職務質問に「任意だから拒否します」は通用するのか 元警察官作家による職務質問講座(第2回/全4回)

 警察密着モノドキュメンタリー番組でおなじみ、あるいは路上でも時折見かける「職務質問」。なぜ警察官が通りすがりの市民を足止めできるのか、その法的根拠については前回ご紹介した。

 今回も引き続き、元警察官で作家の古野まほろ氏に「職務質問」に関する素朴な疑問に答えてもらおう。古野氏は警察大学校において職務質問担当部門の教授を務めたこともある。「元警察官による善良な市民のための職務質問講座」第2回のテーマは「任意だからといって拒否できるか/していいか」である。

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 第1回で解説してもらったように、警察官は不審者を足止めして質問をすることはできるが、決して強制的に停止させることはできないし、回答を強いることもできない。このあたりの事情を知っているからこそ、職務質問の場面でこんなふうに言い返す人もいるのだろう。

「これって任意ですよね? 任意なら絶対に応じません」

 ドキュメント番組でもこの種のセリフを口にする人は珍しくない。しかし、古野氏はこういう対応は決してお勧めしない、という。

 なぜだろうか。

■〈獲物〉を狙う警察官


「まず、その件に触れる前に職務質問の成果を説明させてください。平成29年、30年、令和元年における刑法犯検挙件数のうち、地域警察官の〈職質検挙〉の割合を見ると、約12.7%、約12.3%、約11.1%。つまり毎年、刑法犯検挙の1割以上が職務質問の成果です。

 さらに、これは「刑法犯」の職質検挙に限った話ですから、「特別法犯」の職質検挙を加えれば、成果はさらに大きくなります。 

 このように、職務質問をする警察官は、税金と市民の期待に見合った成果を上げるためにそれをやっているのであって、まさか時間つぶしや嫌がらせでやっているわけではありません。ちょっと荒っぽい言い方になりますが、職務質問の実務的な本質は〈ハンティング〉です。それに臨んでいる警察官が、〈獲物〉を逃す目的で狩猟に臨むはずもありません。要するに、〈職質検挙〉を狙わず職務質問に臨む警察官はいないのです」

 警察官の鋭い眼力から逃れられず、違法薬物所持の容疑で逮捕――テレビのドキュメンタリー番組ではお馴染みのシーンである。過去、元体操選手、元タレントら有名人の薬物事件も職務質問がきっかけで逮捕に至った例は珍しくない。

 もっとも、読者の皆さんには「後ろ暗いこと」などないだろう。実際、多くの場合は特に問題なく「ご協力ありがとうございました」で終わるのだ。であるならば、職質に対する対応はたった一つの例外的場合を除き、「全面協力」が「最適解」である、と古野氏は語る。

■対応の最適解とは


「警察官の求めに応じて素直に停止し、質問には正直に回答する。場所の移動を求められればそのまま同行し、所持品検査を求められれば淡々と承諾する。

 たった一つの例外的場合を除き、これが私の考える『対応の最適解』です。

 元警察官だからそんなことを言うんだろう、と思われるかもしれませんが、まさかそうではありません。そもそも私は今、警察と無縁の一市民で、OBといえども何の権限も特権もありません。私に職質をかけてくる警察官がいたとして、相手は私のことなんか知りません。

 そんな私が職質されたとしたら、私は個人的な選択として、何の抵抗もしようとは思いません。『抵抗は無意味だ』と解っているからです。先ほど述べたように、警察官側は確たる成果を出すべく〈ハンティング〉に臨んでいます。だから生半可な抵抗をしたところで、彼らが諦めるはずないのです。

 いざ警察官が職質を開始した以上、その警察官は事態を〈職質検挙〉で終えるか、嫌疑なしで『ありがとうございました。お気をつけて』と言って終えるか、いずれかの結果が出るまでは帰るに帰れません。さもなくば税金泥棒です。

 もちろん、職質を拒否するのは自由ですし、市民にはその権利があります。しかし警察官は絶対に諦めません。徹底抗戦するだけコストの無駄です。警察官と口論をするのが趣味だという方がいれば別ですが、時間的にも精神的にも多大なコストを費やしてまで、拒否するメリットがありません。

