国産ワクチンは承認条件緩和でも今冬に間に合わず…海外製ワクチン有効性の高さも壁

国産ワクチンは承認条件緩和でも今冬に間に合わず…海外製ワクチン有効性の高さも壁

9月29日、国産ワクチンについて年内にも最終段階の臨床試験(治験)を始めると公表した塩野義製薬の手代木功社長

■今年末までに3000万人以上


 塩野義製薬は9月29日、開発を進めている新型コロナウイルスのワクチンについて、年内にも最終段階の臨床試験(治験)を始める方針を明らかにした。

 日本でもワクチン接種が進んでいるが、投与されているワクチンは米ファイザー、米モデルナ、英アストラゼネカと海外製のみだ。海外製ワクチンの有効性は証明されているものの、「国産ワクチンを打ちたい」という声は根強い。

 8月18日、被験者の募集や臨床研究業務の支援などを手がける3Hクリニカルトライアルは、同社が運営する治験情報サイトで日本の製薬会社が手がけるワクチンの治験参加者を募集したところ、希望者が1万4000人を超えたと発表した。

 塩野義製薬が開発しているワクチンは、ウイルスの抗原を遺伝子組み換え技術で作成した「組み換えタンパク型」だ。昨年12月に小規模な治験に着手し、今年7月下旬には、「臨床試験と並行して、今年末までに3000万人以上の生産体制を整備する」という計画を発表した。ちなみに同社は、厚生労働省から生産体制の整備について、223億円の補助を受けている。

 塩野義製薬の他に、第一三共(mRNA型、厚生労働省から約60億円補助)や、KMバイオロジクス(不活化型、約61億円補助)などが、年内に最終段階の治験を始める構えを見せている。今頃になって開発のペースが上がっているのは、今年6月、政府がワクチンの研究開発や生産体制の強化に関する国家戦略を策定したことが関係している。


■未接種者を数万人集めるのは困難


 さらに政府は今年7月、海外に比べて出遅れている国産ワクチンの実用化のスピードアップを図るため、本来は数万人必要な治験の参加者数を数千人規模に縮小する新たな条件を認めた。日本では既に多くの人が海外製ワクチン接種を受けており、未接種者を数万人集めるのが困難だという事情に配慮した形だ。

 また、ワクチンの効果などを検証する方法も改めた。従来は開発中のワクチンを接種するグループと偽薬を接種するグループに分け、発症の予防効果や副反応の頻度などを調べていた。だが感染が拡大する中、偽薬を使えば、それだけ本来のワクチン接種が遅れてしまう。そのため、新方式では参加者全員がワクチンを接種し、中和抗体が既存のワクチンと同等以上にできるかどうかで判定するようにした。少人数で実施でき、短期間で効果を見極めることが可能となる。偽薬を使わないことから、参加者も集めやすくなるメリットもある。

 厚生労働省の新方式は、国際的な薬事規制当局が6月下旬に策定した新方針にも沿っていることから、日本の製薬企業はこの方式で承認されたワクチンを海外でも販売できる。


■アンジェスの蹉跌


 たしかに大きな前進だが、「この動きがもっと早くに出てくればよかったのに」と、誰もが思うだろう。筆者の念頭にあるのはアンジェスの蹉跌だ。

 大阪大学の森下竜一教授が率いるバイオ・ベンチャー企業アンジェスが開発しているのは、ウイルスのDNAを人に投与し、人体の中でDNAからmRNAを介して抗原を合成する「DNA型」だ。世界でいち早くワクチン候補をつくり出すことに成功し、昨年6月に国産ワクチンとしては初めて、30人を対象とした臨床試験を開始していた。だが医薬品医療機器総合機構が、「効果などを評価するためには数万人規模の治験が必要」との方針を堅持したため、「小規模の治験の結果で条件付早期承認を得て、今年夏頃までにワクチンを実用化する」という戦略は破綻した。アンジェスも厚生労働省から約94億円の補助を得ているが、実用化の目途は立っていない。

 承認の条件は緩和されたものの、海外製ワクチンの有効性の高さが次の壁となって立ちはだかっている。アンジェスが開発しているワクチンの有効性は73%にとどまっており、90%以上の有効性を誇るファイザー製などと比較すれば見劣りする。このため、アンジェスはファイザー製等と同程度の効果を得ようと、8月中旬から高用量製剤を用いた初期の治験を始めた。

 最も先行しているとされる塩野義製薬についても、同様の問題がある。開発中のワクチン接種による中和抗体価が十分に上がらなかったことから、ワクチン製剤を変えて初期の治験を実施することになった。完成の時期が遅れることは間違いない。

 このように、国産ワクチンは今冬までには間に合わないのが実情だ。


■副反応を恐れるあまり


 思い起こせば、日本は1980年代まで「ワクチン先進国」だった。米国などに技術供与していたほどだったが、日本でワクチン開発が衰退した大きな要因は訴訟だった。1970年頃から予防接種の健康被害が社会問題化していたが、1992年の東京高裁での国の全面敗訴が決定的だった。世論に押される形で国は上告を断念し、1994年には予防接種法が改正されて、接種は努力義務となった。副反応を恐れるあまり国内の接種率は一気に下がり、日本の製薬企業は需要が安定した既存ワクチンの製造に特化し、新規開発をほとんど行わなくなってしまったのだ。

 一度消えかけたワクチン開発だったが、2009年に蔓延した新型インフルエンザの世界的流行で再び盛り上がりを見せた。政府は約1000億円の補助金を出してワクチン開発を支援する姿勢を示したが、感染の早期収束で立ち消えとなった。

 ワクチンの開発には巨額の投資が必要であり、有事にしか使わない製造設備を維持し続けることは民間企業の力だけでは不可能だ。英国では製薬企業が資金回収への懸念を抱えることなく設備を維持できるようにするため、政府が製薬企業に維持費の一定額を負担することで、必要なときに必要な量を優先的に受け取れる「サブスクリプション(定額制)」方式の新薬の調達契約を導入している。

 ワクチンを含めた新たな薬の開発を平時から進められる仕組みを作らなければ、日本の感染症対策はいつまでたっても世界に劣後したままなのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮取材班編集

2021年10月5日 掲載

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