「見送る立場」が辛い 東京時代はほとんどなかった友人たちの異動(中川淳一郎)

「見送る立場」が辛い 東京時代はほとんどなかった友人たちの異動(中川淳一郎)

イラスト・まんきつ

「見送る立場」ってヤツの辛さを感じる人生がこの1年半ほど続いています。東京から佐賀県唐津市に2020年11月に引っ越してから、生活が一変してしまったのです。もちろん、その時は私が見送られる立場だったので、それほど寂しく思うことはありませんでした。

 不思議なもので、唐津ほど半端なく遠い場所でかつ佐賀県という日本全国でも一線級のマイナー県だと「一体どんな場所に中川は引っ越したんだ?」という興味が湧き、これまでに累計で120名ほどが遊びに来てくれました。福岡での仕事ついでの人もいれば、唐津を見るためだけに来る人などさまざまです。

 そうなると、彼らが1泊2日〜5泊6日滞在した最終日、お別れの時が来る。これが実に寂寥感抜群なわけです。彼らがいる間は非常に楽しいのですが、それが終わり毎回高速バス乗り場やJRの駅の改札で手を振る時、そして「フーッ」とため息をつき、家に戻った時の部屋の寒さが心に染みるのです。

 東京時代はフリーランスの知り合いがほとんどで、異動がほぼないニュースサイトの仕事が多かったため、誰かを見送るということはありませんでした。

 ところが唐津では、会社員との接点が増え、今年の3月は次々と異動し、唐津を離れる人が続出しました。一人は佐賀新聞唐津支社長のT氏で、もう一人はたまたま唐津で再会した会社員時代の同期であるS氏です。

 さらには、地方にいると何かと公務員の知り合いが増えるわけで、彼らは3年に1回の異動があり、それまで一緒に仕事をしていたのに、「私、異動になりまして……」とこれまたお別れになる。もちろん、県内での異動のため、縁が切れるわけではありませんが、それまでとは違う仕事になると、慣れるまでは同様に遊んだり飲んだりできなくなります。

 とはいっても、教師は毎年こういう経験をしているんだなァ……、とも思うのですよ。ようやく私も人生で初めてそのような経験をしたわけですが、各人が新たなステージに入るというのはめでたいこと。

 そんな中、フリーランスとして生きていると、人生の指標をなかなか作れないんですよね。会社員や公務員だったら定年というゴールがありますが、私は組織人が異動をするのを目の当たりにし、「自分はどこへ行くのだろう」なんてことも思ってしまいました。

 こうしてしんみりとしたことを考えていたのですが、T氏とS氏の合同送別会は楽しかった。

 T氏はデジタル関連部署の部長になり、S氏は東京異動でビジネス開発をすることになります。「デジタルで何をすればいいのやら……」とT氏が言うと、S氏が「ニュースを地元の人が読みながら脇でおにぎりを握る動画を作ればいい。スポンサーはオレが集めますよ!」とアホな提案!を出してきました。しかし、佐賀といえば海苔と米、確かにこの企画はアリだな!と大いに盛り上がったのでした。

 私だって27歳の時に会社を去る時は「寂しいじゃないかよー!」と先輩や後輩から言われた。「別れ」は、人生をさらに発展させる機会かもしれませんね。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

「週刊新潮」2022年4月7日号 掲載

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