悠仁さまの進学先は筑波大学附属か東京農業大学第一か やはり最後に浮上する眞子さんと同じ問題

悠仁さまの進学先は筑波大学附属か東京農業大学第一か やはり最後に浮上する眞子さんと同じ問題

悠仁さま

 秋篠宮さまは11月30日、56歳の誕生日を迎えられた。この日、事前に開かれた会見の様子が報じられたが、その中で記者から悠仁さまの“受験勉強”について問われ、お答えになるという一幕があった。

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《1年前と比べると机に向かっている時間が格段に長くなっているんですね》

《机に向かって問題を解いている様子などを見ることがあり、そのような時に改めて、今15歳で中学3年生ということを──当然のことではあるんですけれども──そういう時に実感することがあります》

 悠仁さまは現在、お茶の水女子大学附属中学の3年生。同大学の附属高校は女子校のため、別の高校を受験する必要がある。担当記者が言う。

「マスコミに進学先として報じられたのは、国立の筑波大学附属高校(文京区)と私立の東京農業大学第一高校(世田谷区)の2校です。前者は2017年、お茶の水女子大と提携校進学制度を結んだことで話題になりました」

 この「提携校進学」の制度を使えば、それぞれの附属校の生徒が、書類や面接、レポートなどの選考で、互いの学校に進学することができる。

「新しい制度を使えば、入試を受験しなくても筑附に進めるわけです。運用実態に不明な点が少なくないため、『悠仁さまを筑附に入れるための制度ではないのか』と報じたメディアもありました。また筑附は、9月から大規模な改修工事が行われているのですが、これを『悠仁さまが入学されるからではないか』と女性セブンが記事にしています」(同・記者)


■悠仁さまと塾


 東京農大一高は、秋篠宮さまが10年以上、同大の客員教授をお勤めになっておられるという縁がある。

「いずれにしても、入試ランキングの観点から見ると、両校とも難関校です。特に筑附は東大進学ランキングの常連校。人気も難関度も高く、ある教育専門サイトでは開成高校と同じ偏差値78です。東京で最も入るのが難しい高校の1つでしょう。もちろん東京農大一高も偏差値65と上位校です」(同・記者)

 ちなみに学習院高等科は偏差値70とされている。いずれにしても都内だけで多数の高校があるが、悠仁さまが偏差値の低い学校を選ぶとは考えにくい。

「難関高校を目指す普通の中学生なら、塾に行くところでしょう。しかし悠仁さまが、進学塾の早稲田アカデミーやSAPIXに通うはずもありません。秋篠宮さまが仰るように、ご自宅で受験勉強をされておられるのでしょうが、独学で高校受験となると大変でしょう」(同・担当記者)

 皇室ジャーナリストの神田秀一氏は「皇族の方々がお子さまのために家庭教師を依頼するのは決して珍しいことではありません」と言う。

「当たり前のことですが、皇族の皆さんも世間一般の親と変わりありません。我が子の成績が『クラスの真ん中よりは上であってほしい』と願われるものです。一般的に、お子さまが小学校の低学年くらいから家庭教師を依頼されるのをよく見てきました。難関高校を受験されるとあってはなおさらでしょう」


■東大進学の可能性


 来春に晴れて筑附に合格となれば、「悠仁さまは東大に進まれるのか?」と大きな注目を集めるのは間違いない。

 週刊新潮は2019年3月28日号で「成績は中ぐらいでも『紀子さま』の悲願!『悠仁さま』東大計画で支度が始まった『高下駄』」の記事を掲載した。

 文中では「悠仁さまが推薦入試で東大に進まれる可能性」を、《さる皇室ジャーナリスト》が指摘している。ポイントをご紹介する。

▼仮に東大を一般入試で受けて失敗した場合、大きな挫折体験となってしまう。

▼合格しても、“将来の天皇陛下のため、少なくとも一般の受験生が1人は不合格になった”ことになる。悠仁さまのせいで、と受け止められる恐れがある。


■天皇陛下の家庭教師


 更に東大教授が匿名で取材に応じ、悠仁さまの入学は大歓迎と言い、《必要ならば高下駄でも何でもご用意して入学に備える》と明かしている。

「小室夫妻の結婚により、国民は秋篠宮家を厳しい目で見ています。たとえ実力で高校受験と大学受験を乗り切られたとしても、特にネット上で何かと言われるのは間違いないでしょう」(前出の記者)

