眞子さまがICUではなく学習院大に通われていたなら…日本人の皇室観の揺らぎと密接に関係する問題

【眞子さまと小室圭氏あす入籍】「公より私を優先する姿勢」はICUでの教育が影響か

記事まとめ

  • 秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さんは10月26日に入籍する
  • 二人の結婚から、様々な問題提起が行われたが、その1つにICUへの進学がある
  • 眞子さまの「公より私を優先する姿勢」は、個人主義が横溢するICUで育まれたとも

眞子さまがICUではなく学習院大に通われていたなら…日本人の皇室観の揺らぎと密接に関係する問題

 秋篠宮家の長女・眞子さま(30)と小室圭さん(30)は10月26日に入籍し、会見に臨む。

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 10月2日、地方紙と共同通信のニュースサイト「47NEWS」は「眞子さま結婚へ 皇族減少の対策急務だ」の記事を配信した。

 内容は社説だ。眞子さまの降嫁により、更に皇族は1人減少してしまう。この状況を危機的なものと捉え、対策は急務だと訴えた内容になっている。

《眞子さまが皇籍を離れると未婚の女性皇族は5人に減り、公務の担い手不足は深刻さを増す》

《眞子さまの結婚で皇室は平成以降最少の17人となる。現行のままなら近い将来、秋篠宮家の長男悠仁さまと同年代の皇族が1人もいなくなる可能性がある》

 担当記者が言う。

「皇族の減少が大問題なのは社説の通りです。多くの国民も危機感を共有しています。更に、今回の結婚を巡って識者は、皇室に対する崇敬の念が薄れる可能性を憂慮しています。皇族は少なくなる、国民の支持も低下するとなっては看過できません。お二人の結婚から、今後の皇室のあり方について様々な問題提起が行われました」

■議論される「皇室の教育」


 その1つに「眞子さまが学習院大学ではなく、国際基督教大学(ICU)に進学されたこと」がある。

 この件については、皇族の教育に関わる問題ということもあり、全国紙やテレビなどの報道は慎重な姿勢を示している。

 他方、雑誌や夕刊紙といったメディアの報道は活発だ。小室家の金銭トラブルを追及した実績も、大きく影響を与えているだろう。その中から一部のタイトルをご紹介する。

▽《眞子さまはICUで小室圭さんに出会い、悠仁さまも…》秋篠宮家「学習院嫌い」の教育は正しかったのか?(文春オンライン:3月13日 ※朝霞保人氏の署名記事)

▽眞子さまはなぜICUを選ばれたのか 宮内庁の後悔先に立たず(日刊ゲンダイDIGITAL:5月23日)

▽特権を享受しながら自由を主張 学習院OGが秋篠宮家に抱いた印象(デイリー新潮:9月23日 ※註1)

■原点から違う両大学


 眞子さまと小室さんは、ICUの同級生だった。もし眞子さまが学習院に進んでいれば、2人が出遭わなかった可能性は高い。

 だが、メディアが問題提起しているのは、単純な“歴史のイフ”ではない。

「論点は眞子さまを巡る“公と私”の問題です。ICUは私立大学における最難関校の1つで、徹底した欧米流のリベラルアーツ教育で知られています。東京都三鷹市に広大なキャンパスを持ち、留学生や帰国子女も多いことから、『まるでアメリカの名門大学が日本に引っ越してきたようだ』とよく言われます」(同・記者)

 ICUが非常に評価の高い大学であることは言うまでもない。だが、皇族が高等教育を受ける場となると、異論も出てくる。

「学習院の前身は1847(弘化4)年、京都御所に設立された学習所です。第12代将軍・徳川家慶(1793〜1853)の治世でした。1884(明治17)年には宮内庁所轄の官立学校となり、敗戦まで皇族と華族の教育機関として機能してきました。ICUとは設立のきっかけも、その歴史も、大学としての社会的役割も、全く違います」(同・記者)


