正月気分を楽しむ「新年列車」 元日に新型列車デビュー、高校生がデザインした“寅年”ヘッドマークも

正月気分を楽しむ「新年列車」 元日に新型列車デビュー、高校生がデザインした“寅年”ヘッドマークも

津田沼高校の安藤寧々さん(左)と中山仁菜さん(右)が描いた新年ヘッドマーク

 新年を迎えると、多くの鉄道では様々な臨時列車、ヘッドマーク掲出列車などが運転される。コロナ禍の影響で、2021年度の大晦日から元日にかけての終夜運転は一部の鉄道事業者にとどまった。そこで今回は「現在も続いているもの」「過去にあったもの」を交え、いくつかピックアップして正月気分を味わっていただこう。【岸田法眼/レイルウェイ・ライター】


■新京成電鉄


 例年、元日から1月15日まで、新京成線沿線の高校に在学する高校生が描いた新年ヘッドマークを掲出し、新京成線と直通先の京成電鉄千葉線を駆けめぐる。タイアップにより沿線地域の学校と交流を深めること、高校生らしい思いの詰まったヘッドマークを掲出した電車の運行により、地域社会の活性化を目指しているという。

 2021年度は津田沼高校に依頼し、松戸方先頭車に2年生の安藤寧々(ねね)さん、京成津田沼方先頭車に1年生の中山仁菜(にな)さんが描いたものを掲出。いずれも美術部に所属し、顧問の先生が抜擢した。

 安藤さんは鏡餅の上段に寅を描いた。「謹賀新年」の文字もシマシマ模様という、かわいらしい作品。中山さんはホワイトタイガーをモチーフにしたのか、寅を前面に出した迫力のある作品で、額(ひたい)に京成グループロゴを描く遊び心が秀逸だ。

 高校生が描いた新年ヘッドマークは、沿線高校の反響が高いという。“正月の風物詩”として定着した証でもある。


■小田急電鉄


 元日の終夜運転でもっとも華やかなのは、小田急電鉄である。その象徴と言えるのが臨時特急ロマンスカーだ。

 1968年の大晦日より〈初詣〉という列車愛称を引っ提げて、新宿―片瀬江ノ島間で運転された。明治神宮や鶴岡八幡宮への参拝客、江ノ島海岸での初日の出を眺める人々などに親しまれた。その後、町田―小田原間、多摩線唐木田始発の列車も運転されたという。

 2002年元日(以下の年はすべて元日)から〈ニューイヤーエクスプレス〉に改称され、おもに新宿―片瀬江ノ島間で運転されている。普段は箱根湯本へ向かう展望室つきの車両が江ノ島線に直通することもあり、好評を博している。

 2021年は残念ながら中止となったが、2022年は下り1本のみ運転。しかも、2022年3月12日のダイヤ改正で定期運行撤退が発表された50000形VSEで運転される。

 もうひとつ、元日の風物詩だったのが営団地下鉄(現・東京メトロ)千代田線直通の臨時急行〈初詣&初日の出号〉で、1991年に登場した。当初、上りは海老名―綾瀬間、下りは綾瀬―伊勢原・片瀬江ノ島間にて運転された。

 車両は1000形の10両分割編成(6両車+4両車で組成)が使用され、下りの伊勢原行きは6両車、片瀬江ノ島行きは4両車に分け、相模大野で分割した。1993年より下りの伊勢原行きは4両車、片瀬江ノ島行きは6両車に変更、1999年より下りは片瀬江ノ島行きに一本化された。

 2008年から上りは唐木田―綾瀬間の〈初詣号〉、下りは綾瀬―片瀬江ノ島間の〈初日の出号〉として運転されたが、2010年から臨時特急ロマンスカー〈メトロニューイヤー〉に衣替え。運転区間も下りの北千住―片瀬江ノ島間のみになった。現時点で2020年が最後の運転となっており、2023年の運転再開が待たれる。


■京成電鉄


〈シティライナー〉は2010年7月17日、〈スカイライナー〉の旧ルートを引き継ぐカタチでデビュー。京成上野―京成成田・成田空港間を結んだ。当時、定期列車はAE100形で運転された。

〈シティライナー〉として最初の年末年始を迎えるにあたり、大晦日の下り臨時列車(京成成田行き)、元日の上り臨時列車(京成上野行き)は、看板車両(エース)の座に就いた2代目AE形で運転され、成田山新勝寺への参拝客に対応した。

