憂鬱な通勤生活が始まる… 究極の2階建て車両もあった「電車の混雑対策」5選

憂鬱な通勤生活が始まる… 究極の2階建て車両もあった「電車の混雑対策」5選

215系は遠距離通勤客にとって”夢”のオール2階建て車両だったが、2021年3月に営業運転を終了した

 正月休みがまもなく終わる。通勤生活が始まることに、憂鬱な読者もいることだろう。だが鉄道事業者も混雑ラッシュに手をこまねいてきたわけではない。

 かつて大都市圏のラッシュ時には、電車の混雑率が200%を超える区間があり、その緩和が課題となっていた。平成に入ると、鉄道事業者は様々な施策を打ち出した。すでに廃車になったものも含め、「電車の混雑対策」の歩みを振り返ってみたい。【岸田法眼/レイルウェイ・ライター】

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■(1)多扉車


■ラッシュ時の乗降時間短縮と日中の着席サービス向上を両立した京阪電気鉄道5000系

 混雑緩和策として、導入歴が多いのは多扉車だ。一般的な通勤電車は3ドア車もしくは4ドア車だが、これを5ドア車や6ドア車とすることで乗降時間を短縮し、遅延防止を狙った施策である。

 多扉車の先駆けは、1970年に登場した日本初の5ドア車、京阪電気鉄道(以下、京阪)5000系だ。

 乗降用ドアが多いということは、その分、座席は少なくなる。そこでラッシュ時はすべての乗降用ドアを開閉して乗降時間の短縮に努める一方、日中は2か所の乗降用ドアを締め切り、その上に格納されたロングシートを下ろした。座席数を増やした3ドア車として営業運転したわけである。

■元号が平成に変わると、多扉車が全盛の時代へ

 続いて1990年2月、JR東日本の山手線205系に6ドア車が登場した。京阪5000系と異なり、中間車のみドアが多い仕様だった。平日の朝ラッシュ時にはロングシートを収納し、立席スペースを増やした。さらに乗客がつかまりやすいよう吊り手を大幅に増設し、通路にスタンションポールを設け、安全性の向上にも努めた。ロングシートを収納式にしたことで、荷棚の位置が高くなる欠点はあったが、乗降時間の短縮に成功した。

 その後、JR東日本では横浜線205系、京浜東北線209系、総武線E231系、山手線E231系500番台に受け継がれた。また、山手線205系6ドア車は埼京線に転用され、混雑緩和を図った。

■首都圏でも5ドア車が導入される

 乗降用ドアの開閉で工夫が見られたのが、日本で3番目の多扉車となった営団地下鉄(現・東京メトロ)日比谷線の03系で、1990年9月の増備車(同じ車型の車両を増やすこと。輸送力増強もしくは旧型車両の置き換えが主目的である。なお、車型によっては途中で仕様が変更されることもある)から3年にわたり20編成が導入された。日比谷線はホームの両端に改札方面への階段を配した駅が多いことから、1・2・7・8号車を5ドア車、3〜6号車を従来通りの3ドア車とした。

 5ドア車のロングシートは固定式で、北千住や中目黒などの始発駅では、整列乗車を崩さないよう、2・4番ドアを締め切り、1・3・5番ドアのみを開けた。

 当初、日比谷線と相互直通運転を行なう東武鉄道(以下、東武)は伊勢崎線北千住―東武動物公園間の各駅で、5ドア車すべてが開くことに慎重な姿勢を示した。5ドア車が到着すると、整列乗車が乱れることを懸念したからだ。そのため、伊勢崎線内では、2・4番ドアを締め切った「3ドア車」として営業運転に就いていた。のちに東武側が03系5ドア車に準拠した20050系を導入したことで解消された。なお、東武の始発駅では5ドアすべてが開いた。

 このほか、京王帝都電鉄(現・京王電鉄。以下、京王)でも6000系増備車を5ドア車として導入。上記とは異なり、すべての車両が5ドア車である。

■最後の多扉車は東京急行電鉄

 2005年、東京急行電鉄(現・東急電鉄。以下、東急)は田園都市線用の2代目5000系に6ドア車が導入された。朝ラッシュ時の田園都市線の急行や準急を中心に運用され、始発駅―東京メトロ半蔵門線半蔵門間は座席を収納した。車両の構造はJR東日本に準拠する。

