なぜ妻は突然、その日暮らしの「バツ3男」と逃げたのか……エリート商社マンが今だから語れる“反省と感謝”

なぜ妻は突然、その日暮らしの「バツ3男」と逃げたのか……エリート商社マンが今だから語れる“反省と感謝”

なぜ妻は豊かな暮らしを捨て、その日暮らしの男のもとへ行ってしまったのか(※写真はイメージ)

「裏切りやがって!」。妻がいきなり男と逃げた。その事実を知ったとき、曽我大作さん(仮名・48歳)は、当たり前だが怒りに震えた。後からわかったことだが、相手は定職に就かず、その日暮らしで生き続けてきた男。3回の離婚歴までついていた。某一流国立大卒で大手商社に勤める大作さんとは、比べる価値もない男だ。なぜ妻は、そんな男を選んだのか――。(ライター・上條まゆみ)

 ***


■周囲に祝福された結婚


 妻が出て行ってから6年の月日が経ち、いまは落ち着いて振り返るようになったという大作さん。都内の居酒屋でビールの大ジョッキを片手に、離婚までの顛末を淡々と語り始めた。

「おおらかで、いつもニコニコしている妻を好きになったんです」

 大作さんが妻と知り合ったのは、転勤でしばらく赴任していた地方都市。同僚に、地元の同級生を紹介された。当時、大作さん32歳、妻26歳。友だち付き合いから恋愛に発展した。

 その後、大作さんは東京に戻り、1年半ほど遠距離恋愛を続けてから結婚した。向こうの両親は、田舎育ちで学歴も普通、人並外れたところもない娘が、東京のエリート男性と結ばれたと大喜び。大作さんの両親も、30代半ばの息子に伴侶ができたことに安堵している様子だった。

「『よかったねえ』と親族や友人から祝福されての結婚で、妻もまんざらではなかったと思います。少なくとも、あの頃は」

 結婚後は、東京の下町にある社宅に住んだ。気さくな人が多い土地柄で、妻はすぐに溶け込んだ。

「ママ友もたくさんできて、子育てを頑張ってくれていました。一方、私は残業が月に100時間を超えるほど忙しかった時期。妻に家庭を任せ、私は仕事に集中するというライフスタイルに、まったく疑問も持っていなかった」


■海外赴任から帰国後に変わり始めた妻


 数年後、大作さんはシンガポールに赴任することになり、妻子も帯同。3年間を過ごした。

「向こうは日本ほど忙しくなかった。仕事に対する考え方が日本とは違っていて、無駄な残業をすることが評価につながらないのです。短時間でピシッと仕事を終わらせるようになり、家族と過ごす時間が増えました。妻も英語の勉強をしたり、料理を習いに行ったり、“駐妻”生活を楽しんでいたと思います。思えば、ここまでが家庭円満な時代でした」

 帰国後、大作さん夫婦は、東京都心のタワーマンションに住むことにした。駐在中の知り合いから、ちょうど空きが出たと教えられたからだ。

「シンガポールでの3年間で社交性が身についてきた時期だったし、ゲストルームが充実している環境は魅力的だと思って夫婦で決めたんです」

 だが、円満だった夫婦関係の歯車が、そこから少しずつ狂い出していく。子どもは元気に通学していたが、妻はそのマンションの他人行儀な雰囲気にうまく馴染めないようだった。塞ぎがちになり、子どもの学校行事なども行き渋るように。大作さんが一人で土曜参観に出向いたとき、まわりのママたちから「曽我さんの奥さん、あまりしゃべらないよね」などと言われて、大作さんは「あれ?」と思った。

「人付き合いは得意なほうだったのにな、と。このとき危機感をもっていれば……。思い出してみると、いくつもサインは出ていたんですよね」


■家の中がゴミ屋敷に


 読書などにはあまり興味を示さなかった妻が、自己啓発本を読み漁るようになった。怪しげなセミナーなどにも通い始めた。

「私はそういうのは、胡散臭いと感じるタイプです。あるとき見るに見かねて、『お金もかかるしやめてほしい』とハッキリ言いました。すると妻は『あなたは何にもわかってくれない』と、すごく不機嫌になってしまい‥‥」

 そんな衝突もあって、妻がネットを見る時間が急激に増えていったという。やがて大作さんを邪険に扱うようになり、家の中がみるみる荒れていった。

「次第に家の中がゴミ屋敷のようになってしまったんです。掃除好きで、お菓子づくりが趣味だったはずの妻が、ごはんも惣菜が買ってあればましなくらいに。まったく家事をしなくなってしまったのです」

 それでも大作さんは、見て見ぬふりをしていた。海外駐在を経験し、ステップアップできたと感じていた時期だったので、余計なことを考えたくなかったのだ。

「サラリーマン社会にどっぷり浸かっていたんです。出世のためなら、すべての時間を捧げることも厭わないみたいな世界に生きていました。仕事ができることはもちろん、付き合いがよくて、立ち回りが器用で、女性にモテることがステイタス。いかに男社会で上に立つかで頭がいっぱいで、家庭のことは二の次だった。私としては、きちんと稼いで、妻や子どもにいい暮らしをさせて、それで義務を果たしているつもりだったんです」


