藤井聡太、竜王戦挑戦権獲得で四冠の可能性 間違っても敵に回したくない男の“凄み”とは

藤井聡太、竜王戦挑戦権獲得で四冠の可能性 間違っても敵に回したくない男の“凄み”とは

竜王戦挑戦者決定戦第二局終局時の藤井聡太二冠(日本将棋連盟提供)

 藤井聡太二冠(19、棋聖・王位)の飛ぶ鳥を撃ち落とすスピードは常に周囲の予測を超えている。「近いうち初タイトルも」は昨年夏にあっという間の二冠。今年はそれをあっさり防衛し、9月13日の豊島叡王との五番勝負最終局で「最年少3冠」を目指していた。そんなさ中の8月30日、将棋に対する厳しい姿勢からも「軍曹」のあだ名を持つ永瀬拓矢王座(28)と争った竜王戦の挑戦者決定三番勝負の第2局で、第1局に続いて藤井が勝利し、10月から始まる七番勝負で豊島将之二冠(31、叡王・竜王)への挑戦権を獲得してしまった。

 なんと、これで年内に一挙に「4冠」(もちろん史上最年少)の可能性も出てきた。竜王挑戦権の最年少記録だけは羽生善治九段(50、永世七冠資格)の18歳11か月で、19歳3か月の藤井はわずかに届かなかった。竜王戦は優勝賞金額が4320万円と最高額だ。

 東京・千駄ヶ谷の将棋会館で行われた。藤井は先手。相懸かり(互いに飛車先の歩を進めて攻め合う)で鋭く攻めた藤井が終始、リードを保ち、53手目の8三飛から相手玉を攻め立てた。永瀬は防戦に追われたが、しきりに考え込んでしまったが観念したのか、午後8時10分ごろにスーツを着る。そして午後8時18分、77手目の藤井の金による王手で、永瀬は頭を下げて投了した。

 タイトル戦そのものではないこともあり、洋装だった藤井は「判断が難しい将棋だった。6五桂(藤井の61手目)から手順に攻めが続く形になったので、そのあたりで勝ちやすくなったかなと思いました」。初の竜王挑戦については「竜王戦という最高峰のタイトル戦で挑戦できることは、とても光栄だと思います。王位戦の反省を踏まえて良い内容にしていけばいいかなと思います」とコメント。

 敗れた永瀬は「ランキング戦1組優勝で良い位置からスタートできたのですが、結局、藤井二冠に勝たないと、というところもあり、あまりアドバンテージは感じなかったです。本局も含めて、6四飛(藤井の47手目)の局面など、深い部分の読みで差をつけられてしまった印象がありますので、それを補っていきたい」と話した。

 何の因果か、藤井二冠と豊島二冠とは、これで三種類のタイトル戦を争うことになりフルセットなら「計19番勝負」ということになる。昨年まで6連敗だった藤井は今年に入って7勝し、現在は通算7勝9敗までに持ってきた。天敵に対して一挙に「反撃」に出た感じだ。

 藤井は竜王戦について「2日制の王位戦と同じ条件になるので、王位戦でうまくいかなかったところを修正して臨めればと思っています」と抱負を語った。後述するが、藤井は絶対に相手がどうだった、というような発言はしない。

 一方の豊島は、王位奪取に失敗した8月25日の第五局では早々と銀損してしまう、ちょっと驚くような「失着」で敗れていた。この対局について飯島栄治八段は以下のような評をしていた。

〈竜王位を持つ豊島二冠としては考えられないミスだが、形勢互角に見えた初日から、重圧が狂いを生じさせていた。最大の要因は初日、昼食休憩をはさみ、藤井王位にとって過去最長となる2時間1分の長考にあった。休憩の1時間を含め藤井王位は3時間使うことができた。結果、指した手は的確だったが、特別な手でもなかった。だが豊島二冠は「3時間もかけたのは10手20手先まで読んでいるに違いない」と疑い、自分の指し回しの自信が揺らいだ。疑心暗鬼になってしまった。昼の休憩時間を手にすることができるか、これも棋士には重要な駆け引き。藤井王位は、休憩の2時間前から手番を渡さなかった。百戦錬磨の豊島二冠に対して、恐ろしいほどのしたたかさだ〉(8月26日付「サンケイスポーツ」)。

 素人の筆者はそこまで藤井が心理作戦を考えていたような気はしないのだが、プロの見方だろう……。

 竜王は、11期も獲得して永世竜王の資格を得ている渡辺明三冠(34)=名人・王将・棋王=の代名詞のようなタイトルだった。それが2017年に羽生に敗れて奪取された。その羽生は広瀬章人九段に奪われた。2019年に広瀬から竜王を奪った豊島が、昨年に再び挑戦者となった羽生を退けて二期連続で保持している。

 結局、ことしのタイトル戦の中核となった「藤井vs.豊島」。まずは9月13日の叡王戦最終決戦からだが、仮に叡王戦も竜王戦も藤井聡太が豊島を破ってタイトルを獲得した上、さらに棋王と王将の挑戦権を得て、この冬に対戦成績で大きく勝ち越している渡辺を破って王将、棋王を獲得してしまえば、順位戦制度で年次的に来年中に挑戦者になることが不可能な名人だけを残して年度内に「6冠」を達成してしまう可能性も否定できないのだ。

 本当に恐ろしいことになってきた。近い将来、藤井から「初々しさ」も消えた(?)暁には極端な「一強」になってしまって将棋人気が下がってしまわないだろうか。「巨頭」大山康晴15世名人が強すぎたころを思い出す筆者はちょっとそんな心配までしてしまう。ここは豊島二冠にも大いに奮起してもらいたいものだ。逆に言えば共に防衛戦である叡王戦、竜王戦で豊島が藤井を撃退すれば、「まだまだ一強ではない」のだから。

 藤井は当面のタイトル争いが渡辺、豊島に絞られた頃、「渡辺名人、豊島竜王という、本当にトップのお二人に番勝負で対戦するという機会を得ることができて。その中に自分が足りないところが新たに見つかったという部分もあるので、それをまた生かせていければいいなという風に思っています」などと話している。藤井聡太はどんなに大勝しても「相手がちょっと不調だったのかもしれないですね。ラッキーでした」などのような言葉は絶対に吐かない棋士である。言って傲慢なわけでも無礼なわけでもないから、師匠の杉本昌隆八段や両親が「そういうことを言うな」と諭しているとは思えない。

 傍目には圧勝していても次へ向けて自らが反省すべき点だけを考えている。豊島を破って王位を守った時の会見でも、負けた棋士の会見かと勘違いするような発言だった。カッコよく見せているのではなく本心からそうなのだ。「勝って兜の緒」とはいうものの、大勝していながら「緒を締める」ことなど普通の人間には容易にできるものではなかろう。十代で自然にそんなことができてしまう藤井聡太の凄みを感じる。仮に将棋でなく別の世界で活躍していようとも間違っても敵に回してはならないはずの恐ろしい男なのである。「敵役」はこれまで通り、プロである棋士だけにお願いしたい。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

デイリー新潮取材班編集

2021年9月3日 掲載

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