「娘の心臓を握っていた」…3人死亡・7人重軽症「京都・亀岡暴走事故」 加害少年が9月出所で娘を亡くした父親の告白(前編)

「娘の心臓を握っていた」…3人死亡・7人重軽症「京都・亀岡暴走事故」 加害少年が9月出所で娘を亡くした父親の告白(前編)

中江さんと娘さん。そして、事故で生まれることのなかった孫をイメージして

■「復讐心は消えることはない」


 2012年4月、京都府亀岡市内で登校中の児童と引率の保護者の列に軽自動車が突っ込んだ事件では、3人が死亡、7人が重軽傷を負った。軽自動車のハンドルを握っていたのは18歳の無免許の少年。居眠り運転だった。少年はその後、不定期刑が下って服役していたが、この9月中に満期出所する。子供に付き添っていた娘・幸姫(ゆきひ)さん(享年26)とお腹の中にいた7カ月の孫を一瞬にして亡くした中江美則さん(58)が、様々な無念を語る。

「事故を起こした少年が埼玉・川越少年刑務所にいたこと、この9月中に出所することは聞きました。しかし期日は知らされず、どこに住むとか、そういうことも知らされることはありません」

 と、話すのは中江美則さん本人だ。事故発生から遺族代表のような立場で、その心情をスポークスマンのように語る日もあれば募金箱を持って繁華街に立つ日もあり、法律改正に奔走し、東京・永田町で政治家への面会を重ねる日もあった。そういった活動は、中江さんの言葉を借りれば、「図らずもそのようになった」ということになる。

「満期の前に仮釈放ということだったなら少年側とやりとりすることは可能で、私はそれを望んだのですが、叶いませんでした。少年からすれば罪は償ったということになりますね。遺族やケガを負った人たちやその家族は、あの日のことを思い出すのも辛いという人は少なくありません。一方で僕としては、娘をこの世から奪ったものへの復讐心は消えることはない。僕がこうやって声を上げるのは、遺族らに少しでも励みになればということ、そして事故を起こした連中に僕の存在を認識してもらいたいということもあるんです」

 それはとりもなおさず、事故を起こしたという事実を忘れないで欲しいという思いからなのだろう。


■足元には花とか木とか枝とかがついて


 9年4カ月の月日が流れた今、あの日のことを振り返ってもらった。

「事故が起こったのは午前8時前でした。息子と2人でクルマを走らせて仕事現場に向かっていたところ、(娘の兄にあたる僕の)息子の携帯に“幸姫が事故に遭った”という連絡が入りました。慌てて病院に向かっている最中に、救急車やヘリコプターの音が聞こえて物々しい感じでした。田舎町ですから普段はこういうことはないので異常なほどで、もしかしたらという不安も高まっていったんです」

 2005年にJR福知山線の脱線事故があったとき、中江さんは事故発生現場のすぐ隣の駅で仕事をしており、サイレンの音などが交錯する当時のことが思い出されたという。とにかく緊急事態だというにおいを嗅ぎ取ったが、まさかそれが自分に身に降りかかるとは思ってもみなかった。

「病院に着いたらすでに集中治療室に担ぎ込まれていて、会えませんでした。待機場に置いてあるテレビには、事故の生々しい状況が刻一刻と伝えられていて、緊張が高まりました。婦人警官が優しく声をかけてくれたりしつつ時間が経って、娘が集中治療室から出てきました。胸には電気ショックのための装置が取り付けられて、その足元には花とか木とか枝とかがついていて、要するに事故発生時のままで、とにかく大変な状況なんだなと改めて感じました。7カ月だったお腹の中の赤ちゃんはすでに死んでいると言われ、真っ黒の血がついていたのも記憶しています」

 医師いわく、「この病院では助けられる設備・機器が整っていないが、他の病院へ搬送して助かる可能性は少しある」と。切迫した状況ゆえに、幸姫さんはヘリコプターでの搬送となり、それを追いかけるように中江さんはパトカー移動となった。そして、搬送先で……。


■取り乱し、握っていたものとは?


「医師には、僕と娘婿の2人だけ入ってくださいと言われました。目の前に娘が寝かされ、先生らがそれを囲んでおられて。大きな機器には特に繋がれていなくて、脇腹が大きく切開され、そこに手を入れて直接心臓のマッサージをされていました。手の施しようがないのか、逆の方も切開しようかというような声も耳に入ってきました。助かるのか否かを聞いても明確に答えてくれない。医師の方では判断できないということだったんでしょう、“楽にしてやってください”という言葉がついて出て、看取る流れになっていきました。僕の位置からは娘の心臓が丸見えでした」

「ご臨終です」と医師から伝えられたとき、

「取り乱して、娘の心臓を握っていました。“ごめん、お父さんが心臓を止めた。勝手に俺が決められることじゃないし、決めたらあかんことやけど、俺が決めてしまった”と思ったのと、何とか生き返ってほしいなというのがあったから。でも、娘の心臓はすでに冷たかったんです。すでに死んでいたのに、医師の心臓マッサージはパフォーマンスやったんかなとも思いましたね」

 突然の事故で、最愛の娘とお腹の中の赤ん坊を亡くした中江さんは一瞬にして悲しみのどん底に突き落とされた。そして、地元の警察などが、加害者の家族に対して被害者たちの個人情報を漏えいするなど、失態を犯した。しかし、被害者遺族であるはずの中江さんに対してその後、厳しいバッシングが起きることになった。

「個人情報の漏えいについてはとても無責任だと思います。運転していた少年の父親が娘の携帯に電話してきて、“線香あげさせてくれ”と言ってきたんです。そっとしておいてほしかったんですが、携帯の番号をどこから聞いたのかと問うと“警察からだ”と言う。それで地元署の交通課長らが謝罪しに来たんですが、そこは署長から説明をいただきたいと伝えました」

 そして署長はやってきたのだが、

「娘が寝ている横で謝罪を一応はしてくれました。家の外を取り囲んでいるマスコミにも入ってもらっていたから、被害者遺族に署長が土下座しているシーンが全国ネットの番組で報じられたんです。僕は土下座を強要したことはないんですが、一方的に謝罪させている風に見える映像だったんでしょう。被害者が加害者になって、僕がバッシングされる瞬間だったのかもしれません」

(後編に続く)

デイリー新潮取材班

2021年9月9日 掲載

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