伝説の「地獄のバイト先」は思いのほか楽だった 経験者が語る実態(中川淳一郎)

伝説の「地獄のバイト先」は思いのほか楽だった 経験者が語る実態(中川淳一郎)

イラスト・まんきつ

 先日佐賀県唐津市から東京に出稼ぎに来ましたが、その際、本誌(「週刊新潮」)編集担当・F氏とS氏と焼肉を食べに行きました。実に美味で、楽しい時間を過ごしましたが、その中で盛り上がったのが「共通のバイト経験」です。

 なんと、F氏と私は同じパン工場でバイトをした経験を持っていたのです。「ガクト」と呼ばれる組織が東京の落合にあり、そこに求人を見に行ったとF氏は言っていたのですが、私は自分の通う大学の掲示板でその求人を見ていました。「ガクト」は在学中、何なのか分からず我々の間では「学徒動員」のことなのか?と言っていました。その中で「恐怖のバイト」「一度行ったらもう今後行きたくない」と1年生から4年生まで伝説となっていたのがそのパン工場と某印刷会社でした。

 しかし、現金でとっ払いをしてくれる、と重宝される存在だったのは事実です。そのパン工場は18時から翌6時までの勤務で、途中1時間の食事休憩がありました。そして、終わった時に1万2千円を現金でもらえる。1993年に時給1091円です!

 事前に経験者から聞いていたのは「とにかく単純作業が続いて絶望的な気持ちになる」。ただ、1時間に1回、ラインを代えてくれるんですよね。ひたすらマドレーヌの銀紙的な型をラインに乗せる作業をしたら、焼かれてきたメロンパンを別のラインに移す、といった作業をすることにより、「飽き」を回避させてくれました。しかも深夜2時頃に食べた夜食の鮭の塩焼きはおいしかったですし、帰る時はパンを持ち帰り放題でした。

 そういった意味で、カネとタダメシが欲しいだけの大学生にとってはいいバイトだったのですが、ある日、世論調査のバイトをしたんですよ。このパン工場の立地市内が対象で、いろいろなお宅を訪れるのですが、なんと、訪れた家が夫妻でこのパン工場で働いている人でした。「いやぁ、二人で稼げて有難いです!」なんて言っていました。

 だから、別に「恐怖のバイト」的な扱いはしないでいいのに、本当に学生軍団はビビりまくっていた。そんなバイトについてF氏が教えてくれたのが、とあるライフハックです。

「キツい作業をしたくない場合は、ケガなんてしていないのに指先に包帯を巻いておくんですよ」

 一体何かといえば、どうやら包帯を巻いていると不潔だと思われ、食品を扱う重労働には従事せず、段ボールを取り出す等のラクな作業の担当に入れられるようなのです。

 私は何度か当座必要なカネを稼ぐためにこのバイトはしましたが、この技は知らなかった。とはいってもなんだかんだでこの工場近くでのバイトは続け、別の世論調査バイトで、さまざまな家を訪れたのですが、妙にセクシーな30代前半と思しき女性に会った時、「私ね、夫が運送業で家にいなくて欲求不満なの! アンタと今からエロしてもいいと思ってるのよ!」なんて言われました。さすがにウブな20歳、丁重に断ったのですが、世論調査の回答票を回収に行った時は夫も家にいて「うふっ、今日は楽しいわよ。アンタ、ちゃんと私、書いたからね」と彼女はラブラブモードでした。バイト経験は重要っすよね。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

「週刊新潮」2021年10月28日号 掲載

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