警察官はなぜ不審者を足止めして質問することが許されるのか 元警察官作家による職務質問講座(第1回/全4回)

 年に数回、民放各局で必ず放送される全国各地の警察に密着したドキュメンタリー番組。その中で見どころの一つといえるのが、「職務質問」のシーンだ。警察官が「怪しい」とにらんだ人物に声をかける。すぐに「ごめんなさい。実は悪いことをしていました」などと素直に白状する者がいるはずもなく、そこから押し問答、時には揉み合い、追っかけ合いに発展することもよくある。

 放送に至っている以上、何らかの悪事が露見したケースが多い。実は違法薬物を所持していた、飲酒運転だった等々。

 むろん、決してテレビ用のデモンストレーションではない。この数年のデータでは、毎年3万〜4万件が職務質問からの検挙(職質検挙)となっている。

 指名手配犯が逮捕されることだってある。最近では「硫酸男」と呼ばれる容疑者が沖縄で逮捕された一件でも、職務質問がきっかけだ。

 しかし、ここで素朴な疑問を抱く方もいるのではないだろうか。

 たとえば、「怪しい」と思っただけで警察官は市民に声をかけて、足止めしていいものなのか。ドラマでも映画でも、警察官は捜査令状を取るために四苦八苦している。それなのになぜ街中の「怪しい」人にああいうことができるのか。法的根拠はどこにあるのか。

 特に日常的にやたらと職務質問を受ける人は「なぜ自分ばかり……」と不満を感じていることだろう。

 作家の古野まほろ氏が、こうしたさまざまな疑問に答えるべく執筆したのが新著『職務質問』だ。古野氏は元警察官で、警察大学校において職務質問担当部門の教授を務めたこともあるというキャリアの持ち主。

 今回、古野氏に改めて、職務質問に関する素朴な疑問について聞いてみた。名付けて「元警察官による善良な市民のための職務質問講座」。もちろん善良でない人にもためになることだろう。

 全4回の第1回、今回は職務質問の法律学だ。

 ***


■根拠は警察官職務執行法


 職務質問がなぜ許されるのか。身に何の覚えもないのに、しばしば警察官に足止めされた経験がある人にとっては、特に気になる点だろう。

 その法的根拠について古野氏はこう解説する。

「職務質問の明文の根拠は、たったの一つだけで、警察官職務執行法第2条です。ただ、条文になっていない明文化されていない根拠のほうが数多くあり、それは今後も増えていくことでしょう。

 第2条についてはこのあとご説明しますが、昭和23年に施行された超古典的な法律なので、これだけでは意味が通らないとか、複数の意味に取れるとか、令和3年の目の前の問題に対処できないとか、さまざまな〈穴〉が生じます。そのため、その解釈をハッキリさせる必要があります。具体的には裁判所の判例がそれを行います。少し固い言い方をすれば、〈解釈〉=〈判例〉の集積が〈判例法〉となる、それもまた警察官職務執行法第2条と一緒に根拠となる、というわけです。

 つまり職務質問の根拠は警察官職務執行法第2条と、判例法ということになります」

 ではまずその第2条を見てみよう。第2条第1項にはこうある。

「(質問)

 第2条 警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。」

 法律の条文だけに何だか回りくどい。古野氏に解説してもらおう。

「小難しく感じられるかもしれませんが、主語と述語だけを抜き出してみましょう。すると、

『警察官は……停止させて質問することができる。』

 となります。

 そして、その対象者はというと、次の(1)(2)に当てはまる人です。

(1)異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者

(2)既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者

 このように分解すると明らかなとおり、警察官が職務質問をすることができる対象者は、実は、(1)(2)の2類型しかありません。

 実務上、(1)を〈不審者〉、(2)を〈参考人的立場の者〉と呼ぶのが一般的です。

 市民の方が想定するのは、不審者相手の職務質問でしょう。しかしながら職務質問は、(1)の者に対してだけ行われるわけではありません。例えば、たまたま犯行現場に居合わせた、何の不審性も無い市民に対しても〈(2)の方ですね〉、行われることはあるのです。

 ですので、仮に職務質問をされたとしても、必ずしも『お前は不審者だ』『お前は怪しい』〈=「お前は(1)に該当する」〉と認定されているわけではありません」

■警察官ができるのは「説得」


 ここまでで勘の鋭い方や、かつて職務質問を受けた経験者ならばひっかかる点があるかもしれない。

「質問することができる」のはいいとして「停止させて」とは一体どういうことか。無理やり足止めする権限があるということなのか。もしそうならば、警察は罪があるかどうかわからない人の行動を制限できることになってしまうのではないか、と。

「いえ、もちろんそんな権限は職務質問する警察官にはありません。『停止させて質問することができる』という規定は、相手方に停止の義務を課すものではないのです。

 警察官に実力を伴う停止権限を与えているわけでもありません。相手方に質問に対する回答義務を負わせるものでもありません。

 これはあくまでも『相手方の自由な意思で停止するよう求め、そのための説得ができる』『自由な意思で停止してくれた相手方に質問をし、回答するよう求め、そのための説得ができる』──という権限でしかありません。当然、この権限を行使するスタイルは『言葉』による『話し掛け』によるのであって、しかも最初から強い口調で呼び止めることはできません。だから経験のある方はご存じかと思いますが、警察官は最初、比較的丁寧な口調で話しかけてきたはずです」


■強制はできないけれども


 たしかに街中で警察官が最初に話しかける際の口調は、

「こんにちは。ちょっとお時間よろしいでしょうか」

 という感じが普通で、丁寧語か敬語が基本で「おい、こら待て」式の物言いは聞かない。

 しかし、そうだとすると、テレビに出て来るような不審者たちは「ごめん、急いでいるんで時間ないです」の一言で現場から逃げられそうなものなのだが……。

「もちろんそれで警察官が『そうですか、じゃあまたね!』と立ち去っていては仕事になりませんよね。ここで最初に述べた〈判例法〉が関係してきます。裁判所は一貫して、職務質問においては『強制にわたらない有形力の行使は認められ得る』『強制にわたらない一時的な実力の行使は認められ得る』という立場を採用しているのです。

 ではこの『強制にわたらない有形力』や『一時的な実力の行使』とはどういうものか。これについてはそれこそ本の中で相当な紙数を割いたほどややこしい話なので、ここでは割愛させてください。

 ただ言えるのは、警察官が『イザというときどのように、どこまで〈有形力〉を行使できるか』ということを常に念頭に置いて職務質問を行っている、ということです。違法だとされないように、しかし不審者を逃さないように、常にギリギリのところで勝負をしている、ということです」

 多くの善良な市民の場合、たとえ声を掛けられても、普通に対応していればすぐに職務質問は終わる。有形力だの実力だのという物騒な話にはならない。

 しかし何らかの事情や思想があって、抵抗を示した場合にどうなるか。次回はそのあたりについて聞いてみよう。

古野まほろ
東京大学法学部卒業。リヨン第三大学法学部修士課程修了。学位授与機構より学士(文学)。警察庁I種警察官として警察署、警察本部、海外、警察庁等で勤務し、警察大学校主任教授にて退官。警察官僚として法学書の著書多数。作家として有栖川有栖・綾辻行人両氏に師事、小説の著書多数。

デイリー新潮編集部

2021年10月18日 掲載

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