小室圭さん帰国は「眞子さまの強いご希望」 会見より「弁護士業務」を優先した過去も

【眞子さま小室圭さん結婚へ】眞子さまから懇願されたのが小室氏の帰国理由か

記事まとめ

  • 眞子さまと入籍する小室圭氏のこれまでについて、報じられている
  • 眞子さまと小室氏の入籍日は、美智子さまのお誕生日などを考えると最短で21日と推測
  • 小室氏が帰国したのは、一人で生活するのが不安らしい眞子さまから懇願されたからとも

小室圭さん帰国は「眞子さまの強いご希望」 会見より「弁護士業務」を優先した過去も

眞子さまが詠まれた歌が現実に


 犯罪者でもないのに、かつてこれほど世間が嫌悪を催した青年がいただろうか。多くの国民が違和感を拭えないまま、眞子さまと入籍する小室圭さんが、27日緊急帰国した。コロナ禍に新政権発足という非常事態にあっても、その「鈍感力」は微塵も揺るがないのだ。

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 皇室の新年行事を締めくくる「歌会始の儀」は今年、コロナ禍にあっておよそ2カ月半の延期を余儀なくされ、3月下旬に開催されている。この伝統行事において眞子さまは、次のような歌を詠まれたのだった。

〈烏瓜(からすうり)その実は冴ゆる朱の色に染まりてゆけり深まる秋に〉

 烏瓜は古来「玉梓(たまずさ)」との別名で呼ばれてきた。その果実の種子の形が、書状を細く巻き畳んだ結び文(ぶみ)(玉梓)に似ているからで、花言葉の「よき便り」もこれに由来するのだという。玉梓には恋文の意もあり、秋が深まる頃に恋文が朱色に染まって熟していく、そんな思いを眞子さまは込められたのではないか――。当時から指摘されていた通り、まさしく歌が現実となってしまったわけである。

■“30歳前の結婚”に強いこだわり


 宮内庁担当記者が言う。

「すでに10月中の入籍は既定路線となっています。現在はもっぱら報道が先行する形となっていますが、近く、宮内庁からも正式に結婚が発表される見通しです。ただ、女性皇族としての儀式を経ない異例の結婚ではありながら“慶事”には違いなく、国民がコロナ禍で不便な生活を強いられている状況下に相応(ふさわ)しくないのではとの意見が、庁内には強くあるのです」

 全国19都道府県に発令されている緊急事態宣言が解除・緩和されない限り、慶事の発表には踏み切りづらいというのだが、

「今のところ、宣言の解除は最速で9月30日。つまり正式発表は10月にずれ込むとみられている。お二人の結婚はもはや皇室全体を巻き込む問題で、解決に向けて西村泰彦長官が先方の代理人と面談するなど、完全な“トップ案件”ではあります。が、発表はあくまで、秋篠宮家をお支えする皇嗣職を束ねる皇嗣職大夫の会見で行われると見られています。大夫の会見は毎週金曜日に開かれるため、我々は目下、10月1日の金曜を想定しています」(同)

 お二人の入籍や、それに先立つ記者会見の日程などが明らかになる見通しで、

「小室さんは5日、眞子さまは23日にそれぞれ30歳の誕生日を迎えます。とりわけ眞子さまは“30歳前の結婚”に強くこだわっておられ、入籍は23日までに済ませるとの見方が濃厚です」(同)

 実際の手順としては、お二人の新戸籍を編製する自治体の役所に宮内庁の職員が出向き、代理で婚姻届を提出。しかるのち、皇室の戸籍にあたる皇統譜から眞子さまのお名前が除かれるという運びである。

「それまでにお二人の会見が行われ、また10月20日は上皇后美智子さまのお誕生日。その日以降で絞ると最短で21日、あるいは翌22日あたりが入籍日ではないかと踏んでいます」(同)


■質問は事前に渡し、準備が可能


 こうした動きと並行し、さる16日にはNHKはじめ各社が、小室さんが一時帰国する予定であると報じた。母親の佳代さんの金銭トラブルに関し、十分な説明のないまま渡米を敢行してから3年余り。日本到着後はコロナ対策で2週間にわたる待機期間を過ごし、そののち眞子さまと再会を果たすことになる。さる皇室ジャーナリストは、

「10月中旬とみられる会見の前に、小室さんは挨拶のためあらためて秋篠宮家を訪れることになります。本来ならば3年間の無沙汰を詫びるとともに、眞子さまと始める新しい生活についての思いを述べなくてはなりませんが、一連の問題における小室さんと佳代さんの振る舞いについて、秋篠宮さまはまったくお認めになっていない。挨拶もそこそこに短時間で“物別れ”に終わるおそれもあります」

 また、肝心の会見については、

「実際は我々が用意した質問を事前に渡し、回答を考える時間も用意される。陛下や皇族方の会見とは異なり、アドリブの『関連質問』は認められそうになく、小室さん母子にまつわる数々の疑惑に時間無制限で切り込むような余裕はありません」

 そう話すのは、前出の宮内庁担当記者だ。

「ただ、記者会としても、そもそも婚約が延期された原因となった佳代さんの金銭トラブルについては触れざるを得ない。秋篠宮さまが繰り返し『相応の対応を』と呼びかけてこられたこと、また昨年の会見で『結婚と婚約は違う』と仰ったことなどを踏まえ、儀式を経ない前代未聞の結婚をお二人がどのように捉えているのか、お尋ねしないわけにはいきません」


