたあと、家族が色褪せてみえた。家族という形はあるけど、僕の居場所はここにはない。そんな気がして。自分が弱いのはわかっているんです……」

 単身赴任や妻の病気など、さまざまなことを乗り越えてきた夫婦なのに、気づいたら心は寄り添っていなかった。

 その後、彼は家を追い出された。以前、香奈さんが住んでいたアパートの部屋がたまたま空いていたので借りたが、今後はまた単身赴任生活に戻るつもりだ。

「香奈を思いながら過ごしています。もっと何かできなかったのか、と」

 香奈さんの残り香さえないが、その部屋にいると落ち着くと彼は言う。妻とはたまに子どものことなどで連絡はとっている。なぜかいまだに妻から「離婚」の話は出ていない。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮取材班編集

2021年9月1日 掲載

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