 前回もご説明した通り、職務質問をする警察官には強制的な権限があるわけではないので、その意味では『任意だろ』という言い分は正しいです。しかし、仮に市民が応じようとしなければ、警察官は粘り強く『説得』を試みます。

 過去の事案だと例えば、6時間40分ものあいだ、対象者を留め置いた例が『適法』とされています。まあこれはかなり異例で極端な場合にしても、警察官側は何らかの『結果』を出すまで、それほどまでに粘る覚悟があるということです。誤解のないよう再度強調しておきますが、この『結果』というのは何の罪もない職質相手を『クロ』とする、というようなことではありません。嫌疑なしで『ありがとうございました』となるときも立派な『結果』です。

 だからこそ、隠すものがない一般の方は素直に応じてしまったほうがコストがかからない、と私は考えます」


■海外の警察は荒っぽい


「絶対に諦めない」とか「説得6時間40分」とか聞くと、「結局、任意だとか言いながらも強制しているも同然じゃないか!」という不満も言いたくなるものだが――。

「市民が『どうしても拒否する』と頑張り、警察官が『どうしても説得する』と頑張れば、長時間に及ぶこともありますし、結果として肉弾戦に発展することもあり得ます。

 しかし、だからといって日本の警察が横暴だ、とは言えないと思います。

 日本の警察が本当に無茶で横暴ならば、『ワルイヤツ』『ふざけたやつ』をもっと乱暴に扱い、とっとと留置施設にぶち込むでしょう。6時間以上も『説得』するというのは、むしろ日本の警察が『過ちも犯すが遵法意識のある』真っ当な組織であることを示している、と私は考えます。

 ここで、私はかつて異例ながら、フランス警察に実働員として勤務した経験があります。もし当時のフランス人上司が『説得に6時間かけた』といった日本の職質事情を聴けば、まず間違いなく悪い冗談だと鼻で嗤(わら)うでしょう。というのも、私の見た限り、現地では誰も生の実力行使を躊躇しなかったからです。こっそり相手に接近してすぐさま後方から足払いするだの羽交(はが)い締(じ)めするだのすくい投げするだの、5人がかりで押さえ込むだの、殴る蹴るだの……。それと比べると、日本の警察官たちが極力法律と判例の厳しい縛りを遵守しようとしているのは間違いありません」


■不良警官には抗戦を


 もっとも、どんな組織にも例外的な人物はいる。そのことが先ほど述べた「全面協力」しなくてもいい「たった一つの例外」と関係しているのだそうだ。

「端的に言えば、不当に『実力行使をされたとき』は徹底拒否・徹底抗戦すべきです。例えばいきなり直接強引な接触をしてきたとか、いきなり鞄(かばん)を取り上げられた、開けられた、ポケットに手を突っ込まれた、というようなケースです。

 本来、職質される側が落ち着いて普通の対応をしていれば、警察官がこのような接触をしてくる理由はありません。にもかかわらず、『突然の実力行使』『継続的な実力行使』『説得なしの実力行使』をしてきたら、その職質は違法である可能性が高い。そして違法な職質に対しては、自らの権利を守るため、徹底拒否・徹底抗戦すべきです。

 悲しいかな、どうしても組織には一定数の不良職員がいます。警察とて同様で、そういう警察官が違法な職質をすることはあるでしょう。しかし、そんな輩に対しては、市民がきちんとしたアクションを起こすことが警察組織自身のためにもなるでしょう」

 しかし普通の人であれば、たとえ横暴に思ったとしても徹底拒否・徹底抗戦するには相当な覚悟が必要だろう。そんな時、どうすればいいのか。これについては次回に譲ることとしよう。

古野まほろ
東京大学法学部卒業。リヨン第三大学法学部修士課程修了。学位授与機構より学士(文学)。警察庁I種警察官として警察署、警察本部、海外、警察庁等で勤務し、警察大学校主任教授にて退官。警察官僚として法学書の著書多数。作家として有栖川有栖・綾辻行人両氏に師事、小説の著書多数。

デイリー新潮編集部

2021年10月20日 掲載

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