宮内庁は小室さん側の身元調査を行ったのか? 雅子さまの時はどうだったのか?

宮内庁は小室圭さんの身元調査せず? 雅子さまの時は4代前までさかのぼって調査か

記事まとめ

  • 小室圭さんの身元の調査は宮内庁関係者の声を総合すると基本的にはされていないという
  • 秋篠宮さまの判断だそうで、佳代さんは元婚約者の存在を明かしていたとも
  • 雅子さまがお妃候補となった時は4代前までさかのぼって調査したが祖父の経歴に疑義か

宮内庁は小室さん側の身元調査を行ったのか? 雅子さまの時はどうだったのか?

宮内庁は小室さん側の身元調査を行ったのか? 雅子さまの時はどうだったのか?

身元調査はなされたのか?

■両家の顔合わせをした際に


 10月26日、秋篠宮家の眞子さま(29)と結婚する小室圭さんをめぐっては、母親の佳代さんと元婚約者の間の金銭トラブルなど、いくつかの問題が交際発覚後に判明し、「結婚反対」の世論が巻き起こった。そういった議論には、宮内庁は身元調査の類を行ったのかということもつきまとってきた。事情は全く違うが、雅子さまの時はどうだったのかを振り返りながらレポートする。

 宮内庁担当記者によれば、「身体検査」について庁内ではこんな調子だという。

「宮内庁の人たちに聞くと、“ウチはやっていないと思う”という答えが多かったですね。本当にやっている人が簡単に認めるはずもなく、“ノーコメント”とかはぐらかすような受け答えをするものではないかというツッコミを入れたくなる方もいるかもしれません。確かにその可能性は否定できないし、ちょっとした調べはあったかもしれませんが、中のひとたちの声を総合すると、“小室さん絡みの調査は基本的にはなされていない。理由は秋篠宮さまがその必要はないと判断されたから”だということのようです」

 その理由については、

「そのあたりはなかなか判然としないのですが、調査をするような時代じゃないというお考えだったのかもしれません。ちなみに、両家の顔合わせをした際に、佳代さんは元婚約者の存在を秋篠宮ご夫妻に明かしています」


■不信感を抱かれていたなら


 この記者が続ける。

「“過去に婚約した男性がいるが、それは破棄になった。何かトラブルになるようなことはない”といった説明をして、ご夫妻もそれについては納得されていたということです。夫についても亡くなったことは伝えても、その実情については触れなかったと聞いています。まあ伝える必要がないと言えばそれまでですが……。仮にその時などに佳代さんの言動に不信感を抱かれていたなら、調査の指示を出されていたかもしれませんね」

 2017年9月に婚約が内定し会見したが、同年12月に件の金銭トラブルが報じられ、その後も佳代さんの新興宗教との関わりや遺族年金不正受給に関する問題が取りざたされてきた。

 では、雅子さまの場合はどうだったのか? 当時取材にかかわっていた元記者が明かす。

「当然のことではありますが、皇室に入ってくる方と出て行かれる方とでは調査の有無、レベルが違ってきます。皇太子さま(現在の天皇陛下)は、“結婚とは子孫を残すこと。だから大事なのだ”という帝王教育を受けられてきた方。そのご結婚はいわば国家的事業なのです」

 お生まれになった時から、結婚は宮内庁としても最大のミッションだった。

「英国留学をされる1984年、皇太子さまが24歳の頃からお妃選びは本格化し、結婚(1993年1月)される5年以上くらい前から、“そろそろ決めなければ”とドライブがかかっていったように思います。30歳までに結婚というのが1つの目標でしたから」


■興信所に依頼し、4代前までさかのぼって


 「外務省キャリアの小和田雅子さん(現在の皇后さま)」がお妃候補として浮上したのは早い段階だった。

「1986年から87年にかけてだったと思いますが、雅子さんはかなり有力でした。興信所に依頼し、4代前までさかのぼって調査したと聞いています。両親や本人には尾行がつくほどで、表に出てこない普段の生活ぶりや近所との関係などまで細かなことまで洗いざらいというレベルだったと言います」

 調査自体はクリアしたかに見えた。しかし、期せずハードルがあった。雅子さまの母方の祖父は興銀マンだったが、水俣病の加害企業・チッソに派遣され、社長、会長を務めた経歴が問題視されたのだ。その手の怪文書が出回り、「ふさわしくないのでは?」と疑義を呈する声が宮内庁内からも上がり、いったん候補から消える。

 雅子さまと皇太子さまが再会するのは、それから5年の歳月が流れた1992年夏。この間もお妃候補選びは続けられていた。どんなふうに進められたのか?

「様々なルートからピックアップされた女性について、宮内庁の皇太子さま担当である東宮の最高幹部が選別するところから始まるそうです。ルートについては元皇族、旧華族、学習院のご学友などのネットワークを頼っていました。もちろん両陛下(現在の上皇・上皇后両陛下)の繋がりもあります。絞り込まれた候補は150とも200人とも聞きましたが、みんな同様に興信所に依頼し、4代前までさかのぼって調査したそうです」


■もう少し慎重さがあったなら


 その中から話が具体的に進んだケースもあったという。しかし、事前の興信所の調査をかいくぐった問題が露見したり、そもそも相手の女性に別の意中の人がいたり、皇太子さまが乗り気でなかったりということがあり、話は振り出しに戻ってしまった。

「婚約まで一歩手前とまでは言わないものの、三歩手前くらいのレベルまで至ったものもあったそうです。それでもまとまらなかったのは、皇太子さまの胸中にはずっと雅子さまの存在があったということのようですね」

 この元記者が言うように、皇室に入られる方と出て行かれる方とでは話が違ってくるし、出て行かれる方の結婚を国家的事業と捉えるのは宮内庁としても負担が大きいだろう。ただ、言うまでもなく眞子さまは将来の天皇陛下の姉君となられる立場。宮内庁側にもう少し慎重さがあったなら……と考える国民は少なくないはずだ。

デイリー新潮取材班

2021年10月11日 掲載

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