 もう時すでに遅しなのだが、“痛くもない腹を探られる”ことを防ぐためには、悠仁さまは小学校から大学まで学習院に通われたほうがよかったのではないか。そう考える国民も少なくないはずだ。

「確かに、厳しい入試を勝ち抜くという“試練”も大切かもしれません。しかし、ずっと学習院だったら、目先の成績にとらわれない、長期的な視野での教育を受けていただくことが可能になります。実際、上皇さまも天皇陛下も学習院の中等科と高等科に通われている間、著名な大学教授など錚々たるメンバーが家庭教師を担当されました。天皇陛下にふさわしい教養を身につけてもらうためです」(同・記者)


■学習院との“距離”


 この場合における「家庭教師」は、受験勉強という短期的な視野とは全く関係ない。

 例えば上皇さまの場合、学習院の中等部に通っていた際に、東大名誉教授で東洋史が専門の山本達郎(1910〜2001)や、東京文理科大学名誉教授で漢字研究者として知られる諸橋轍次(1883〜1982)が、家庭教師を務めた。

「山本氏は『平成』の命名者、諸橋氏は大著『大漢和辞典』(大修館書店)の編者として知られます。日本を代表する知性と言っても過言ではありません。上皇さまも天皇陛下も学習院大学まで“エスカレーター式”に進学されることが決まっていたからこそ、受験勉強ではなく本当の学問に触れることができたのではないでしょうか」(同・記者)

 改めて浮かび上がるのは、秋篠宮家が学習院とは距離を置こうとする姿勢だ。

「上皇陛下は学習院大学で学んでおられた際、公務で大学に通えず単位が不足したことがあり、それが原因で中退せざるを得なくなりました。これまで秋篠宮さまが学習院を評価されていないのは、ご自身の体験からではないかと報じられてきましたが、ひょっとすると学習院のこの判断をずっと疑問に思っておられたのかもしれません」(前出の神田氏)


■「留年以外は認めない」


 1953年6月、イギリスのエリザベス女王の戴冠式が行われた。皇太子だった上皇さまは、昭和天皇の名代としてイギリスに向かわれた。当時はまだ皇族をはじめ要人の飛行機による移動が一般的ではなかったため、横浜港から船でイギリスを目指されたのだ。

「このため約半年、大学に通えなくなってしまったのです。具体的には大学3年生に進学するための単位が足りなくなりました。とはいっても原因は立派な公務です。宮内庁も『半年のブランクがあるなら、3月ではなく9月卒業にすればいい』と話し合ったのですが、最終的には『留年以外は認めない』という結論になったのです」(同・神田氏)

 大学を留年されるか、中退されるか──。上皇さまは中退を決断され、その後は聴講生として学習院大学に通われた。

 この出来事は上皇さまのお心をかなり傷つけたと語られている。このエピソードを知った秋篠宮さまが、学習院に不信感を持たれたとしても不思議ではない。

「結局、小室夫妻の時と同じように、“天皇家の公と私”の問題が浮上するわけです。悠仁さまの高校と大学進学をどのように考えるか。つまり、次代の天皇陛下がどのような高等教育を受けられるかは“私”の領域であると考えるなら、国民がモノ申すことではありません。しかし“公”の問題だとすれば、国民の声に耳を傾けていただく必要が出てきます」(同・神田氏)


■天皇陛下と学歴


 とはいえ、天皇陛下に学歴など関係ないという考えも成り立つ。実際、上皇さまは大学を中退せざるを得なかったが、国民から深く崇敬されたのはご存知の通りだ。

「国民としては『もし悠仁さまが東大に進まれることができるのだとしたら、進まれたほうがいいかもね』くらいの受け止めでいいのかもしれません。悠仁さまがどんな大学に進まれるにしても、国民に寄り添われ敬愛を集められる天皇陛下として、人間的に成長されることのほうが遥かに大事なことであるのは言うまでもありません」(同・神田氏)

デイリー新潮編集部

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