公安警察官に反面教師として教えられる「キャノン中佐」 250人殺害した男のロシアと共産党嫌い

 日本の公安警察は、アメリカのCIAやFBIのように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を17年勤め、数年前に退職。昨年9月に『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、戦後、日本でロシア人など250人以上を殺害した米国の軍人について聞いた。

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 公安警察官の研修で、“反面教師”としてテキストに取り上げられる米国人がいる。終戦後、日本でGHQ(連合国最高司令官総司令部)直轄の秘密諜報機関に勤務していたジャック・Y・キャノン中佐だ。

「彼がいる諜報組織はキャノン機関と呼ばれています」

 と語るのは、勝丸氏。

「彼は東京都台東区の旧岩崎邸を拠点に、26人の部下と共に活動していました。任務は、日本の共産化を企てるソ連と中国に関する情報収集でした。キャノンは超愛国主義者で、共産主義とロシア人を毛嫌いしていたそうです」

 キャノンは、諜報員としてはきわめて優秀だったという。


■250人以上殺害


「もっとも、組織の指示を守るような男ではありませんでした。彼は、1948年から1952年までキャノン機関を率いていましたが、その間にロシア人、中国人、朝鮮人など部下に命じたものを含め250人以上殺害したと知人などに語っています。これは軍の命令を完全に無視した行動です。そのため陸軍は彼を狂った男とみなし、追放したがっていました。公安部の研修では、組織の命令を無視して暴走したキャノン中佐のようになってはならないと教えられます」

 キャノンはロシア人を異様なやり方で殺害したという。

「彼は、ロシア人スパイを殺すときの様子を詳しく知人に語っています。引き金に触れたときの彼らの表情をつぶさに観察して楽しんでいたそうです。いくら何でも酷すぎます。頭がおかしかったのではないかと思います」

 キャノン機関は、ソ連だけでなく、中国や北朝鮮のスパイもターゲットにしていた。

「彼らを尾行し、素行を調べた上で、アメリカのスパイに仕立てるための工作をしていました。ときには拉致して脅迫することもあったそうです。旧岩崎邸の地下に監禁室や取調室を設け、そこで拷問をしながらスパイになることを強要したといいます」

 大抵は従ったそうだが、中にはスパイになるのを拒否した者もいた。

「その場合は、部下に命じて旧岩崎邸の地下にあったボイラーに生きたまま投げ込んで灰にしたといいます」

 にわかには信じがたい話だが、紛れもない事実だという。

■「悪魔の弾丸」


 キャノン機関の“悪行”は、1951年11月の鹿地事件で発覚した。

「中国共産党と関係のあった作家の鹿地亘を拉致し、旧岩崎邸の地下で監禁したのです。そこでスパイになるよう強要したのですが、岩崎邸の日本人コックが鹿地の家族に通報したことで事件化しました。鹿地は、その後国会などで拉致、監禁されたときの様子を証言したため、キャノン中佐の名前が世間に知られることになったんです」

 1949年7月6日、下山定則国鉄総裁が轢死体で発見された「下山事件」、1949年7月15日、三鷹駅構内で無人列車が暴走した「三鷹事件」、1949年8月17日、福島県の東北本線で列車が転覆した「松川事件」は、いずれも共産党関係者が関与したと見られる事件であったことから、キャノン機関が関わっているのではないかという憶測も流れた。

 鹿地事件から4カ月後の1952年3月、キャノンはアメリカに帰国した。その後、軍法会議にかけられたが、不問にふされ、陸軍も退官した。

 キャノンは陸軍を退官しても、武器への執着心は抜けなかった。殺傷能力の極めて高い銃弾を自ら開発しているのだ。

「その特殊な銃弾は、何百個からなる極小の破片からなり、外側をプラステックで覆っています。この銃弾で撃たれると、体内に入った弾丸は瞬時に炸裂し、破片は心臓、肺、肝臓など四方八方に突き刺さるそうです。1発で即死するので『悪魔の弾丸』と呼ばれています」

 キャノンは、この銃弾を知人の警察官に渡したこともあったという。

「警察官がこの銃弾で麻薬運び人の頭を撃ったところ、弾丸の破片は瞬時に頭から足まで駆け巡ったそうです」

 キャノンは自宅のガレージを弾丸製作工場に改造し、何千という「悪魔の弾丸」を生産、売却したという。

 もっとも、キャノンは晩年うつ病を発症する。
 
「彼は、メキシコ国境に近いテキサス州のエジンバーグに住んでいましたが、1981年3月8日、自宅ガレージでピストル自殺をしています。使用されたのは『悪魔の弾丸』でした。なぜか2発の弾丸が撃ち込まれていました。弾痕は胸と腕の付け根にありましたが、1発で即死するはずなのに、なぜ2発撃てたのか。他殺説も考えられますね」

デイリー新潮編集部

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