日本人に迫る「中国」の脅威 岸田首相が会見で触れなかったキーワード「CBDC」とは?

 11月10日、総選挙後の首班指名を受けて第101代総理大臣となった岸田首相の記者会見が行われたが、その中で、「出て来るか……」と一部でささやかれながら、結局出てこなかったキーワードがある。会見では首相肝いりの「デジタル田園都市国家構想」にからんで、“デジタル”の言葉はさんざん連呼されたし、さらにいえば安全保障にもつながるテーマである。にもかかわらず、一度たりとも触れられることはなかった。

 そのキーワードとは――すなわち「中央銀行デジタル通貨」だ。


■全世界を揺るがしかねないデジタル通貨を巡る闘いの構図


 中央銀行デジタル通貨(=Central Bank Digital Currency/CBDC)というのは、目下、世界各国で試験運用が進められている、あらたな通貨の仕組みだ。

 デジタル通貨といえば、すぐにビットコインを想起してしまいがちだが、これは全く違うもので、運用はその名が示すように「中央銀行」が行うものだ。したがって、投機とかマイニングといった、一部の限られた人を対象にしたものではない。システムが稼働すれば、すべての国民がその対象になるし、場合によっては国境をまたいで他国のデジタル通貨が私たちの生活に強い影響を及ぼすかもしれないのだ。

 経済学者の野口悠紀雄氏は新著『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』のなかでこのCBDCの重要性を次のように説いている。

■世の中の仕組みを根底から変革


〈マネーの世界に大きな変化が起ころうとしている。われわれがこれまで日常的に用いていた日銀券や銀行の口座振替、あるいはクレジットカードや電子マネーが、「デジタル通貨」と呼ばれるものに変わる可能性がある。これが実現すれば、日常の買い物も、遠隔地への送金も、あるいはウエブサイトへの送金も、スマートフォンの操作だけで簡単にできるようになる。場合によっては、海外への送金も国内送金と同じように簡単にできる。これは、われわれの生活を便利にし、経済活動の生産性を大きく向上させる。それだけでなく、社会の基本構造を根底から変革することになるだろう。〉


■銀行が崩壊するという懸念も


 世の中の仕組みを根本的に変えてしまう、そんな動きを想起させるが、CBDCは、その名が示すように中央銀行(日本の場合は日本銀行)が発行する通貨(紙幣)をデジタル化するものだ。

 すでに現金ではなくキャッシュレス決済がメインの人も多くなった今、いまさら……と言われるかもしれないが、クレジットカードにせよ、○○ペイと呼ばれるモバイル決済にせよ、それらはみな銀行口座に紐づいたもので、いずれも現金とイコールで結ばれる。

 しかし、CBDCは違う。今はまだ、さまざまなシステムが検討されているために一つに定めることはできないが、究極的には中央銀行と個人のスマートフォンが直結して、中央銀行の管理のもと、スマホ同士で現金のやり取りが行われることになる。結果としてさまざまな場面で課されてきた手数料などが減免され、国際間の取引においても一気に流動性が高まる。

 2024年に渋沢栄一らが肖像の新紙幣が発行されることが話題の日本だが、もはやその意味を消し飛ばすくらい、時代の画期となる大変革が訪れようとしているのである。

 ――と、ここだけ見れば、いろいろと便利な世の中になることしかイメージできないが、もちろん便利になれば、不要なものが出てくるのが必然だ。

 野口氏が〈ただし、よいことばかりではない。場合によっては、銀行がなくなるほどの大きな変化が起こりうる。誰もがこの巨大な変化から逃れることはできない。〉と指摘するように、あることが当然と思っている「銀行」すらなくなる可能性があるのだ。

 その利便性とリスクについて詳細は野口氏の著作に譲るが、いずれにせよ、これまで疑いようのなかった「紙のお金」が日常生活から消えて、銀行がなくなる。その上で、場合によっては外国のデジタル通貨が流通するかもしれないとなると、もはやCBDCを看過することはできない。

■気が付けば日本人が「人民元」でお買い物…


 もちろん、これらが実現するためには「究極的に」の但し書きを添えなければならないが、こと利便性だけを追求すれば、きわめて有用であるがゆえに、気が付けば、わたしたち日本人が「人民元」を使っていることも、十分にありうるのだ、と野口氏もこう警句を発する。

〈仮に(外国企業にデジタル人民元の)無制限の取引を認めるとすると、国際的な決済に極めて大きな変化が起きる。例えば中国に輸出する日本企業は、代金をデジタル人民元で受け取ることができる。(中国の)四大銀行に口座を持たなくても、多額のデジタル人民元を使えるようになるのである。それは支払いに使える。それを受け取った企業も同様に使える。

 デジタル人民元には、国境がない。しかも、送金手数料もおそらくゼロに近い。さらに、面倒な手続きなしに、瞬時に送金が完了する。こうした特性は、現存する国際的送金手段に比べて明らかに優れている。そのため多大の影響を与えるだろう〉


■北京オリンピックで「デジタル人民元」の本格運用なるか?


 すでに中国はこの夏まで、11の都市で実証実験を進め、取引額も345億元(約5880億円)に達したという。そして、その本格デビューが、まもなく開催される北京オリンピックで行われるかもしれないというとき、日本はいったい何をしているのか――。

 あらためて岸田首相の先の会見の速記録を見返したものの、中国に触れたのは、「中国やロシアとの関係では、主張すべきは主張し、毅然とした外交を進めてまいります」の一節のみ。外交・安全保障が何も軍事や領土問題だけにとどまらないのはもはや明らかだし、その中国は目下TPP加盟を申請して、一帯一路から、さらなる国際経済の主導権を握ろうとしている。

 岸田氏の肝いり政策の「新しい資本主義」は、いくら主張したとて、結局は国内政策である。中国がねじ込んでくる「新しい資本主義」には抗えない――そんな時代が、すぐそこまで来ているのだ。

 ただし、中国当局がこのような取引を無制限に認めるとすると、中国の富裕層が資産を外国に持ち出すために使う可能性が高い。したがって、ウォレットの保有限度額や送金限度額で何らかの制約が加わるだろう。このあたりがどうなるかは、中国政策当局の判断にかかっている。

 なお、一帯一路地域におけるデジタル人民元の利用を中国政府が積極的に推し進め、「人民元通貨圏」を作ろうとする可能性もある。

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野口悠紀雄(のぐち・ゆきお) 一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問を歴任。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書に『「超」整理法』『「超」文章法』(ともに中公新書)、『財政危機の構造』(東洋経済新報社)、『バブルの経済学』(日本経済新聞社)、『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』(新潮社)ほか多数
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デイリー新潮編集部

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