なぜ日本人はデータを使ってコロナを正しく把握できないのか 政府もメディアも“お祭り”に加担

 コロナの新たな変異株「オミクロン」の出現は不気味だが、このウイルスの「特性」を知れば、少しは“見方”が変わるかもしれない。日本総研主席研究員の藻谷浩介氏が斬るのは、その「特性」を真正面から見ようとしない「コロナ専門家」たちのおかしさである。

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〈新型コロナウイルスの感染者が急減した要因について、厚生労働省に助言する専門家組織「アドバイザリーボード」の釜萢敏(かまやちさとし)・日本医師会常任理事はメディアの取材に次のように語っている。

「いくつか推測はあるが、はっきり確信は持てない。なぜか解析したいが、分からないことだらけだ」

 新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長や、“8割おじさん”こと西浦博・京都大学教授も未だに明確な「答え」を口にしていない。〉

 感染者数が急に減少した理由について「分からない」と言っている専門家がいること自体が「訳が分からない」です。急拡大と急減の繰り返しは、世界中で起きています。そういう性質のウイルスなのです。全世界の新規陽性判明者数のグラフと日本のそれを見比べても一目瞭然です。第3波から第5波にかけてのピークの時期が、全世界のグラフと日本のグラフでほぼ一致しているのです。

〈そう指摘するのは日本総合研究所・主席研究員の藻谷浩介氏である。掲載のグラフで分かる通り、「世界」と「日本」は同様の曲線を描いている。〉


■なぜ感染者の波が世界的に同じなのか


 感染者急減について、行動制限が効果を発揮したと言う人がいます。ですが、プロ野球が盛り上がった10月と、第5波が急拡大した7月と、そんなに皆の行動が違いましたか? 昨年もGoToトラベル最中のお盆明けから2カ月間、新規陽性者は減り続けました。そもそも、世界中が日本と同時に自粛を開始したわけではないのに、なぜ日本と世界の感染の山が同じなのか。ワクチンにしてもそうです。例えばベルギーは8月中にはワクチン2回接種率が70%を超えるなど積極的なワクチン接種を行っていましたが、その後、10月に入って急激に新規陽性者が増加しています。他にも、日本のピークは長期休暇と被っていて、「休暇で移動が活発になったから感染者数が増加した」とか「季節の変化で感染者が増加した」などと言う人もいますが、それと世界のピークがほぼ一致していることにはどう説明をつけるのでしょうか。もちろん世界の感染者データには季節が真逆の南半球や、四季のない地域のデータも含まれています。加えて言えば、長期休暇の取り方も日本と世界では違います。そもそもウイルスの消長は自然現象。人間が自在にコントロールできると考えるのは、傲慢というものでしょう。できるのは、うまくサイクルに対応する努力だけです。


■死亡率は激減


〈急拡大と収束を繰り返すウイルスのサイクルはコントロールできない。しかし、マスクや手洗いなど、人間の“努力”によって感染者数をなるべく低く抑え、ワクチン接種によって死亡者数や重症化率を下げることは可能である。日本と世界のデータを比較すると、日本の“優秀さ”が際立つ、と藻谷氏は説く。〉

 第5波の拡大中に五輪が開催されていた8月2日から8日の期間、日本における人口100万人当たりの新規陽性判明者数は106人。では、同じ時期に他の国はどうだったのか。EUは148人。ワクチン接種が日本より進んでいたアメリカは328人、イギリスは400人。やはりワクチン接種先進国だったイスラエルは405人です。日本はまだ60代以上の高齢者にしかワクチンが行き渡っていなかったにもかかわらず、実は非常に優秀な状況だったといえるわけです。

 こうした状況を「さざ波」と言った人がいましたが、もちろん「さざ波」ではない。入院できない患者が続出しましたし、医療関係者も大変な思いをしたわけですから。ただしこれは、1年半経っても対応病床と人員を有効に増やせていないためで、そこは政府の無策が問われるところです。

 感染者数を見ると、第5波は第4波に比べて2.7倍と試算される一方で、死亡者数は6割になっている。つまり感染者の死亡率は、5分の1程度に下がったわけです。死亡率の高い高齢者を優先してワクチンを打ったことの、明確な効果です。「ワクチンが効いていない」などと言う人は、感染者数しか見ていないのでしょうか。


