小児ホスピスの奇跡 コロナ禍で命限られた子供ためにやった新たな取り組み【石井光太】

小児ホスピスの奇跡 コロナ禍で命限られた子供ためにやった新たな取り組み【石井光太】

「みんな、きいて。つるみのこと」YouTube配信の様子 (c)TSURUMIこどもホスピス

■人生に光を与えるための空間


 大阪市鶴見区にある、「TSURUMIこどもホスピス」。ここは、命の限られた難病の子供たちを受け入れる、日本初の民間こどもホスピスだ。

 こどもホスピスの役割は、成人のホスピスとは異なる。成人のホスピスは末期がんなど終末期の患者が、痛みや苦しみを取り除いてもらいながら、安らかな死を迎えるための施設だ。

 一方、こどもホスピスの役割は、病院で厳しい治療を受けている子供たちが、一時的にでもそこから解き放たれ、看護師や保育士の資格のあるスタッフに支えられて家族と好きな遊びをしたり、友達とパーティーを開いたり、ホスピスの開催するお祭りやキャンプに参加したりする施設だ。いわば、治療に明け暮れていた難病の子供たちの人生に光を与えるための空間なのだ。

 私は『こどもホスピスの奇跡 短い人生の「最期」をつくる』(新潮社)で、その成り立ちから取り組みまでをノンフィクションとしてまとめた。

 ところが、2020年春から本格化したコロナ禍は、こどもホスピスの活動を制限することになった。これまで行っていたイベントの開催や、ボランティアとの交流が、すべて中止になったのである。

 だが、難病の子供たちに残された時間は限られている。今しか向き合える時間はないのだ。そんな中で、ホスピスはどうやって子供たちの命に輝きを与えようとしたのか――。


■「今この瞬間しか」


 2020年4月、1回目の緊急事態宣言が発令された後、社会では飲食店だけでなく遊園地や温泉、学童に至るまで様々なところが休業に追い込まれた。特に難病の子供が遊べる場所はことごとく失われたと言っていい。

 そんな中、TSURUMIこどもホスピスには、難病の子供を持つ家族から問い合わせがひっきりなしに寄せられた。ホスピスは開いているのか、利用はできるのか、といった相談だった。

 同ホスピスのアシスタントケアマネージャーの市川雅子は言う。

「世間はコロナ一色で多くの活動が休止に追い込まれていましたが、余命の限られた子供たちに残された時間は長くはありません。今この瞬間しか何かをしてあげることができないという子だっているのです。

 そういう家族にしてみれば、子供を一度でいいから病院の外へ連れて行って、好きに遊ばせてあげたいと願います。コロナ禍で多くの施設が閉まっている中、そういう家族がうちを利用させてくれないかと相談してきたのです。うちのように専門知識のあるスタッフがいて、設備が整っているところなら、安心できるという期待もあったのでしょう」


■幕を開けた緊迫した日々


 余命の限られた子供は体調の波が激しく、今日は安定していても、翌日には危篤に陥っているということが珍しくない。だから、家族はできる時にできることをしたいと願う。ホスピスはそんな家族の気持ちを理解していたからこそ、コロナ禍での受け入れを決意した。

 市川はつづける。

「ご家族が求めていたのは、家族みんなで安心して過ごせる場だったはずです。逆に言えば、うちとしてはご家族の期待に応えられるだけの安心な場を提供しなければならなかった。コロナ禍ということもあり、それをどう実現していくか普段以上に話し合いました」

 ホスピスではまずスタッフを二チームにわけて、勤務日を完全に別々にすることにした。片方のチームに感染者が出ても、もう片方によって運営を継続できる体制を整えたのだ。その上で、消毒など感染予防策を徹底し、写真展や夏祭りなどイベントは全面的に中止し、家族単位の個別利用だけに限定した。

 終末期の子供は体が弱いため、感染すれば命取りになりかねない。新型コロナの感染を防ぎつつ、難病の子供たちに幸せを届けるという緊迫した日々が幕を開けた。


■複数の家の子供をつなげる「オンラインフレンズ」


 ホスピスでの活動は、家族同士の接触を避けるため、スケジュールが時間ごとに細かくわけられた。この時間はこの家族というようにスケジュールが決められ、その時間内で家族はパーティーをしたり、ゲームをしたり、水遊びをしたりするのだ。

 むろん、これはこれで家族の願いを叶えることにはなったが、ホスピスとしては複数の家族で集まれるイベントを完全になくすのには抵抗があった。同年代の患者同士がつながり、親同士が知り合って得られるものも大きいからだ。

 そこでホスピスは、オンラインによるイベントを開催することにした。

 たとえば、動物テーマパークのアドベンチャーワールドと協同で「わくわくスマイルDAY」というオンラインイベントを開催し、イルカショーを披露したり、動物クイズをしたりした。

