元公安警察官は見た 「國松長官狙撃事件」で公安部と刑事部が対立、その結果起きたこと

 日本の公安警察は、アメリカのCIAやFBIのように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を17年務め、数年前に退職。この9月『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、公安部と刑事部の対立について聞いた。

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 公安警察と刑事警察は不仲とされる。これは昔から言われていることで、捜査一課の刑事と公安が対立するシーンは映画やドラマでもよく描かれる。

「実際、仲は良くありません。特に刑事警察は、公安に対して一方的に反感を抱く傾向にあります」

 と語るのは、勝丸氏。

「叩き上げの刑事の中には、公安に対して『あいつら適当に時間を潰して遊んでやがる』と的外れな批判をする人もいます。『スパイなんて大袈裟に騒いでいるけど、会社の情報を売っているただのコソ泥を捕まえるために大層なことしやがって』などと言う人さえいます」


■捜査に対する考え方が根本的に違う


 なぜ、公安と警察は仲が悪いのか。

「捜査に対する考え方が根本的に違うからです。公安は、事件が起こる前に未然に防ぐことを目的とします。それが防犯に繋がると。ところが刑事警察は、起こった事件を捜査して犯人を逮捕する。悪人を社会から取り除くのです。犯人に刑を負わせれば、それが犯罪の抑止力に繋がると考えています」

 そのため公安は事件を解決したという実績が残りにくいという。

「公安の仕事は、数字として表れないので刑事から見れば半ば遊んでいるように見えるんでしょうね。公安と刑事警察の対立による弊害が最も鮮明になったのが、1995年3月に起きた『國松孝次警察庁長官狙撃事件』でした」

 オウム真理教による地下鉄サリン事件の10日後の3月30日に起きた。午前8時31分頃、國松長官が東京・荒川区の自宅マンションを出たところ、黒っぽいレインコートに白いマスクをした男が拳銃を4回発砲、うち3発が腹部に当たり瀕死の重傷を負った。

「殺人未遂事件ですから、本来なら刑事警察の領域となります。しかし、犯人がオウム信者の可能性があったので、公安の捜査対象にもなりました」

 射撃犯として、すぐにオウム信者の平田信の名前が上がった。一方、公安では、警視庁の元巡査長だった人物の名前が浮上したという。

「オウムは、狙った土地の所有者を監禁し土地の権利書を奪う事件を何度も起こしているのですが、公安が強制捜査を行った時、押収した書類の中に信者の名簿があったのです。そこには、結構な数の自衛官と数名の警察官の名前がありました。そして元巡査長の名前も確認されました」

 公安部で、名簿にあった警察官を尾行したところ、元巡査長が活発な信者であることがわかったという。

■公安だけで事件を解決


「そこで、公安で元巡査長の事情聴取を行ったところ、國松長官を撃った、拳銃は神田川に捨てたと自供したのです。この情報は、公安内部だけに留め、警視庁刑事部や警察庁とは共有しませんでした。公安の捜査だけで事件を解決に導こうとしたわけです。これで捜査がおかしな方向へ行ってしまった。途中で捜査を止めることもできませんでした」

 実際、公安部は警察庁や警視庁刑事部に元巡査長の供述を5カ月間報告しなかったという。

「元巡査長の供述は矛盾が多かった。供述も二転三転として、証拠固めが困難となりました。最初から刑事部と情報を共有していれば、結果は違ったものになったかもしれません。公安はスパイの尾行や監視、資料の分析などを得意としますが、事情聴取や実況見分、鑑識は刑事部のように場数を踏んでいませんからね」

 事件発生から数年後、刑事部と公安部で異例の人事異動があったという。

「公安の資料分析担当者が何人も刑事部へ行きました。逆に公安は、刑事部の事情聴取担当者や鑑識担当者を引き抜いたのです。刑事部へ異動となった元公安の知り合いに連絡をすると、オウムのサティアンから押収した大量の薬品や資料を分析しているとのことでした。押収品の中には極めて重要な書類もあったそうですが、その情報は正式には公安に報告されませんでした。刑事部も公安と同様、情報を共有したくなかったのです」

 結局、刑事部と公安部の縄張り争いが続き、2010年3月に事件は公訴時効を迎えてしまった。

「時効になった時、青木五郎公安部長が記者会見を行って、この事件がオウムの信者による組織的なテロリズムであるとの見解を示しました。結局、教団から訴えられて損害賠償を払うことになってしまった。なぜ、あんな踏み込んだ発言をしてしまったのか、理解に苦しみます」

 勝丸氏は、刑事と公安は絶対に協力関係を築くべきだと言う。

「才能ある刑事や優秀な公安捜査官は、うまく情報交換を行っています。身内で争っている場合ではないのです」

デイリー新潮編集部

2021年11月16日 掲載

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