■第5波と五輪は無関係


〈第5波は東京オリンピックの時期と重なった。そのことから、あたかも両者を関連付けるような見方も一部にあったが、藻谷氏はこれを明確に否定する。〉

 第5波が、東京オリンピックに関係して発生したということは全くありません。国立感染症研究所の遺伝子解析で、日本で第5波を起こしたデルタ株は、今年5月18日に陽性が確認された首都圏在住・海外渡航歴なしの一人から広まったものだと確認されています。つまり、そのはるか後の7月下旬に始まった東京オリンピックに関連して入国した誰かが、ウイルスを持ち込んだのではありません。これはNHKのニュースにもなり、政府の部会でも報告されているはずの事実ですが、知られていないのはなぜでしょうか。

 また、東京オリンピックが人流を増やして第5波を拡大させた、というのも全くお門違いです。第5波が始まったのは6月下旬です。実際の感染と判明の間には2週間程度のずれがあるので、感染拡大の開始は6月初旬でしょう。これはオリンピックが始まるずっと前です。さらに言えば、オリンピックに伴う人流なんて、毎日の通勤者数に比べればほんのわずかです。


■重症化率を報じないニュース番組は異常


〈なぜ事実に基づかない物の見方が広まってしまうのか。〉

 皆さん、事実にあまり興味がないのでしょう。データで示される事実よりも、皆がどう騒いでいるか、騒ぎ立てることでコミュニティ内がどう盛り上がるかばかりに興味があるように見えます。

 例えば、「重症者数」が報道でよく取り上げられるようになったのは第5波からです。すでにお話ししたように、第5波では死亡者数が第4波に比べて6割になりました。一方、第5波では感染者数が約2.7倍になった分、重症者数も約1.5倍になりました。ワイドショーなどが「減少した死亡者数」ではなく、「増加した重症者数」を取り上げるのは、視聴者を惹きつけるためなのでしょう。そして、情報を受け取る側もそうした“盛り上がり”ばかりに目が行くようになってしまうのです。

 しかし、「重症化率」で比較してみると、第5波のほうが第4波より明らかに低い。これもワクチンの効果です。自治体と医療関係者の方々が懸命にワクチンを打った結果、死亡者数や重症化率が明確に減少しているにもかかわらず、数が増えた「重症者数」ばかり報道していた日本のニュース番組は異常でしたね。


■自分たちに有利なエビデンスをなぜか発表しない政府


〈藻谷氏はマスコミだけではなく、政府の対応にも首を傾げる。〉

 ワクチンの効果で死亡者数が減少していることについて、菅前総理はなぜ大々的に発信しなかったのか不思議でなりません。現場の関係者たちが大変な思いをしてワクチンを打っているのだから、ワクチン接種の最高責任者として、「おかげで死亡者が減りました」と発表して称えるべきだったのではないでしょうか。あれだけマスコミを牛耳って、検察も抑え込んで強権を振るおうとしていたのに、良い効果をもたらした事実はなぜか発信しない。これが日本の変なところですね。

 さまざまなデータや分析結果について、政府は把握しているはずなのに、誰もそれを発表しようとしない。自分たちにとって有利となるエビデンスがそこに転がっているのに、誰もそれを利用しようとしない。本当に今回のコロナ騒動に関する政府の動きは「不思議の国・日本」という感じがします。報道機関や国民のみならず、政府までもが「祭り」の盛り上がりに引き寄せられていってしまう。これほど危険なことはありません。

 日本は感染者数、死亡者数ともに低く、感染抑止という観点では圧倒的に欧米諸国をリードしているわけです。厚労省の統計では、コロナ禍の昨年、肺炎が原因で死んだ人は、コロナ関連の死者を含めても一昨年に比べ2万人近く減りました。しかし、そうした事実も全く取り上げられない。それどころか、「経済を回すことにもっと力を入れようよ」などと言うと、周りからつまはじきにされるような雰囲気すらあります。これも「祭り」に気を取られて、データを使って自分の頭で事実を把握しようとしない日本の政府、報道機関、国民の悪いところなのだと思います。

藻谷浩介(もたにこうすけ)
日本総研主席研究員。1964年生まれ。山口県徳山市(現・周南市)出身。日本総合研究所・主席研究員。2000年頃より、地域振興や人口成熟問題に関して精力的に研究、講演を行う。著書に『完本 しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮文庫)、『里山資本主義』(角川Oneテーマ21新書)などがある。

「週刊新潮」2021年12月9日号 掲載

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