逮捕の田中前日大理事長、暴力団をチラつかせて学内を支配した黒歴史 総長選候補に「5千万円渡すから辞退しろ」

日本大学前理事長・田中英寿容疑者を逮捕 暴力団との関係をチラつかせて学内を支配か

記事まとめ

  • 日本大学前理事長・田中英寿容疑者が計5300万円を脱税した容疑で逮捕された
  • 田中容疑者は暴力団と交流し、「山口組組長と付き合っている」と吹聴していたという
  • さらに、田中容疑者は『政・官』との結びつきも強めようとしていたらしい

逮捕の田中前日大理事長、暴力団をチラつかせて学内を支配した黒歴史 総長選候補に「5千万円渡すから辞退しろ」

逮捕の田中前日大理事長、暴力団をチラつかせて学内を支配した黒歴史 総長選候補に「5千万円渡すから辞退しろ」

その心中や如何に(田中容疑者)

 相撲に打ち込んでいた青年が長じて、なぜ「ドン」として君臨することができたのか。黒い交際と怪しい金の授受が囁かれてきた日本大学理事長、田中英寿容疑者(75)がついに逮捕された。マンモス校のトップが歩んだ黒歴史。そこにはやはり「政・官・暴」の影が――。

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 よもや自身の逮捕はないと「日大のドン」は高を括っていたのかもしれない。

 社会部デスクによれば、

「発端は、日大板橋病院と日大事業部を巡る背任容疑で、日大理事の井ノ口忠男被告と大阪の医療法人錦秀会の籔本雅巳被告が東京地検特捜部に逮捕されたことでした。その間のガサでは田中英寿容疑者の自宅から1億円超の現金が見つかり、特捜部は色めき立った。しかし、背任容疑は詰め切れず、2018年と20年に井ノ口被告から流れたリベートなどで得た所得を隠し、計5300万円を脱税した容疑で逮捕したのです。本人は一貫して否認しています」

 これまで卒業生120万人以上を送り出した日本最大のマンモス校の利権をほしいままにしたトップの転落。力の源泉は「相撲」にあった。

〈相撲が私の人生に輝きを与えてくれた〉

 過去、雑誌でこう語っている田中容疑者は太宰治と同じ青森県北津軽郡金木町(現・五所川原市)の出身である。小学校時代から相撲に取り組み、高校時代には国体で団体優勝。日本大学進学後も相撲部に所属した。

 ベテラン相撲記者が解説する。

「日大相撲部では1年後輩に、のちの横綱、輪島がいました。当時から、輪島よりも田中の方が実力は上だと言われていた。田中の得意技は下手投げでしたが、それを教わった輪島は大相撲入り後、左からの下手投げで一世を風靡し、“黄金の左”と呼ばれた。田中本人は上背が足りなかったので、大相撲はあきらめ、日大に残ることにしたのです」


■力士の支度金を懐に


 その後、日大相撲部のコーチを経て1983年に監督就任。その過程で多くの力士を大相撲へ送り込むようになる。

「当時、角界に入るには中学卒業後、すぐに部屋に入門するのが主流でした。しかし、田中監督は、大学から部屋というルートを開拓します。プロでも通用する上背のある学生をスカウトし、育成するのです。田中が育てた力士は舞の海、琴光喜、高見盛など50人以上に及びます。そして、学生を力士として部屋に入れると、部屋から田中監督を通じてその力士に支度金が支払われる。その額は大学時代のタイトルに応じて、数百万円から数千万円にもなり、その一部を田中監督が懐に入れていた。その頃に金への執着を覚えたといわれています」(同)

 また、“黒い交際”も度々取り沙汰されてきた。

「昔は大相撲の地方巡業はヤクザが仕切っていた。日大出身の力士が増える中で、若かった田中さんは彼らを通じてヤクザと知り合うようになり、やがて組長ら幹部とも交流が始まるのです。本人も“山口組組長と付き合っている”と吹聴していた。時代の流れで暴力団との付き合いが難しくなった頃、田中さんのところに彼らから連絡がきていました。“俺の名刺は捨ててくれ、もうこっちから連絡しないから”って。田中さんはその後、学内の宴席で“あの人たちは立派だ”と感心していました」(日大の元幹部)


■「出馬を辞退してくれたら5千万円渡す」


 過去には住吉会の福田晴瞭元会長と日大元幹部とのスリーショット写真や6代目山口組の司忍組長とのツーショット写真、戦後最大のフィクサーといわれた許永中との関係が報じられている。

 さる日大関係者は、

「田中さんは同じ青森で育ったという理由で、かつて福田元会長に可愛がってもらっていたと聞いています」

 かねて、そうした付き合いが学内にも知れ渡り、

「気に入らない教授がいると、“夜道に気をつけろ”とまで田中さんは言っていましたからね。バックに暴力団がいると皆が恐れるようになっていたのです」(同)

 先の元幹部が言葉を継ぐ。

「加えて、すごかったのが、日大の総長選挙ですよ。選対本部にするマンションを自費で借りてしまうんです。そして、93年に就任した瀬在(せざい)良男総長の時から歴代総長選は必ず田中さんがついた候補が勝っていた」

 その一端を窺い知ることができるエピソードがある。

「13年前の総長選では自分がついた候補の対抗馬を向島の料亭に呼び出し、“出馬を辞退してくれたら5千万円渡す。次期総長選は勝たせるようにするから”と協力を仰いでいました。あまりに一方的な申し出に、その候補は断っていましたが」(同)


■“警察の内部で…”


 黒い交際とカネをチラつかせ、日大を牛耳るようになった田中容疑者。2008年には、ついに理事長に就任する。

「まず着手したのは学内にある在席を知らせる電光掲示板の『総長』と『理事長』の位置を入れ替えることでした。それまでは総長が上だったのを、理事長を上にし、自らがトップだと宣言した。対立していた幹部を左遷し、最終的に東京・稲城のグラウンドの守衛にするなど、逆らう奴がいれば呼び出して“北海道の大学施設の管理人が空いてるぞ”と脅すのです」(同)

 学内を恐怖で震え上がらせる一方で「政・官」との結びつきも強めようとしていた。例えば、官邸の守護神といわれた警察庁出身の杉田和博前官房副長官もその一人。事情を知る関係者によれば、

「まだ杉田さんが官房副長官に就任する前の2000年代後半、田中さんと杉田さんが阿佐ヶ谷にある田中夫人が経営するちゃんこ屋で食事をしたことがあります。杉田さんは田中さんに“警察の内部で田中さんの悪い情報を聞く。気を付けた方がいい”と忠告していた。その後、杉田さんは反社との付き合いを含め危ないと思ったのか、田中さんとは距離を置くようになったと聞いています」

 当の杉田氏に実際のところを聞くと、

「(会ったのは)サシではないと思いますよ。記憶にございませんね」

 と煙に巻く。

 さらに16年、日大は130周年記念事業として危機管理学部を創設する。これに尽力したのが、警察官僚出身の亀井静香元衆院議員だ。

 亀井氏は田中容疑者をこう擁護する。

「俺が(田中理事長に)危機管理学部を作るように進言したんだよ。やると言ったら早い。パパッと作っちゃった。相撲取りからマンモス校のトップまでいったんだから、大人物だよ」

「政・官・暴」に食い込み、田中容疑者は利権を貪ってきた。一方で、危機管理のため警察OBを抱き込みながら、自身が逮捕されてしまった。これほどの皮肉もなかろう。

「週刊新潮」2021年12月9日号 掲載

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