 当初は一部の編成を対象に2両連結されたが、のちに3両化して混雑緩和策を強化した。これが最後の多扉車となった。

■ホームドアの設置に伴い2021年で多扉車が全廃

 多扉車は乗降時間の短縮に大きく貢献したが、座席定員が減るほか、乗降用ドアの数が多い分、車内の保温に課題があった。いずれも半自動ドアボタン(乗客のボタン操作により開閉する)が設置されておらず、冬季の長時間停車は暖房をかき消すほど寒かった。

 なにより全廃の決定打となってしまったのは、車両によって乗降用ドアの数が異なることで、ホームの安全柵ならびにホームドアに対応できないことだった。

 まず、京王6000系5ドア車が、2000年1月から3月にかけて、一部を4ドア車に改造した。その後、多扉車ではもっとも早く2011年3月13日をもって引退した。

 JR東日本は2007年の京浜東北線E233系1000番台の導入を皮切りに、6ドア車の4ドア車化を進めた。東急も同様である。東京メトロは日比谷線車両を18メートル車から20メートル車に置き換えることを決め、東武共々4ドアの新型車両に置き換えた。現在はホームドアの設置を進めている。

 最後まで残った京阪5000系も京阪本線京橋駅のホームドア設置に伴い、2021年9月をもって引退。多扉車の歴史は「京阪で始まり、京阪で終わった」ことになる。


■(2)ワイドドア車


■開口幅で明暗が分かれる

 扉の「数」ではなく「広さ」での工夫が、「ワイドドア車」である。1991年、20メートル4ドア車のまま、乗降用ドアの幅を広げたワイドドア車が小田急電鉄1000形の増備車にて登場したのが始まりだった。開口幅は、従来車の1.3メートルから2メートルに拡大。ただし、乗務員室寄りのみレイアウトの関係から1.5メートルとした。開口幅の拡大に伴い、当初、ロングシートは1000形従来車の最大7人掛けから5人掛けに減ったが、のちの増備車では6人掛けに変更された。

 1000形ワイドドア車は合計36両導入された。さらに1995年にデビューした2代目2000形では開口幅を1.6メートルに見直し(乗務員室寄りのみ1.3メートル)、ロングシートは最大7人掛けとなった。のちに1000形も2代目2000形に準じた改造が行なわれた。

 2019年から新型車両2代目5000形の導入に伴い、廃車が進められ、現在は6両車1編成のみ在籍しており、消滅が近づきつつある。さらに2018年3月の小田原線複々線完成により、世田谷代田―下北沢間の混雑率が194%から150%台(コロナ禍の2020年度は118%)に緩和されたことで、新たなワイドドア車が登場することもないだろう。

 小田急電鉄と対照的に、ワイドドア車に積極的なのは東京メトロだ。営団地下鉄時代の1991年夏に、東西線05系の増備車としてワイドドアが採用された。開口幅は1.8メートル、乗務員室寄りのみ従来通り1.3メートルとした。ロングシートは最大6人掛けとしており、座席定員の減少を最小限にとどめている。

 05系ワイドドア車は5編成の導入にとどまったものの、東京メトロは2010年に“当初からワイドドア”の15000系を世に送り出す。先頭車の長さを従来の車両から若干延ばすことで、乗務員室寄り車両を含めすべての開口幅が1.8メートルになった。2017年まで16編成が導入され、今も東西線の混雑緩和策を強化している。

 さらに東西線はドアピッチ(乗降用ドアの間隔)の異なる車両が多いことから、東京メトロが大開口ホームドアを開発し、実用化。東京メトロでも、03系の5ドア車とは対照的な展開となった。


■(3)座席収納車


■増結用としての座席収納車だった阪急電鉄8200系

 多扉車の項でも少し触れたが、「座席を収納する」というのはもっともシンプルな混雑対策といえる。阪急電鉄は神戸線の朝ラッシュ時の増結車(途中駅で連結される車両)として、1995年にロングシートを収納式にした8200系を導入した。立席スペースを拡大させ、吊り手を増やし、通路にスタンションポールを設けた。吊り手は関西の鉄道では珍しく、首都圏と同じ握りやすい三角形とした。また、ほかの神戸線車両と同じ3ドア車ながら、開口幅を1.3メートルから1.5メートルに拡大したワイドドア車でもあり、乗降時間の短縮も図った(開口幅の拡大に伴い側窓は1両あたり6か所減ったが、その分、寸法を拡大した)。

