元公安警察官は見た 「ボガチョンコフ事件」で評価された公安捜査員の恐るべき“尾行術”

 日本の公安警察は、アメリカのCIAやFBIのように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を17年務め、数年前に退職。9月に『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、ロシアスパイも気づかなかった公安警察の尾行について聞いた。

 ***

 2000年9月、駐日ロシア大使館のボガチョンコフ海軍大佐に内部資料を渡していた海上自衛隊の三佐が自衛隊法違反で逮捕された。実は、この事件で日本の公安警察は高い評価を受けたという。

 旧KGB(国家保安委員会)の科学技術部門のスパイとして1980年代に東京で活動したコンスタンチン・プレオブラジェンスキー氏は、この事件について読売新聞(2000年9月9日付)の取材を受けている。ロシアがスパイ活動を行うのは、技術的に先進諸国より遅れているためで、「日本警察は尾行が上手」と語った。

「ボガチョンコフはロシア連邦軍の参謀本部情報総局(GRU)の諜報員で、スパイの訓練を受け、キャリアを積み上げた情報将校でした。そんな人間が、公安警察の尾行にまったく気づかなかったのです」

 と語るのは、勝丸氏。公安外事1課で公館連絡担当班に所属していた同氏は、大使館や総領事館との連絡・調整が主な任務で、外交官の情報には精通していた。


■絶賛される公安の尾行


「公安警察の尾行は、CIAもFBIからも絶賛されています。『気配を消して追ってくる』と。言わば、職人芸のようなものです」

 ボガチョンコフがロシア大使館に着任したのは1997年9月。2年後の99年9月、横須賀市で開かれた海上自衛隊とロシア海軍の交流式に参加。通訳を務めていた海自の三佐と、そこで出会った。

 三佐は、1986年に防衛大学校を卒業し、海上自衛隊に入隊。護衛艦や補給艦の航海長などを務めた後、1998年から防衛大学校の総合安全保障研究科(大学院)に所属し、ロシア海軍の研究を行っていた。ロシア語も堪能だったという。

「ボガチョンコフはGRUの諜報員と見られていましたから、彼と接触する日本人は公安の監視対象となります。海自とロシア海軍の交流会の後、2人は9月末に六本木の寿司屋で食事をしています」

 三佐には息子がいたが、白血病を患っていた。

「ボガチョンコフは三佐の息子への見舞金として15万円渡しています。三佐が息子を助けたい一心で新興宗教に入信した時も同行して、一緒に祈っています。息子が亡くなった時には香典13万円を渡し、一緒に涙を流したそうです。このため三佐は、ボガチョンコフと一緒に過ごす時は安らぎを感じたといいます」

 2人は、1999年9月以後、月に1、2回のペースで計15回会食していた。そのうち、外事1課が尾行、監視を行ったのは12回だったという。

「ボガチョンコフは、三佐と会う時は尾行されていないか必ず『点検』していました。店に向かう途中で何度も振り返ってまわりを見ていたのです。尾行されてないと安心したのか、店の中では三佐から渡された資料を堂々と広げて見ていたそうです」

■懲役10月の実刑判決


 所轄署の警察官が捜査に協力することもあったという。

「2000年5月、公安がボガチョンコフを監視対象にしているのを知っていた麻布警察署の警察官から、彼の車が南麻布の路上で駐車していると外事1課に通報がありました。捜査員が車の近くの店を徹底的に調べたところ、居酒屋で三佐と食事しているところを確認しました」

 外事1課は、これ以上2人を泳がせておくと防衛省の重要な資料が流出する恐れがあるとして、2000年9月7日、三佐の逮捕に踏み切った。

「浜松町のバーで2人は落ち合い、ビールとジントニックを注文。その直後、店内にいた14人の男女がいきなり立ち上がり、『警視庁公安部です。事情聴取に応じて下さい』と言った時、店内は騒然となったそうです」

 三佐は警視庁に連行され、翌日に逮捕された。ボガチョンコフは「ウィーン条約で外交官は保護されている」と言って事情聴取を拒否、店から立ち去った。そして9日、報道陣が見守る中、成田からロシアへ帰国した。

 三佐は、ボガチョンコフに秘密扱いの幹部教育用教本「戦術概説」と通信体制の将来像をまとめた冊子「将来の海上自衛隊通信のあり方・中間成果」のコピー、さらに防衛研究所の組織図など数十点を手渡していた。その謝礼など総額58万円の現金を受け取っていた。

 2001年3月、東京地裁は三佐に対し、懲役10月の実刑判決を下した。

「ボガチョンコフが公安の尾行に気づかなかったのは、捜査員が必ずしも彼の背後にいるとは限らなかったからでしょう。尾行は5、6人のチームで行いますが、後ろにいるのは短時間です。先回りをして、ボガチョンコフが来るのを待機することもあります。彼が車で店へ向かう時は、捜査員は車とバイクで尾行しました。歩行での尾行と同様に、ボガチョンコフの後ろに付くことはほとんどありません。彼がどちらへ向かったか別の捜査員と連係を取りながら、先回りするのです」

 公安警察の尾行は、なぜ評価が高いのか。

「日本にはスパイ防止法がないため、別件で現行犯逮捕するしかありません。そのため尾行術に磨きがかかるということでしょう」

デイリー新潮編集部

関連記事(外部サイト)