秋篠宮さまが会見で破った“タブー” 小室さんへの“名指しでのご批判”はなぜ問題なのか

秋篠宮さまの会見での小室圭さん“名指し批判”に問題視 「娘の夫」との呼び方に指摘

記事まとめ

  • 秋篠宮さまの誕生日会見では、小室圭さんへの嫌悪感があらわになった
  • 皇族方が特定の相手を批判する行為は厳に慎まれてきたため、“名指し批判”を問題視も
  • 眞子さまは"不自由"な生き方となる前に皇室を出たいと願う気持ちが強まったのではとも

秋篠宮さまが会見で破った“タブー” 小室さんへの“名指しでのご批判”はなぜ問題なのか

■特定の相手を批判する「タブー」


 11月30日に56歳となられた秋篠宮さまは、これに先立ち記者会見を行った。小室圭さんのことを「夫の方」「娘の夫」とお呼びになるなど、改めて小室さんへの嫌悪感があらわになったのだ。

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 さる皇室ジャーナリストが言う。

「秋篠宮さまは、近代以降初めてとなる“異例の結婚”へと至った原因が、すべて小室さん側にあると仰りたいのでしょう。皇室の儀式が軽い印象を与えたことを申し訳なく思われるのも、そうせざるを得ないようにさせた小室さんがいけないというわけです。お答えの中で『週刊誌にも傾聴すべき意見がある』と述べられたのは、おそらく小室さんの知られざる問題を明らかにした記事を指しているのではないでしょうか」

 小室さんに問題があるのは言わずもがなだが、いかに“元凶”とはいえ、名指しで批判なさったことには大いに問題があるという。

「皇族方は従来、特定の相手を批判するという行為は厳に慎まれてきました。お立場上、相手が致命的なダメージを受けるおそれがあり、陛下を頂点とする皇室にあって、他の皇族方は国民統合の象徴をお支えする立場だからです」(同)

 にもかかわらず秋篠宮さまは今回、その境界線を踏み越え、小室さん個人に矢を向けられた。

「“娘の夫”という呼び方にも、名前すら口にしたくないというお気持ちが表れています。これから事態が覆るわけでもないのに、儀式を取り止めるという判断をなさったご自身が、他人を非難することでお考えを説明するというやり方は、皇位継承順位1位というお立場にあることを考えれば由々しきことです」(同)

■「リベラルで新鮮」と評されていた教育方針だが…


 また、ご家庭でのなさりようについても、

「今回のご結婚を巡る騒動が、秋篠宮家の教育の帰結であることは疑うべくもありません」

 そう指摘するのだ。

「秋篠宮家はよく言えば自由、言い換えればお子様方を縛らない教育を施されてきたと言えます。眞子さんも佳子さまも、学習院という従来の慣習にとらわれずICUに進学され、悠仁さまもお茶の水女子大附属中で学ばれている。ご夫妻がお子様方の意思を尊重し、自ら選択なさる自由を与えられたということで、非常にリベラルな家風の宮家だと見られてきました」(同)

 ところが、悠仁さまのご誕生で状況は一変した。

「将来、皇位継承権がご一家に移ることになり、それに伴って眞子さんや佳子さまも一宮家の内親王から、やがて天皇の姉となられる重いお立場へと変わられました。反対に、それまでは“リベラルで新鮮”と評価の高かった教育方針は、お子様方のわがままを許すものとしてネガティブに捉えられていくようになったのです」(同)


■皇族の結婚は「私的事項」か


 周囲の諫言も顧みず、自らの思いを貫いた眞子さんを育てたのもその教育である。皇室制度に詳しい小田部雄次・静岡福祉大名誉教授が言う。

「秋篠宮さまご自身が、お若い頃からナマズの研究という名目でタイに頻繁に旅行されるなど、自由に過ごしてこられました。また2007年にはマダガスカル、10年にはラオス、そして17年にはハンガリーへと、眞子さんを伴って私的旅行をなさってきた。会見で眞子さんについて『常に公的なものを優先している』と話されたのは、秋篠宮さまご自身が“公務さえしていればあとは自由”とお考えだからなのではないでしょうか」

 が、皇族の結婚は必ずしも「私的事項」とは言い切れないという。

「一連の儀式や品位保持のための一時金など、多分に公的な部分が含まれています。眞子さんは結婚そのものより、私的な恋愛感情を優先したことで国民の理解を得られなかったのだと思います。今回の秋篠宮さまのご回答は、その点を踏まえておられない、あるいは理解しながらも触れないでおられるように感じるのです」(同)

 結婚会見で眞子さんは、自身を応援してくれた人々だけに感謝の言葉を述べ、それ以外はあたかも“敵”であるかのような物言いに終始していた。

「自由恋愛で紀子さまを選ばれ、昭和天皇の喪中に婚約された秋篠宮さまは、眞子さんも自由放任で育てられてきました。それが、ある時期から女性宮家の話などが浮上し、眞子さんとしては“話が違う”と、いわば裏切られた思いを抱かれたのではないでしょうか。それまで自由になさってきただけあって、“不自由”な生き方となる前に皇室を出たいと願う気持ちが強まったとしても、無理からぬことだと思います」(同)

「週刊新潮」2021年12月9日号 掲載

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