三冠「藤井聡太」は年度内に六冠も…食事の感想も熟考する生真面目会見の面白さ

三冠「藤井聡太」は年度内に六冠も…食事の感想も熟考する生真面目会見の面白さ

第6期叡王戦五番勝負第5局終局時(日本将棋連盟提供)

「過去の三冠は偉大な棋士の方ばかりなので光栄に思っています」。

 豊島将之二冠(31)から叡王を奪っての三冠(棋聖・王位・叡王)達成について記者会見で感慨を問われた藤井聡太(19、棋聖・王位・叡王)はこう語った。叡王戦は人間対コンピュータの「電脳戦」が元祖で2017年度からタイトルに昇格したため現在、全タイトル数は8冠だ。昔はタイトル数が少なく升田幸三名人は三冠(名人・王将・九段)の達成(1957年)で全冠制覇だった。過去、三冠達成者は升田をはじめ、大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、米長邦雄永世棋聖、羽生善治九段(永世七冠資格)など9人いる。新しいところでは豊島竜王と渡辺明三冠だ。

 9月13日、2勝2敗のタイから最終戦に持ち込まれた叡王戦の第5局は東京・千駄ヶ谷の将棋会館で火ぶたが切られた。先手は藤井。双方が飛車先の歩を進める「相懸かり」で駒組を進めた。持ち時間は4時間ずつだが、お互いの駒が敵陣に入っておらず、まだまだ中盤と思われた局面で豊島が先に時間を使い切り1分将棋へ。藤井は15分残していた。AI(人工知能)評価値は終始、藤井の優勢を示していた。ともに秒読みに入り、藤井が9七桂馬という妙手を放つと、生中継していたAbemaTVの解説者・深浦康市九段らは「おおーっ、すごい手だ」とどよめいた。AIの評価値は差がみるみる開き、藤井が111手目に銀で豊島玉の背後から王手をかけると、秒読みに追われた豊島は午後6時22分、将棋盤に手をかざして投了を告げた。9七桂馬の局面は、自陣の角を盤中央に繰り出してじっくり攻めるのが普通だが、藤井はリスクを冒しながらも「最短で詰ませる手」を選んだのだ。かつての大山名人のような「石橋をたたいても渡らない」棋風とは異なる、勇猛な指し回しも藤井将棋の魅力だ。

 これで藤井は19歳1か月で三冠。羽生九段の22歳3か月の最年少三冠記録を28年ぶりに大きく更新した。当の羽生は「十代での三冠達成は大記録に間違いありませんが、昨今の藤井さんの充実ぶりを考えると不思議とは思いません。今後もどのような将棋を指して飛躍を遂げるのか、とても楽しみです」。師匠の杉本昌隆八段はコロナ禍を意識し、「閉塞感のある社会情勢の中、輝かしい記録を更新し続ける藤井三冠を師匠として誇りに思います」とコメントした。

 対局後に藤井は「難しい中盤が続いたが七筋を攻めることができてバランスが保てた」と振り返った。そして記録のことを訊かれると「最年少記録は意識していません。最終的にどこまで強くなれるのかが自分にとって一番大事だと思っているので」などと淡々と話した。

 竜王一冠に後退した豊島は「8四銀とされて苦しかった。前の手順が悪かった。強い棋士と指して課題が見えてきた」などと話し、感想戦では藤井の構想を聞いて盛んに「ああ」と頷いていた。

 その後、渋谷で開かれた記者会見で筆者は藤井に「最終的とはいつのことですか?」とたずねた。まさか引退時のことではないだろうが確認したかった。特定の時期を指していたわけではないとのことだった。これで昨年まで6連敗と勝てなかった豊島を相手に、今年から一挙に盛り返し、対戦成績は8勝9敗と短期間でほとんど五分にした。「何がよくて短期間に勝てるようになったと自分で分析していますか?」と筆者が問うと藤井は「まだ結構、内容的には押されている対局が多いので。ただ今年の朝日杯で初めて勝つことができて、王位戦、叡王戦に落ち着いて臨むことができたという面はあるのかなと」などと話した。「技術的に伸びたところとは?」と畳みかけたが、藤井は「力としてはまだ及ばないところも多いので」などと語るのみだった。

