納棺師が忘れられない「最後のお風呂」 母の髪を洗い続ける娘――その涙の理由とは

 映画「おくりびと」で広く知られるようになった納棺師。亡くなった方の身体を整え、お化粧を施し、納棺の前に身支度を整えるのが主な仕事です。

 これまで4000人以上の死のお見送りに携わった納棺師の大森あきこさんがご遺族に寄り添ってきた体験をまとめた『最後に「ありがとう」と言えたなら』は、ご遺体との最後の時間を心残りなく過ごしてほしいとの願いから執筆したという。その一部を抜粋し、ベテラン納棺師が涙した実話をお届けします。

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■故人の体を清める儀式「湯灌(ゆかん)」


 私はこの仕事に就くまで、亡くなった方の体を浴槽で洗う「湯灌(ゆかん)」という儀式があることを知りませんでした。普段は人前でお風呂に入ることなどしませんから、これを知った時は、私が死んだ時はやらなくていいかなぁ……と思ったものです。でも、たくさんの方の湯灌の儀式を見てきた今は、残された家族が私を洗いたいと思ってくれるなら、喜んでお願いしたいと思うようになりました。


■涙をぽとぽと流しながらお母さんの髪を洗う娘さん


 お体や髪を洗う湯灌だから作り出すことのできる時間もあります。

 美容師として働き始めたばかりの娘さんが、亡くなったお母さんの髪を、涙をぽとぽと流しながら無言で洗っている姿を今でも覚えています。

 娘さんと同じ年の子供がいる私は、横に座っているだけで心が痛くなりました。

 娘さんはいつまでもいつまでも手を動かしています。なかなか、洗うことを止められない娘さんの腕に触れて、

「何かお手伝いできることはないですか?」

 と聞くと、

「入院してからお見舞いに行けなかったんです」

 思いを話してもらおうと、私は慌ててシャワーのお湯で娘さんの手についた泡を流し、タオルで拭いてあげました。

「痩せていく母を見るのが嫌で、会いに行けませんでした」

 私はまっすぐに見つめてくる視線にうなずきながら、彼女を見ていてずっと思っていた言葉をかけました。

「こんなに丁寧に髪を洗ってあげたら、お母さんすごく喜んでると思います」

 すると、娘さんはポツリと言いました。

「やっと母に美容師になれたことを言えた」

 ひとつに束ねた金髪に真っ赤な口紅が印象的な今時の女の子です。

 きっと心の中でいろんな思いがごちゃごちゃになっていたんだ……。誰にも言えず、こんなに苦しみ、悩んでいたと思うと抱きしめてあげたい気持ちになります。きっと亡くなったお母さんも同じ気持ちなんじゃないかな……。

 納棺式が終わり退席しようとした時、お父さんから、

「本当に、湯灌をやってよかった」

 と言葉をかけていただきました。

「娘があんなふうに思っていたなんて知らなかったんです」

 この湯灌の儀式が、ご遺族にとって意味のある時間であったと確信できた瞬間でした。

■大切な人とのお別れを少しずつ噛み砕くプロセス


 故人に何かしてあげることで、ご遺族は、理解することが難しい大切な人とのお別れを少しずつ噛み砕き、自分の中に落とし込んでいるのかもしれません。

 お湯を使うことで腐敗が進むのではと心配される方もいらっしゃいます。実際はお湯に浸かるのではなく表面を洗い流すので体が温まるわけではありません。腐敗が進むことは考えにくいですが、もちろん全ての方にできるものではありません。

 亡くなった方の体の状態によっては湯灌が難しい場合もあります。もし、ご興味のある方は葬儀会社に聞いてみてください。

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※『最後に「ありがとう」と言えたなら』より一部を抜粋して再構成。

大森あきこ(おおもりあきこ)
1970年生まれ。38歳の時に営業職から納棺師に転職。延べ4000人以上の亡くなった方のお見送りのお手伝いをする。(株)ジーエスアイでグリーフサポートを学び、(社)グリーフサポート研究所の認定資格を取得。納棺師の会社・NK東日本(株)で新人育成を担当。「おくりびとアカデミー」、「介護美容研究所」の外部講師。夫、息子2人の4人家族。

デイリー新潮編集部

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