■「DVが自覚できないような男のところには戻らない」


 妻が家を出たのは、子どもが春休みに入ってすぐのある日。駐在から帰国して、ちょうど1年が過ぎていた。

「その日も同僚と飲んで、深夜に帰宅したら、家の中が真っ暗。妻と子どものものがなくなっていました。どこに行ったのか見当もつかない。愕然としていたら、2日目に妻から電話がかかってきました」

「DVを自覚できていない人のところには戻らない。そういうことだから、よろしく」。人が変わったような妻の声に、大作さんはぎょっとした。その後、手がかりを求めて家中を探し回っていると、タバコを吸わないはずの妻のバッグからライターが見つかった。

「妻に男がいたことに、このとき初めて気づきました」

 おそらくはインターネット上で知り合ったのだろう。探偵を使って探ったところ、郊外のアパートで妻と子どもが男性と同居している証拠が集まった。妻の通話履歴からは、数ヶ月前から同じ番号の相手と毎日のように長電話をしていることも判明。深夜に長電話していたこともわかった。そんなに広い家ではないから、妻は大作さんが寝てから玄関の外に出て、電話をしていたのだと思われる。

 怒りが込み上げる一方で、大作さんは虚脱感に見舞われた。

「ひとつ屋根の下で暮らしている妻が、夜中に男と電話をしていることにも気づかないほど、私は妻に無関心だったということです……」


■探偵が撮った写真


 探偵の調べによると、その男性は不定期の日雇い労働者で趣味はパチンコという、大作さんとは対照的なプロフィールの持ち主だった。なぜ妻は、よりによってそんな男に入れ上げたのか。

「探偵からの報告によると、その男は派手なアクセサリーを身につけ、粗野で乱暴な感じでした。でも、とにかく妻のことをとても尊重している様子だったと言うのです。妻が出かけるとき、アパートの前まで出てきて手を振ってくれるんだとか」

 探偵が撮ってきた写真に収まる妻の満たされた表情が、大作さんの胸をえぐった。

 そして、妻子を尊重してきたつもりだったが、実はそうではなかったことに気づいたというのだ。思い返してみると、旅行先やレストランでのメニュー選びのように小さなことから、家族のあり方にかかわる大きなことまで、大作さんが決定権を握っていた。

「妻の意見も聞いた上で決めていたつもりでした。でも、妻にしてみたら『結局、自分がしたいようにするんじゃん』って思っていたような気がします。年齢も私のほうが5つも上だし、情報収集力や判断力も私のほうが優っていたので、家庭内の力関係では明らかに私が強かった。パワーコントロールをきかせていたという自覚が、いまはあります」


■上司から誘われたゴルフ


 営業という仕事柄か、大作さんは人当たりがよいが押しも強い。そして、頭のよさを感じさせる話し方をする。快活な声で理路整然と「こういう理由で、これがいいよね」「だから、こうすべきだよね」などと言われたら、異を唱えるのはむずかしかったのかもしれない。妻からすれば、精神的DVを受けていると感じたのであろう。

 とはいえ、不倫した挙句、子どもを連れて勝手に家を出て、他の男性と暮らしているのだ。怒りを引きずっていてもおかしくなさそうなのだが、大作さんは「いまは妻に感謝している」と言うのである。きっかけは「上司からのゴルフの誘い」であった。

「妻が家出をした直後だったので、『家庭の事情で』と断ったのです。上司の誘いを断るなんて、会社に入って初めてのことでした。そうしたら二度と誘われなくなってしまい……。出世コースから明らかに外されてしまったと焦る一方で、こんなことで評価が下げられてしまうような会社に自分は人生を賭けていたのかと情けない気持ちになってしまったのです」

 これまで培ってきた自分の価値観を少しずつ疑い始めた。

「いい学校を出て、いい会社に入って出世して、ということに何の魅力も感じなくなりました。それより、人としてどう生きるかが大事じゃないかと。もっと自由に、もっと自分らしく生きていこうと、会社勤めの傍ら副業を始めました」


■妻の生き方から教えられたこと


 妻は、商社マンの妻というステイタスをあっさり捨てた。不倫という乱暴な手段ではあったけれども、自分の殻をこじ開けて自由奔放に生きている。そんな妻を「ワイルドじゃないか」と思えるようになった。手に職もなく、相手の男性に収入があるわけでもなく、東京に身内もいない妻が、何もかもをぶっ壊して、自分らしく生きる道を選択した。たしかに、ロックな生き方だ。

 正式に離婚が成立したのは2年前。養育費は月に十数万円で払っている。子どもとは定期的に会えており、父子関係は良好だ。

「子どものことで妻とやりとりすることもあるんですが、妻は結婚していたときには考えられないほどはっきり自己主張するんです。隠し事がない気持ちいい関係になったなと思っています」

 見せかけだけきちんとしている関係性には価値がない。会社一辺倒の人生ではなく、自由でのびやかな人生を送るきっかけを与えてくれた妻を、大作さんはいま心からリスペクトしている。

上條まゆみ(かみじょう・まゆみ)
ライター。東京都生まれ。大学卒業後、会社員を経てライターとして活動。教育・保育・女性のライフスタイル等、幅広いテーマでインタビューやルポを手がける。近年は、結婚・離婚・再婚・子育て等、家族の問題にフォーカス。現代ビジネスで『子どものいる離婚』、サイゾーウーマンで『2回目だからこそのしあわせ〜わたしたちの再婚物語』を連載中。

デイリー新潮取材班編集

2021年11月9日 掲載

関連記事(外部サイト)