 2015年12月5日のダイヤ改正で、〈シティライナー〉の定期運行が終了すると、大晦日と1月のみの運転に縮小。さらに2016年大晦日から〈シティライナー(成田山開運号)〉と銘打ち、2代目AE形にヘッドマークを掲出。以降、2020年度を除く年末年始の風物詩として定着している。


■東武鉄道


 2006年から大師線を中心に、干支にちなんだ新年ヘッドマークの掲出を開始。正月3が日を彩った。年によって伊勢崎線浅草―竹ノ塚間の元日終夜運転列車(すべて各駅停車)にも掲出された。

 2012・2013年は東京スカイツリーの公式キャラクター(ソラカラちゃん?、テッペンペン?、スコブルブル?)をデザインしたヘッドマークを掲出。また、2013年に限り、東上線の一部車両にも掲出された。

 2014年以降は大師線列車のみ掲出となり、2020年まで続く。2021・2022年は終夜運転の設定がないため、新年ヘッドマークが制作されていない。

 一方、現在も続いているのは、SL〈大樹〉の新年ヘッドマーク掲出で、2018年から始まった(注:2019年はDL〈大樹〉)。2018年はシンプルなデザインだったが、2019年から干支にちなんだものになり、新年を盛り上げている。

※SLは蒸気機関車、DLはディーゼル機関車をさす。


■東京メトロ


 営団地下鉄時代の2003年元日、民営化で東京メトロになった2005年元日の終夜運転で、臨時急行〈新春ライナー荻窪〉〈新春ライナー浅草〉が銀座線浅草―丸ノ内線荻窪間で運転された。2003年は銀座線浅草―上野間の各駅に停まり、上野―丸ノ内線荻窪間は急行運転、2005年は銀座線内の各駅に停車し、丸ノ内線内は急行運転とした。

 銀座線と丸ノ内線は車両の規格、トンネルの断面が異なるため、銀座線用の01系で運転。銀座線溜池山王―丸ノ内線荻窪間は各車両に係員が立ち、停車駅では中間の乗降用ドアのみ非常用ドアコックを使い、手動で開閉した。

 その後、丸ノ内線のホームドア設置に伴い、銀座線と丸ノ内線をまたぐ旅客列車が終了した。


■元日に新型車両がデビューしたことも


 元日を“晴れ舞台”に新型車両がデビューしたケースもある。

 私の記憶にある限りにさせていただくと、1つ目は営団地下鉄銀座線用の01系。1983年に登場し、当初は1984年秋にデビューする予定であったが、試運転の姿を見た乗客から問い合わせが多く寄せられた。

 1983年当時の銀座線は1933〜1981年に新製された車両が活躍していたが、「古い車両」と「新しい車両」の見分けがつきにくかった。人々にとって01系は斬新かつ衝撃だったのだ。

 営団地下鉄は問い合わせの声に応えるべく、1984年元日、上野0時15分発の浅草行きで01系がデビューした。詳細は拙著『波瀾万丈の車両』(アルファベータブックス刊)を御参照いただければ幸いである。

 阪急電鉄8000系は前面デザインを一新。当時の“ナウい自動車”を意識したのか、運転台の速度計はバーグラフとデジタル表示を導入した。

 2つ目は阪急電鉄8000系。1988年8月に登場し、試運転を重ねた末、1989年元日の臨時特急宝塚行きでデビュー。しかも、始発の梅田駅で出発式を開催、デビュー記念ヘッドマーク掲出という初めて尽くしの展開となった。

 わずか6日後の1月7日、昭和天皇の崩御により、ヘッドマークの掲出をとりやめ。結果的に昭和64年では唯一、そして昭和最後の新型車両デビューとなった。

【取材協力:新京成電鉄、小田急電鉄、東武鉄道、東京地下鉄】

岸田法眼(きしだ・ほうがん)
レイルウェイ・ライター。1976年栃木県生まれ。『Yahoo! セカンドライフ』(ヤフー)の選抜サポーターに抜擢され、2007年にライターデビュー。以降、フリーのレイルウェイ・ライターとして、『鉄道まるわかり』シリーズ(天夢人)、『AERA dot.』(朝日新聞出版)などに執筆。著書に『波瀾万丈の車両』『東武鉄道大追跡』(ともにアルファベータブックス)がある。また、好角家の一面を持つ。引き続き旅や鉄道、小説などを中心に著作を続ける。

デイリー新潮編集部

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