元公安警察官は見た ピアノ女性講師から突然110番通報された某国駐日大使の受難

 日本の公安警察は、アメリカのCIAやFBIのように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を17年務め、数年前に退職。この9月『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、日本人女性とトラブルになり、110番通報された大使について聞いた。

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 日本に滞在する外交官もたまにはハメを外すことがあるが、そこで思わぬ災難に遭うことも……。今回ご紹介するのは、某国の駐日大使の話である。

「警視庁の公館連絡担当班のデスクに管轄署員(警察官)から連絡が入りました」

 と語るのは、勝丸氏。当時、外事1課の公館連絡担当班に所属していた同氏は、大使館や総領事館との連絡・調整を主な任務とし、日頃から各国の外交官と接触していた。

「警察官の話では、『変な外国人が家に入ってきて、出て行ってくれない』と女性から110番通報があったそうです。緊急事態と判断し、現場へ急行したところ、態度が横柄な外国人男性がいたといいます。女性は取り乱していて話は要領を得ないし、男性は日本語をまったくしゃべれないとのことでした」


■背筋が寒くなった


 警察官は、男をパトカーに乗せて署に連行した。

「住居侵入の容疑者なので、刑事課の取調室に入れたところ、『ディプロマット アンバサダー』と言いだしたそうです。ディプロマットは外交官で、アンバサダーは大使の意味です。私はそれを聞いて、『しまった』と思いました」

 公館連絡担当班では、現場に出る警察官に外交官の扱い方、やっていいことといけないことを理解してもらうために、定期的に各警察署を巡回してレクチャーしていた。

「この時、男性を連行した警察署の管内には外交官の家がないこともあり、指導対象から漏れていました」

 男性は、パスポートも身分証も持っていなかったという。

「そこで男性は国名をあげたそうですが、警察官に風貌を尋ねたところ、『額にしわがあって、白髪チリチリで……』と言うのです。一瞬言葉が出ませんでした。なんと面識のある大使だったのです」

 勝丸氏は、警察官に警視庁の通訳センターに電話をさせて、通訳を交えて話すよう指示した。

「私は『大使、今、応接室が空きましたので、そちらに移動していただきます』と通訳に話してもらうように警察官に伝えました。大使を取調室に入れると、容疑者として身柄を拘束したのと同じことになるため問題になります」

 すぐに応接室に移動させ、勝丸氏と大使に電話で出すことにした。大使は、

「おお、ミスター・カツマル、助けてくれ!」

 と語った。

■指一本触れていない


「私は『大使、いったい何があったんですか?』と聞きましたが、よくわからないということでした。女性がいきなり錯乱した。そうとしか言いようがないと。大使は『女性に指一本触れていないと』と強調していました」(勝丸氏)

 勝丸氏は、改めて大使に女性の家に行った経緯を聞いてみた。

「大使は夫人を伴って東京に赴任していましたが、夫人が一時帰国した折に、魔がさしたようです。ピアノの先生をしている40代独身女性の家に招かれて、一人でノコノコ出掛けたのです。どうやら下心があったみたいです」

 女性は、手料理を振る舞ったという。

「食事中は、いい雰囲気だったそうです。ところが、なにか意見の食い違いがあったようで、女性は急に興奮して叫び出したといいます。大使が茫然としていると、女性が110番通報されてしまったといいます」

 勝丸氏は、大使に警察に通報があった以上、この件はうやむやにはできないと伝えた。

「大使に『捜査に協力していただく必要があります。なにがあったのか警察官に説明して、調書を作成させていただかないと、この件は終わりにできません』と伝えました。しかし、『それは面倒だな……』と言って調書の作成を渋りました」

 大使が渋ったのは、このことが夫人に知られるのを恐れたからだった。結局、大使は後日、調書作成に応じることになった。勝丸氏は、都内のホテルで大使と会ったという。

「大使から、携帯電話の番号が書かれたメモを渡されました。大使は『妻にだけは知られたくはないんだ。この件に関する連絡はこちらの携帯にかけるようにしてくれ。絶対に大使館の受付にはかけないように』と念を押されました」

 その後、110番した女性を調べたところ、意外な事実が判明した。

「女性は、精神を患っていました。だからいきなり興奮して警察沙汰にしたのでしょう。女性は『何があったのか言いたくない』と話すだけでした。結局、被害届も提出しないと言明したので、一件落着となりました」

デイリー新潮取材班

2021年10月25日 掲載

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