■「個」の重視


 ICUは戦後の1949年、日本とアメリカのキリスト教関係者が主導して誕生した。学生がキリスト教信者である必要はないとはいえ、欧米の宗教的な思想や文化がバックボーンになっているのは間違いない。

 今回の結婚で眞子さまは、反対する国民の声に配慮されるより、「30歳までに結婚する」というご自身の考えを重視したと受け止められている。

 そうした問題意識を持ってICUの公式サイトを閲覧してみると、欧米流の「個」を重視した記述に気づく。

《多彩な教育観がカリキュラムに反映され、構成員の各人が、文化的差異を超え、独立した人間としての人格的出会いを経験します》

《ICUでは人間の個としての発達、および社会における個人の権利という問題が献学以来重視されてきました》

「1946年、私立大学として再スタートした学習院大学の学長には、上皇さま(87)の教育係を務めたこともある旧制一高の元校長で哲学者の安倍能成(1883〜1966)が就任しました。その際、大学の特色として『国際的知識の養成、外国語の練熟と共に世界と国内との生きた現実の理解、さらに進んでは文化国家としての日本の遠大な理想たる東西文化の融合』を掲げました。国際性を重視している点はICUと同じですが、立ち位置はあくまで《日本》であり、目標は《東西の融合》なのです」(同・記者)


■今も残る伝統


 各界で活躍しているICUの卒業生を見ると、やはり英語が流暢な“国際人”の印象が強い。

 例えば、ソニーのシニアアドバイザーで前会長の平井一夫氏(60)とフリーキャスターのジョン・カビラ氏(62)は、共にICUのOBだ。

 2人はアメリカンスクール・イン・ジャパンからの同級生でもあり、ICUを卒業後、共に新卒でCBS・ソニーに入社した。率直に言って、学習院大学のOBには少ないタイプだろう。

 眞子さまの「公より私を優先する姿勢」は、ひょっとするとICUの自由闊達で欧米流の個人主義が横溢するキャンパスで育まれてしまったのではないか──これが各記事に共通する問題意識だ。

 皇室ジャーナリストの神田秀一氏は、2006年から15年まで学習院女子大学の非常勤講師を務めた。

「改めて申し上げますと、今の学習院は皇族や華族の教育機関ではありません。出願して入試に合格すれば、誰でも入学できます。ただ、私が勤務をスタートさせた時、関係者から『1868年の東京遷都から150年以上が経過しましたが、依然として京都には天皇家がお住まいになっておられた雰囲気が残っていると思います』と言われました。学習院は戦後、一般に開かれたとはいえ、かつての伝統はそう簡単には消えないというわけです」


■お茶の水附属中学の不祥事


 それから神田氏は「学習院の伝統」を様々な場面で感じ取ったというが、特に印象に残っているのは警備面だという。

「学習院大学も学習院女子大学も、キャンパスを歩くと『あそこなら私服の警察官が隠れやすいだろうな』という場所がいくつもありました。実際、不審者の情報共有などは徹底していました。皇族が通われたことで対応策が構築され、そのノウハウの積み重ねが、一般の学生を守るために活用されていました」

 学習院大学は危機管理の意識が高い。この一言に尽きるだろう。前出の記者も指摘する。

「警察関係者に取材したことがあるのですが、学習院大学のキャンパスはSPの導線が確保されているなど、警備に配慮した設計になっているそうです。一方、19年5月、悠仁さま(15)が通われるお茶の水女子大附属中学校に男が侵入し、悠仁さまの机に刃物を置くという事件が発生しました。発生当初から『学習院なら起きない不祥事』と言われていました」

 学校側が所轄の大塚警察署に通報したのは、事件発生から6時間以上が経過してからだった。この1点だけでも、危機意識の差はよく分かる。


■絶妙な“さじ加減”