 藤井が子供の頃に通った愛知県瀬戸市の「ふみもと子供将棋教室」の文本力雄さんは、「9七桂馬で豊島さんのその後の手もおかしくなったようでした。聡太にとっては三冠だろうが四冠だろうが八冠達成までの通過点に過ぎないでしょう。考えてみれば高校に行かなければ今頃、四冠や五冠達成していた気もしますよ。学校の勉強にも時間を取られてましたから」と語った。


■「藤井聡太一強時代」に突入か


 1996年には七冠を独占した羽生が次第にタイトルを失い、三年前には将棋界の勢力図が一時的に8人でタイトルを分け合う群雄割拠になっていた。当時、田中寅彦九段(元棋聖)は「トップ棋士たちには『いずれ藤井聡太が全部取ってしまって俺たちはタイトルなんか取れなくなるぞ、今のうち一つでも取らなくては』というくらいの危機感がある」と話していた。にわかには信じがたかったが、早くも本当にそうなってしまうのではないかという状況だ。現時点では藤井(棋聖・王位・叡王)と渡辺(名人・棋王・王将)が三冠。豊島竜王と永瀬拓矢王座が一冠である。

 10月からの竜王戦七番勝負で、藤井は豊島竜王に挑む。年内に終わる竜王戦で奪取すれば四冠(もちろん史上最年少)になる。そうなるともはや藤井の「一強時代」に近くなってしまうといってもいい。

 過去、四冠は大山、中原、米長、谷川、羽生の5人しかいない。ついでに言うと五冠は大山、中原、羽生だけ。六冠、七冠は羽生だけだが、藤井が王将と棋王で渡辺二冠への挑戦権を得れば、今年度内に藤井が六冠を達成してしまう可能性もあるのだ(王座戦は敗退している)。

 今回の叡王戦、勝利の瞬間を渋谷の記者控室でモニタ画面を見ていた記者たちからはもう、どよめきも起きなかった。一冠や二冠達成の頃とは違った。もちろん「豊島が弱い、藤井が勝って当然」というわけではないが、少なくとも「藤井が勝ってなんの不思議もない」だった。「最年少なんて当たり前でもう見出しにするのもどうかな」とはあるスポーツ記者。口にはしないが「最年少」と騒ぎ立てるメディアを空しく感じているのは藤井聡太本人かもしれない。


■食事の感想を聞かれても熟考


「自分自身の今後が今まで以上に問われる。今後も(将棋に)取り組んでいきたい」と会見中も自らを律した藤井聡太は、どんな質問にも真剣に答える。8月9日に名古屋市の老舗料理店「か茂免」で行なわれた叡王戦の三戦目。藤井は豊島に勝利した直後のインタビューでは食事の感想まで訊かれた。まず、いつものように「はい、そうですね」と一呼吸置いた。そして、かなり長い沈黙の後、おもむろに「はい、きしめんと鱧寿司、大変おいしく頂かせてもらいました」と言ったのだ。「えっ、まずかったんだろうか」。あの長い沈黙の間、さぞかし「か茂免」の店主や料理人はハラハラしただろう。適当に答えておこうという考えが藤井には微塵もないからそうなる。質問を真剣に検討した結果が「おいしかった」なのだ。藤井聡太の会見について時折、「優等性発言であまり面白くない」と書いていた筆者は少々反省した。ここまで誠実で生真面目な話し方は好感が持てる上、かえって面白く魅力的だ。崩さないでほしい。ちなみに今回の昼食は老舗鰻店「渋谷松川 本店」の「海老天重」だった。

 観戦記者でもないが筆者だがこれで昨年来、三冠とも達成時に現場取材に立ち会えた。「僥倖」(中学生の時に藤井が会見で使った言葉)というしかない。

 洋菓子メーカー「不二家」が主催社である叡王戦。藤井聡太は「ペコちゃん」の大きなぬいぐるみをもらって照れながら「自宅に飾りたい」と話した。これをプレゼントする「彼女」はいないようだ。若武者はペコちゃんに見守られて将棋の研究に一層、磨きをかける。(敬称略)。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

デイリー新潮取材班編集

2021年9月15日 掲載

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