「死亡ひき逃げ事件」の時効撤廃へ 遺族の思いが県議会を動かし国に意見書提出

「死亡ひき逃げ事件」の時効撤廃へ 遺族の思いが県議会を動かし国に意見書提出

地元のサッカーチームに所属し、母親思いの優しい子だったという小関孝徳君

 一人息子をひき逃げ事件で失った母親の執念が埼玉県議会を動かした。2009年9月に埼玉県熊谷市で小関孝徳君(当時小学4年で10歳)が車にひき逃げされ死亡した事件はいまだ解決していないが、母の代里子さんは死亡ひき逃げ事件の時効撤廃を訴える活動を続けている。代里子さんの粘り強い思いは議員らに届き、埼玉県議会が3月、死亡ひき逃げ事件の時効撤廃を国に求める意見書を全会一致で可決するという異例の判断を下した。


■死亡ひき逃げは「殺人罪に匹敵」


「救護措置義務を果たさず被害者を死亡させ、故意に逃走を図った点では殺人罪にも匹敵する凶悪な犯罪である。しかしながら、時効が撤廃されていない」。埼玉県議会が可決した意見書には、辛辣な言葉が並ぶ。

 代里子さんは2019年6月頃から時効撤廃や危険運転致死罪の積極的な適用など死亡ひき逃げ事件の厳罰化を求める法改正を求めて署名活動を展開しており、昨年12月には約9万人もの署名を法務省に提出した。

 自身のSNSを活用するほか、国会議員や地方議員らに直接陳情して時効撤廃の必要性を説明。今回は埼玉県議らがその思いに応える形で動き、時効撤廃や過失運転致死罪の法定刑の上限(7年)引き上げ、危険運転致死傷罪の幅広い適用を求める意見書を提案し、3月25日の本会議で可決された。

 本来、地方議会の役割は、地方自治体に対して条例改正や制度改善などを求めるものであり、死亡ひき逃げ事件を巡り県議会が国に法改正を求めていくという動き自体が極めて異例といえる。


■行き詰まると解決困難


 死亡ひき逃げ事件の検挙率は近年9割を超えるが、別事件で逮捕された犯人のDNAが手がかりとなる殺人などの凶行事件と比べ、犯人に結びつく直接証拠が少ないため、一度捜査が行き詰まると解決へのハードルは高くならざるをえないのが実情だ。さらに、時間の経過と共に証拠が散逸しかねず、証拠を保存する捜査機関側の負担も増えるため、時効撤廃については消極的な意見があるのも事実。

 だが、そもそも捜査機関は証拠のデータ化を積極的に進めている上、長期未解決事件では、よほど真新しい情報が寄せられない限り日頃から聞き込みを行うなど具体的な捜査をすることはありえず、捜査機関の負担はそれほど重いとも思えない。

 さらに、既に時効が撤廃されている殺人罪などのように、「人を死亡させた罪では時効を廃止すべき」という識者の意見も根強くある。また、過去には、遺族の無念さを伝える新聞記事に触れた関係者が心を痛めて警察に通報したことで、未解決死亡ひき逃げ事件が解決に至ったケースもある。こうした点を踏まえても、時効撤廃を求める代里子さんの思いは理解できるし、埼玉県議会の意見書にも合理性は伺える。

 今回、埼玉県議会が意見書を可決したことは、意外性も合わせてそれなりのニュース価値があるように思えるが、各新聞の地域版などで小さく報じられているのみにすぎない。県民の投票で選ばれた県議が遺族の思いに沿って動いた結果を特段に褒め称えるつもりはないが、今回の県議会の異例の判断はもっと注目されてもいいのではないか。


■国は本格的な議論を


 死亡ひき逃げ事件を巡る現行法の時効は、道路交通法違反(ひき逃げ)で7年、自動車運転死傷行為処罰法違反の過失運転致死傷罪で10年、危険運転致死罪で20年となっている。このため、死亡ひき逃げ事件では、過失運転致死罪の時効10年で捜査が打ち切られるケースがほとんどだ。

 だが、孝徳君の事件では、19年9月に過失運転致死罪の時効10年が迫りつつある中で、代里子さんは時効廃止や危険運転致死罪(時効20年)の適用を求める署名活動を開始。危険運転致死罪は、犯人が飲酒や薬物の影響下で運転した場合などに適用されるため、埼玉県警は前例がないとして当初は罪名変更に消極的だったが、代里子さんが同年8月にその時点で集まった約3万人分の署名を国に提出するなど熱心に働きかけたこともあり、時効成立12日前の同9月18日、危険運転致死罪に切り替える異例の措置が取られている。

 代里子さんは「捜査を続けてくれるのはありがたいけれど、また時効はやってくる。犯人が捕まらない限り、息子の無念は晴れません」とした上で、「死亡ひき逃げの時効を必ず撤廃してほしい。時効成立によって悲しい思いをする遺族を一人でも減らせれば、と思っています。今回の埼玉県議会が意見書を可決したことは非常に大きなことであり、次は国にしっかり動いてほしいです」と訴える。国は代里子さんや埼玉県議会の意見にしっかり耳を傾け、死亡ひき逃げ事件の時効撤廃に向けた本格的な議論を進めるべきだ。

デイリー新潮編集部

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