「今の学習院大学に皇族の方は通われておりません。しかし、上皇さまや天皇陛下が学ばれた記憶を持つ職員は健在ですし、そのことについては教授も学生に、ことあるごとに言及しています。伝統は簡単に消えないだけでなく、学習院の中で伝統を残していこうという意識も高いのです」(同・神田氏)

 神田氏は記者として、学習院の初等科を取材した経験も持つ。その際、在学中の皇族への対応が強く印象に残ったという。

「皇族の方が登校されると、さりげない雰囲気ではあるのですが、校長や教頭がお出迎えに出るのです。普通の児童には、そのような“特別待遇”は行われませんでした。これ見よがしのVIP待遇ではないものの、全ての児童を平等に扱うわけでもないことが垣間見えました。そのさじ加減というのが絶妙で、『なるほどこれが伝統の力か』と感心したことがあります」

 前出の記者も「生徒側の意識も違うと聞きました」と明かす。

「学習院は小学校から大学まで整備されています。皇族だけでなく、旧華族といった関係の深い家の子弟は、学習院で一貫教育を受けました。こうした伝統により、普通の生徒にもいわば“耐性”のようなものがあるというのです。具体的には、『変に意識せず放っておく』、『相手が浮かないよう自然体で接する』よう同級生が振る舞うそうです」


■教育熱心が裏目!?


 だが、秋篠宮家が学習院に対して否定的な見解を持っているとは、これまでに何度も報道されてきた。

 佳子さま(26)に至っては、学習院大学を中退された。13年に学習院女子高等科から学習院大学文学部教育学科へ進学したにもかかわらず、翌年に中退。ICUに再入学した。

 デイリー新潮の記事(※註2)でも、宮内庁の担当記者が背景を解説している。

《「学習院にいる人間が“(秋篠宮さまには)一度も同窓会にいらしてもらえない”と話していたことがあるようです。逆に秋篠宮さまご自身も、学習院でご苦労をされたという思いがあり、良い印象を持たれていないと聞きました。そもそも大学については、学習院ではなく他の大学を希望されていました。しかし、父上である上皇さまの反対でその道を諦められ、学習院に進学されたということです」》

 神田氏も「結果論とはいえ、秋篠宮さまと紀子さまが非常に教育熱心だったことが裏目に出た。そう思っている国民も少なくないでしょう」と指摘する。


■問われる“皇室観”


「大日本帝国憲法下で天皇陛下は、司法権、立法権、行政権という統治権を総攬(そうらん)すると位置づけられていました。当時の日本人は確固たる皇室観を持ち、“新しい皇室のあり方”が議論されたことなど一度もありません。皇族と華族は学習院に通うのが当たり前だったのです。ところが戦後、日本国憲法で新しい皇室がスタートしました。今では世論の多様化に伴い、“求められる皇室像”も国民によって大きく変わるようになりました」(同・神田氏)

 眞子さまは学習院大学に進学せず、ICUを選んだ。どちらも優秀な大学であるのは間違いない。単純な選択の問題だと考える向きもあるだろう。だが神田氏によると、そこには“皇室観の揺らぎ”が垣間見えるという。

「戦後の皇室を巡る法整備は、混乱期ということもありスピードを重視したのは否定できません。敗戦から70年以上が経過し、皇室典範などが制度疲労を起こしているのは明白です。『眞子さまはICUではなく学習院大学に通うべきではなかったのか』という疑問は、『令和の時代にどんな皇室がふさわしいのか』、『皇室の方々の“自由”をどこまで認めるか』、『皇族の“公と私”の問題をどう折り合いをつけていただくか』という大テーマと、実は密接に関わっているのです」

註1:ライブドアニュースにおけるタイトル。デイリー新潮のタイトルは「『私とお姉ちゃんは生まれた時から皇室しか知らない』 佳子さまが紀子さまとの口論で漏らした不満」

註2:「眞子さまはなぜ学習院大に進学されなかったのか? 秋篠宮さま時代からの“因縁”という声」(2021年6月8日)

デイリー新潮取材班

2021年10月25日 掲載

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