■眞子さまの強いご希望で緊急帰国


 4年前の婚約内定会見と同じくテレビで中継されれば、空前の視聴率となろう。ところが当のお二人は、久々の「2ショット」お披露目に、大いに難色を示していたというのだ――。

 さる宮内庁関係者が明かすには、

「そもそも今回、小室さんが帰国したのは会見のためではありません。また、留学ビザから就労ビザへの切り替えも、すでにオンライン上で済ませています」

 とのことで、

「コロナ禍の最中、わざわざ隔離生活という不便を承知で戻ってきたのは、眞子さまの強いご希望に他なりません。というのも、入籍したのち眞子さまはいったん宮邸を離れ、一時的に都心のマンションで暮らすことになります。眞子さまご自身も民間人としてパスポートを入手し、配偶者ビザを取得する必要があるため渡米まで数週間を要するのですが、その間、お一人で生活なさるのが不安だと仰っている。小室さんは眞子さまから“一緒にいてほしい”と懇願され、これを受けて急遽帰国となったのです」

 それでも会見は、お二人揃って拒んでいたという。

「小室さんは言うに及ばず、眞子さまも当初は“何をお話ししても理解されず、結局は批判されてしまうから”と口にされていた。宮内庁が翻意を促すべく説得を続け、ようやく実現する見通しが立ったのです」(同)


■宮内庁は“コントロールできない要注意人物”認定


 が、そもそも秋篠宮さまが昨年のお誕生日会見で、

〈結婚する段階になったら、今までの経緯も含めてきちんと話すのは大事なこと〉

 そう明言なさっていたことを忘れてはなるまい。すなわち、この期に及んでお二人は、皇嗣殿下の最後の呼びかけを無視しようとしたのである。度重なる秋篠宮さまの苦言を“柳に風”と受け流してきただけのことはあるが、その振る舞いを見るにつけ、あらためて小室さんの際限ない“鈍感力”を思い知らされるばかりだ。

 思えば、小室さんが常識の枠を超えた言動を見せるのは、これが初めてではない。2017年5月にNHKが眞子さまの交際相手として初めて報じた直後から、その“片鱗”はうかがえたのである。先の宮内庁関係者が言う。

「ニュースの直後から小室さんの自宅にはメディアが押しかけ、翌日は大騒ぎになることが明らかでした。警備上の問題もあり、宮内庁としては小室さんに、横浜の自宅から東京・京橋にある勤務先の法律事務所までは電車でなくタクシーを用いてほしいと内々に打診したのです。ところが小室さんは“東京までのタクシー代が高いのでできません”と、申し出をあっさり断ってきた。結局はやむを得ず、役所から車を差し回すことになったのです」

 これを受け、庁内では“してもらって当然という感覚が理解できない”と、幹部から公然と批判の声が上がっていた。またその日、勤務先で報道陣の囲み取材に応じた小室さんは、事前に宮内庁から“ゼロ回答で通してほしい”と念押しされていたにもかかわらず、

「何を考えたのか“行ってきます”“行ってらっしゃい”という、当日の朝の眞子さまとの電話での会話をあけすけに語ってしまいました。以降、宮内庁は彼を“コントロールできない要注意人物”と見なすようになったのです」(同)


■「平日は仕事なので」


 この件をお知りになった上皇后さまは大いに困惑し、

〈あのような方で眞子は大丈夫なのでしょうか〉

 と漏らされ、その憂えは今に至るまで消えることがなかった。つまりは、初日から小室さんには皇族との結婚に“黄信号”が灯っていたわけだが、そうした「自分ファースト」の振る舞いは、晴れの場でも遺憾なく発揮されていく。

「17年9月3日、お二人の婚約内定会見が開かれ、小室さんは太陽、眞子さまは月に喩(たと)えられた。これに対し当時、女性皇族の中には『皇族を太陽でなく月とは何ごとでしょうか』と不快感をあらわになさった方もいらっしゃったのです。小室さんへの悪評はいっこうに払拭されず、その後もトラブルが報じられるたび、皇族方からは『(秋篠宮同妃)両殿下がおられながら、なぜ小室さんのような方を選んでしまわれたのか』『皇室と縁続きになるなど考えられない』といった、お嘆きの声も出ていたほどです」(同)

 さらに、この会見の日取りを巡っても、宮内庁と小室さんとの間には“常識の乖離(かいり)”が生じていたのである。

「当日はちょうど、皇太子ご夫妻(当時)が『国民文化祭』などへ出席されるため、奈良へ行啓されていました。雅子さまは依然、ご体調に波がおありでしたが、そんな中でも宿泊を伴うご公務にお出ましになったことで注目が集まっていたのです」(同)

 皇室においては従来、ご身位が上である方々が大切な行事に臨まれる場合、その日は会見など大きな行事を避けるといった不文律があるというのだが、

「同じ日に会見が行われたのは、実は小室さんの希望でした。当日は日曜日で、職員も休日出勤を余儀なくされたのですが、日取りを決める際、小室さんが“平日は(パラリーガルの)仕事があるので”と主張したため、やむなくこの日に決まったのです」(同)

 弁護士の補助業務という個人的な事情と、内親王との会見のどちらを優先するかと問われた時、小室さんは一般人とは大いに異なる回答を導き出したことになる。

「週刊新潮」2021年9月30日号 掲載

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