ノイズキャンセリングでリスクが増加 電車内の凶悪犯罪から身を護るために必要なことは

ノイズキャンセリングでリスクが増加 電車内の凶悪犯罪から身を護るために必要なことは

提供 @siz33

 コロナ禍が落ち着きはじめ通勤電車に揺られる機会も増えた。休日は紅葉狩りに出掛けてみようか。そんな、ようやく戻ってきた日常を脅かす事件が続いている。だが、恐れるばかりでは凶悪犯の思う壺。専門家が提唱する自衛策を、今日からさっそく実践してみよう。

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「京王線で火をつけた事件を真似しようと思った」

 そう供述した福岡県在住の職業不詳・三宅潔容疑者(69)は、11月8日に現住建造物等放火未遂の疑いで熊本県警に逮捕された。

 この日、三宅容疑者は熊本県内を走行中の九州新幹線「さくら401号」の車内で火災を起こそうと、床に液体をまきライターで火をつけた。幸いにも乗り合わせていたJR九州の社員が三宅容疑者を取り押さえ、駆け付けた車掌が消火作業を行い怪我人は出なかった。

 これにて一件落着と安心できないのは、三宅容疑者が動機として挙げたのが、10月31日に東京都内で発生した「京王線無差別刺傷事件」だったからだ。この事件で逮捕された服部恭太容疑者(24)は、70代の男性乗客を刺して重体に陥らせ、車内に放火して計17名の乗客を負傷させた。今年8月に発生した小田急線の無差別刺傷事件を参考にしたと話し、彼もまた模倣犯だったことを告白したのだ。

 いったい負の連鎖はどこまで続くのか。京王線の事件発生からわずか1週間で、九州新幹線以外の鉄道でも類似事件が次々に起きていたのだ。

 11月6日には東京メトロ東西線の車内で、50代の男が千枚通しで車内の乗客を脅す事件が発生。翌7日にはJR京浜東北線の車内に“刃物を振りまわしている男がいる”との通報を受けて警官が南浦和駅に出動。結局、犯人は見つからず愉快犯の仕業と思われるが、ダイヤが大幅に乱れた。

 これを機に、鉄道も空港のような手荷物検査を行う必要があるのではないか。そうした議論も起きているが、海外の鉄道事情に詳しいジャーナリストによれば、

「欧米の主要駅ではテロ対策でマシンガンを持った警官を配置し、乗客の手荷物の抜き打ち検査を行うなど警戒を強化しています。イギリスと欧州を結ぶ高速列車『ユーロスター』では、乗客全員の手荷物検査を実施。発車時刻の40分前には駅にいないと乗れません。インドや中東などテロが頻発する地域の鉄道も同様の仕組みを導入していますが、もっとも厳格なのは中国で、高速鉄道はもとより北京や上海などの地下鉄でもX線を使った機器で手荷物検査をしています」


■防犯対策を犠牲に成立している利便性


 日本はといえば、今年7月にようやく国土交通省が規則を改訂。鉄道事業者が乗客の手荷物を独自に検査できることになったが、鉄道会社は検査に前向きでない。

「諸外国と比べて日本の鉄道は分刻みの過密ダイヤで運行され、乗客数も圧倒的に多い中で手荷物検査を行うのは物理的に困難です」

 と指摘するのは、テロ対策に詳しい公共政策調査会の板橋功研究センター長だ。

「たとえば首都圏の駅では少しでも電車の運行が止まれば、ホームや駅外にまで人が溢れて行列になります。現実問題、多くの駅は手荷物検査を行うスペースの余裕も乏しく、仮に朝の通勤時間帯で実施すれば、人の流れが滞って電車に乗るまで1時間以上かかるなんてことになりかねません」

 元埼玉県警捜査1課警部補で、一般社団法人スクールポリス理事の佐々木成三氏は、

「日本の電車の高い利便性は、裏を返せば手荷物検査などの防犯対策を犠牲にしているからこそ成立しているとも言えます。近頃、頻発している電車内での凶悪犯罪は、そのような弱点を突かれており、残念ながら日本の鉄道における“安全神話”は崩壊したと言っていいでしょう」


■脳内シミュレーションの重要性


 では、人々の命を弄ぶ凶悪犯から、我が身を護る術はないのだろうか。

 再び佐々木氏に聞くと、

「あらゆる手段を使いテロを起こそうとする凶悪犯に対しては、どれだけ対策を講じても防ぎようがありません。ならば我々がすべきは、いざ事件に遭遇した際にどう行動するのかを頭の中でシミュレーションしておくこと。電車に乗ったら、乗務員に異常を知らせる『非常通報ボタン』や、閉じ込められても手動で扉を開けられる『非常用ドアコック』が、車内のどこに備え付けられているかを把握しておくことが大切です」

 これらの“命綱”は同じ鉄道会社でも路線や車両のタイプ毎に異なるから、平時から車内に入ったら周囲をよく観察しておきたい。

 冒頭の事件で被害に遭ったJR九州の広報担当者も、

「車内で身の危険を感じたら『非常ブザー』を鳴らして乗務員に知らせて下さい。新幹線のシートの座面は取り外しが可能で、凶器を突き付けられたら盾のようにして身を護ることもできます。状況によっては鍵のかかるトイレに逃げ込むなど、臨機応変に対応していただければと思います」

 通勤電車の長いシートも非常時は外せて担架や車外脱出用の梯子代わりになる。

 加えて、無差別事件の犯人は、自分より力の弱い女性や子供、老人を襲う傾向にあるとされており、周囲に無警戒ならば一層リスクは高まるといえよう。


■ノイズキャンセリングのリスク


 実際、前述した小田急線の事件では、最初に被害に遭った女子大生はスマホに目を奪われていて、刺されるまで犯人の存在に気づかなかったと述べている。事件後に容疑者は“電車内は皆が油断しているから大量に人を殺せると思った”とまで言い放ったのである。

 改めて板橋氏に聞くと、

「電車内では周囲に不審者がいないか見渡すなど、最低限の注意を払い続けることが必要です。もし凶悪犯に遭遇してしまったら、早く逃げることしか対策はないと思った方がいいでしょう。そうした意味では、移動中にスマホで音楽やゲームを楽しむためにノイズキャンセリング機能のあるイヤホンを装着するのはリスクが高い。たった10秒でも異変に気づくのが遅れれば、逃げるタイミングを逸して生死にかかわる事態に繋がってしまいます」

 死神は我々の心の隙を狙っていると肝に銘じたい。

「週刊新潮」2021年11月18日号 掲載

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