 しかし、不況や少子化など阪急電鉄における社会情勢の変化が大きく影響したことで、2008年に収納式座席が撤去され、従来の固定式ロングシートに置き換えた。吊り手も関西の鉄道では一般的な円形に取り換えられた。“普通の車両”になったものの、8200系は、現在も朝ラッシュ時の増結車として黙々と走り続けている。


■(4)JR東日本の通勤客向け2階建て車両


■現在も続くのは普通列車用グリーン車のみ

 JR東日本の2階建て車両は多数存在しているが、ここでは通勤客向けに絞らせていただく。

 国鉄時代から首都圏の普通列車用グリーン車は自由席扱いで、ラッシュ時は必ずしもすべての乗客が着席できるわけではなかった。それを解消すべく、1989年に登場したのが2階建てグリーン車で、東海道本線用としてデビューした。

 通勤やビジネス客向けのため、荷棚は平屋席(両端の席)にしか設けられていないという欠点があるものの、現在は首都圏を走る普通列車用グリーン車がこの仕様だ。

■究極の2階建て車両が登場したが……

 1991年には、常磐線415系1500番台に「2階建て普通車」が登場した。土浦方の先頭車として運用に就く。2階建てグリーン車とは異なり、一部を除きボックスシートであるのが特徴。特に2階席は一部を3人掛けにして、座席定員の増加を図った。

 しかし、立席スペースが平屋部分のみであること、ラッシュのピーク後に運行され、日中の運用がなかったことから、量産化には至らず、2006年に廃車された。

 遠距離通勤客にとってみれば夢のオール2階建て車両もあった。

 その第1弾は1992年登場の215系。朝晩は東京―小田原間の〈湘南ライナー〉(有料の定員制列車)、日中は東京―熱海間の快速〈アクティー〉として運用された。

 しかし、すべて2ドア車のため、快速〈アクティー〉運用時は乗降に時間を要し、遅延が度々発生。2001年12月1日のダイヤ改正で撤退となった。晩年は〈湘南ライナー〉、新宿―小淵沢間運転の臨時快速〈ホリデー快速ビューやまなし〉で運用されていたが、2021年3月13日のダイヤ改正で営業運転を終了。そのまま引退した。

 第2弾は新幹線のMax(「Multi Amenity eXpress」の略)で、1994年にE1系、1997年にE4系が登場した。特にE4系は16両編成運転時、座席定員は世界最大の1634人が話題となった。

 しかし、重心が高い車両のため、スピードアップに難があった。さらに車両の老朽化も重なり、E1系は2012年10月28日、E4系は2021年10月17日に引退した。


■(5)デュアルシート


■首都圏では“簡易優等車両”と化す

 デュアルシートとは、クロスシートとロングシートの両方に設定できる“二刀流”の座席である。開発したのは近畿日本鉄道で、1996年に2610系を改造し、営業運転を開始。ラッシュ時はロングシート、日中はクロスシートにすることで、混雑緩和と快適性の向上を両立させた。その後、改造車、新型車両の投入により、数を増やしている。

 JR東日本でも、2002年に仙石線用205系3100番台の一部編成に導入し、通勤客と観光客の双方の需要に対応した。

 デュアルシートの“概念”を大きく変えたのは、東武が2008年に東上線に投入した50090系だった。基本的に一般列車はロングシート、有料列車〈TJライナー〉はクロスシートに設定するという、使い分けをしたのだ。6月14日に〈TJライナー〉がデビューすると、連日満席の大ヒット商品と化した。その後、西武鉄道、京王電鉄、東急電鉄、しなの鉄道、京浜急行電鉄が相次いで投入し、首都圏や信州のデュアルシートは“簡易優等車両”としての地位を築いた。

【取材協力:小田急電鉄、阪急電鉄】

岸田法眼(きしだ・ほうがん)
レイルウェイ・ライター。1976年栃木県生まれ。『Yahoo! セカンドライフ』(ヤフー)の選抜サポーターに抜擢され、2007年にライターデビュー。以降、フリーのレイルウェイ・ライターとして、『鉄道まるわかり』シリーズ(天夢人)、『AERA dot.』(朝日新聞出版)などに執筆。著書に『波瀾万丈の車両』『東武鉄道大追跡』(ともにアルファベータブックス)がある。また、好角家の一面を持つ。引き続き旅や鉄道、小説などを中心に著作を続ける。

デイリー新潮編集部

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