模倣犯も生んだ「京王線事件」 いつまで「防犯カメラ運用は慎重に」を繰り返すのか

 走る電車の車中で暴漢が刃物を用いて乗客を刺し、さらに火を放ったいわゆる「京王線事件」は、8日には九州新幹線に放火する模倣犯まで生んでしまった。もともと京王線事件の犯人も、小田急線で起きた事件を参考にしており、一連の事件は不特定多数が利用する公共交通機関のもろさを示していると言えるだろう。

 交通機関の安全性を高めるにはどうすればいいのかは重要なテーマだ。新聞、テレビ等では、今後の対策、防止策が議論されることが多い。朝日新聞は社説(「京王線事件 想定尽くして安全図れ」11月4日付)で、次のように述べている。

「こうした事件の発生をいち早く覚知する有効な手段が、車内の防犯カメラだ。だが設置状況は鉄道会社によってまちまちで、今回の車両にはなかった。導入済みの会社は、乗客のプライバシーに配慮し、運行を見守る指令所に限って見られるようにするなどしている。これも適切なルール作りが必要だ」

 異論の挟みようも無い正論なのだが、一読して違和感を抱いた読者もいるのではないだろうか。

 というのも、朝日、読売、毎日といった大手新聞はわずか2カ月ほど前、鉄道会社であるJR東日本の防犯カメラを巡って、同社に対して批判的な記事を揃って掲載していたのである。


■JR東日本の「防犯カメラ設置」を巡る新聞報道


 発端は、9月21日の読売新聞記事「駅防犯 『顔』カメラ検知 JR東 一部出所者も対象 過去 駅構内で重大犯罪」だった。

「JR東日本が7月から、顔認識カメラを使って、刑務所からの出所者と仮出所者の一部を駅構内などで検知する防犯対策を実施していることが、わかった。必要に応じて手荷物検査を行うとしている。刑期を終えた人らの行動が監視、制限される可能性があり、議論を呼びそうだ」

 こんな書き出しで始まる記事の概要は、以下の通り。

 JR東日本は、防犯対策として今年7月から以下のような対象を顔認識カメラで検出する試みを始めていた。

「(1)過去にJR東の駅構内などで重大犯罪を犯し、服役した人(出所者や仮出所者)

(2)指名手配中の容疑者

(3)うろつくなどの不審な行動をとった人」

 こうした人が検出された場合、「不審者や指名手配者も含め、対象者を検知した際は、警備員が目視で顔を確認したうえで、必要に応じて警察に通報したり、手荷物を検査したりする」ことで犯罪を未然に防ごう、という考えだという。

 こうした試みは欧州でも進められているが、日本ではルールが整備されていないので、プライバシーや差別防止の観点から危惧がある、といったJR東日本に批判的なニュアンスのコメントが読売の記事には添えられている。

 この報道を受けて、朝日、毎日も後追い記事を掲載する。毎日新聞は社説(10月14日付)で、

「市民のプライバシーが侵害され、監視社会につながる恐れがある。人々の行動を萎縮させかねない」

「日本では、きちんとした議論がなされていない。社会の安全を守るという理由なら、顔認識技術の利用は許容されるのか。まずは立ち止まって考える時だ」

 と従来のイメージ通りの主張を展開した。

 結局、JR東日本は読売新聞の記事が出た直後に「社会的合意」が無いことを理由に、このシステムの運用の一部を止めた。

 もちろん、防犯カメラや監視カメラの悪用は許されないことだが、大新聞に象徴されるメディアは、常に「ルールが定まっていない」ことを挙げては、導入の動きを牽制してきた、というのが実態だろう。

 京王線事件のようなことが起きると、鉄道会社や行政に「対策」を求めるのだが、同時に「防犯カメラ」への懸念を持ち出す、というのはこれまでにも繰り返されてきた構図である。防犯カメラ導入のメリットとデメリットを正確に比較するよりも、「監視社会」に警鐘を鳴らす、というのがこの種の社説の定番である。

■「犯罪にあわない権利」


 2009年に刊行された、元警察庁官僚の後藤啓二氏の著書『日本の治安』からは、新聞に顕著なこの種の主張へのいら立ちが垣間見える文章がある。引用してみよう。

「犯罪発生の危険の高い道路や公園に防犯カメラを設置しようとすると、『監視社会の到来』『プライバシーの侵害』という反論がすぐに出される。しかし、公共の場所、そもそも衆人環視の空間にカメラがあることが許されないという主張はどうにも説得力に欠ける。

 たとえば、国内でもっともはやく(01年)にスーパー防犯灯(カメラと警察への緊急通報装置がついた街路灯のこと)が設置された東大阪市の布施駅前では、2年間でひったくりが46パーセント、自動車盗が49パーセント、総数で26パーセントも街頭犯罪が減った。(略)

 防犯カメラを必要な場所に設置することは、平穏な市民生活を『侵害』するものではなく『守る』ものである。『犯罪にあわない権利』を有する国民が安全な住環境を求めるのは当然であり、それを守るのは国や自治体の責務である」

 鉄道、駅も公共の場所である点に異議を唱える人はいない。そして「犯罪にあわない権利」を持つ国民の多くは、「ルール作り」云々といった段階で議論が止まることを望んでいないだろう。

 京王線事件を経た今なお、JR東日本が運用しようとしていたシステムに「社会的合意」は得られていないのだろうか。

デイリー新潮編集部

2021年11月10日 掲載

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