日本もアルカイダに狙われていた‥元公安警察官が初めて語る「高速鉄道爆破未遂事件」

 日本の公安警察は、アメリカのCIAやFBIのように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を17年勤め、数年前に退職。昨年9月に『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、アルカイダシンパによる「高速鉄道爆破未遂事件」について聞いた。

 ***

 20年前、警察当局は一切広報しなかった、大規模なテロ未遂事件がある。2001年9月11日、国際テロ組織アルカイダによるアメリカ同時多発テロ事件が起きた。実は、その直後日本もターゲットになっていたのだ。

「同時多発テロ事件の後、CIAから警察庁へ極秘の情報提供がありました」

 と語るのは、勝丸氏。

「日本にいるアルカイダシンパの外国人が、国内で具体的なテロ計画を実行に移そうとしているというのです。急を要するので、捜査した方がいいという話でした」

 アルカイダシンパは5人で、パキスタン人とバングラデシュ人だった。


■特急列車の先頭車両を爆破


「彼らはアルカイダから指令を受けていました。CIAの情報では5人は東京都北区にあるマンションの一室を拠点にし、そこで爆弾を製造しているというのです。実際、そこへ行ってみると、5人の出入りが確認できました」

 彼らは高速鉄道を狙っていたという。

「2002年6月からサッカーの日韓ワールドカップが開催されました。海外から多くの観客や選手が来日しましたが、彼らが移動に使う高速鉄道の先頭車両を爆破する。先頭車両が脱線すれば、後続車両も脱線して大惨事になることを狙った計画でした」

 CIAの情報によると、テロリストは爆弾を入れたスーツケースを列車に運び込むつもりだった。

「先頭車両に乗り込んで、座席や荷物置き場に爆弾の入ったスーツケースを置いて、彼らは次の駅で降りる。そして列車が発車して10分後に爆破させるという計画でした」

 すぐに警視庁公安部が動いた。

「50人ほどの捜査員を投入し、24時間体勢で5人を監視しました。彼らの拠点となっている北区のマンションは、間取りは2LDK。中古車会社の役員を務めているパキスタン人が借りていました。このパキスタン人がボス的存在で、他の4人に指示してホームセンターや薬局で、爆弾の材料となる薬品などを購入させていました」

 4人もそれぞれ日本で仕事を持っていた。

「建設会社に勤務する者や飲食店で働く者、コンビニの店員もいました。中には、ビザの期限が切れて、オーバーステイの者も。彼らは、埼玉県戸田市や板橋区などのアパートに住んでいました」

■爆発物取締法違反


 パキスタン人のボスが、アルカイダと直接連絡を取っていたという。

「暗号を使ったメールでアルカイダと連絡していました。日本から直接アフガニスタンへメールすると怪しまれますから、最初ベルギーにメールして、そこからアフガニスタンに転送していました」

 テロ計画の全貌を把握した公安部は2002年春、爆弾など危険物を取り締まる警視庁の生活安全部に連絡した。

「公安部長が生活安全部長に捜査状況を説明して、テロリストを爆発物取締法違反で逮捕してもらうことになったのです。公安部が逮捕すると、法廷に捜査員が出廷することになります。国内には他にテロリストがいるので、捜査員の名前や顔を知られたくなかったからです」

 逮捕当日、20人以上の生活安全部の捜査員が北区のマンションに踏み込んだ。

「生活安全部の捜査員に交じって、公安捜査員も部屋に入りました。念のためマンションの近くには、爆発物処理班も待機していました」

 室内にいたパキスタン人のボスを含む3人を逮捕した。

「爆弾が仕込まれたスーツケース3個を押収、いつでもテロ計画を実行できる準備が整っていました。あの時、もし逮捕が遅れたら、計画が実行に移されて大きな被害が出ていた可能性があります」

 押収したパソコンを分析したところ、アルカイダと連絡を取っていたことも確認できたという。

「逮捕された3人は、裁判で罰金刑が下り、国外退去処分となりました。残る2人のテロリストは、行方がわからなくなりました」

 当時は、テロ等準備罪法(2017年7月施行)がなかったため、テロの計画段階での逮捕ができなかったという。

「爆弾を準備していたという具体的な証拠をつかんだので、生活安全部に爆発物取締法違反で逮捕をお願いしたわけです」

 もし、ワールドカップ期間中にこの計画が実行に移されていたら……。考えただけでもゾッとする。

デイリー新潮編集部

関連記事(外部サイト)