「オンラインフレンズ」というイベントでは複数の家族の子供をつなげ、折り紙やお絵描きをしたりして交流を深め、「きょうだいさんのお話@オンライン」では難病の子供のきょうだい支援団体「しぶたね」と一緒にきょうだい支援のあり方を考える機会を提供した。


■「みんな、きいて。つるみのこと」


 こうしたオンラインイベントの中で、スタッフらの印象に残っているものがある。「みんな、きいて。つるみのこと」と題されたイベントだ。

 発案は、小学四年生の白血病の女の子だった。彼女がホスピスのことをより多くの人に知らせるイベントをやりたいと言い出したのだ。そこでスタッフがサポートして、YouTubeのライブ配信をすることになった。女の子がホスピスの良いところや、利用の仕方や、スタッフの紹介などをする。ライブの間、閲覧していた医療者や他の家族から次々にコメントが寄せられ、彼女は喜びを隠しきれない様子だった。

 市川は次のように語る。

「うちを利用するお子さんの多くが、これをしたい、あれをしたいという思いを抱いています。うちは、それを実現させる場なんです。だから、私たちが主導して何かをやるというより、お子さんたちの思いが実現するようなものをやりたいと思っています」

 利用する子供たちの満足を第一に考える、ホスピスらしい取り組みだ。


■病室の子とオンラインツールで


 オンラインツールの活用方法は、イベントだけに留まらない。終末期が近づき、ホスピスを利用できなくなる子供たちに対する支援にも役に立った。

 ある八歳の女の子は、体調が安定している時はホスピスを利用していたが、病状が悪化するにつれて通うことが難しくなり、長い入院生活を余儀なくされた。

 これまでならホスピスに来られなくなった時点で、スタッフと女の子の距離は開いてしまいかねない。だが、オンラインツールを活用したことで、病室の女の子とスタッフがつながることが可能になった。スタッフは、病室のベッドにいる女の子に連絡をし、オンラインでおしゃべりをしたり、遊んだり、励ましたりした。

 スタッフが彼女とよくやったのは、「脱獄ごっこ」という携帯ゲームだった。以前なら病室で一人でやるだけだったのが、ネットでホスピスとつながることで、スタッフと遊べるようになった。

 2021年に入り、この女の子は亡くなってしまったものの、コロナ禍で面会もままならない中で、気心の知れたスタッフと楽しい時間を過ごせたことは、大きな喜びだったにちがいない。


■小学生の姉が一人取り残されて


 また、在宅で最期を迎えた子供もいた。悪性腫瘍を抱える五歳の女の子だ。

 彼女は大阪の病院で治療を受けていたものの、回復の見込みがなくなり、他県の家に戻っていた。家では、親が必死になって最期が迫る娘の介護をしていたことで、小学生の姉が一人取り残されてしまっていた。親が看病にかかりきりになり、きょうだいが孤立することは珍しくない。

 以前なら、距離が離れていたことから、スタッフにできることは限られていただろう。だが、オンラインツールを利用することで姉に声を掛けることができるようになった。親が看病に当たっている間、代わりにスタッフが姉とおしゃべりをしたり、クイズを出し合ったりしたのだ。

 信頼できる大人が自分のことを気にかけてくれて連絡をくれる。姉にしてみれば、どれほど心強かったことだろう。これもまた、オンライン時代ならではの新たな支援の方法だ。


■「支援の幅を広げることができた」


 市川は言う。

「これまで私たちは素晴らしいホスピスの建物があるからこそ、そこを利用してもらうことにばかり力を入れてきました。でも、コロナ禍でオンラインのツールが広まったことで、これだけ支援の幅を広げることができるんだと気がついたのです。コロナ禍は大変ですが、前向きに捉えれば、新しい支援の方法に気づかせてくれたと言えると思います」

 TSURUMIこどもホスピスの建物は、難病の子供にとってはこれ以上ないというほど安心と喜びに満ちた空間だ。ここに来さえすれば、どんな夢だって叶えることができるように思える。

 ただ、状況によって、常に行ける場所というわけではない。ホスピスで遊べなくても、スタッフと言葉を交わしたい、病院のベッドでおしゃべりをしたい。そう願う子もたくさんいる。

 コロナ禍は、そんな子供たちへの新しい支援のあり方を気づかせてくれた。それがホスピスが目指す、子供たちの人生を輝かせることへのエンジンとなるのは確かだ。

 もっとも弱い立場にある人たちを支えられる社会資源がどれだけあるか。それが豊かな社会か、そうでない社会かを分ける指標ではないだろうか。

 ホスピスは一般の人々からの支援によって成り立っている民間の施設だ。それがコロナ禍においても、難病の子供とその家族に大きな役割を果たしていたことを、同じ日本人として誇りに思いたい。

石井光太
1977(昭和52)年、東京生れ。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。ノンフィクション作品に『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』『近親殺人』など多数。また、小説や児童書も手掛けている。文中でも紹介した『こどもホスピスの奇跡』は第20回新潮ドキュメント賞を受賞。

デイリー新潮取材班編集

2021年9月29日 掲載

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