佳子さまは“公務嫌い”? お出まし回数に歴然の差…ご成年前から「皇室を出たい」

 秋篠宮家の次女・佳子さまが先日、ご公務のため都内にお出ましになった。お住まいの赤坂御用地や皇居でのご活動を除くと、行事ご出席は1年半ぶりとなるが、当の佳子さまは皇室への“違和感”を口にされ、秋篠宮さまもそのご意思を正せずにいらっしゃるという。

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 連休さなかの5月7日、都心のホールには佳子さまのお姿があった。

「森林づくりに功績のあった人を顕彰する『みどりの感謝祭』が催され、佳子さまが臨席されました。約120人が参加した式典では『かけがえのないみどりを引き継いでいくためには、私たち一人一人がみどりの大切さを認識することが大事』だとあいさつされ、来年に全国植樹祭が開催される岩手県の子たちに苗木が渡されると、拍手を送られていました」(宮内庁担当記者)

 今年で31回を数える「みどりの感謝祭」はこれまで、秋篠宮家の方々が出席されており、

「式典の名誉総裁は第1回から秋篠宮さまが務めてこられました。令和の御代替わり時に眞子さんに替わり、今回は主催者側から佳子さまに、名誉総裁就任の願い出があったのです」(同)

 コロナ禍にあってリモートでのご活動を主とされてきた佳子さまが、皇居以外での公的な行事にお出ましになるのは2020年11月以来、実に1年半ぶりのことであった――。

■「自分で考えた道」


 先ごろ発売されたジャーナリスト・江森敬治氏の著書『秋篠宮』(小学館)では、佳子さまに関して以下のような記述がある。19年3月、江森氏が秋篠宮さまを訪ね、ICUを卒業された佳子さまの進路について尋ねると、

〈彼女は大学卒業後、公的な活動に取り組むが、秋篠宮は、自分で考えた道を歩む、そんな娘を応援したいと話していた〉

 その「自分で考えた道」が何を指すのかは判然としないのだが、

「皇室において、秋篠宮家はとりわけ新型コロナウイルスの動向にご関心を寄せられてきました。ご夫妻の方針もあり、皇嗣職は毎週の定例会見でも『COVID−19』という正式名称を用いています。秋篠宮家ではオンライン活用が主となっており、佳子さまも宮邸でのご公務が続いている。こうした事情もあり、ご公務へのお出ましは久々となってしまったのです」(同)

 加えて、佳子さまは昨年5月から「全日本ろうあ連盟」の非常勤嘱託職員として勤務なさっているものの、実際には職場に通われず、週3日ほどのテレワークが続いている状況である。

■他の皇族方のご活動と比較すると…


 それでも、

「コロナ禍でのオンライン活用が重要であるのは論をまたないところですが……」

 とは、さる皇室ジャーナリストである。

「単純な比較はできないとはいえ、佳子さまが最後に皇居以外で公的行事に携わられた一昨年11月以降の皇族方のご活動を振り返ってみると、たとえば三笠宮家の彬子さまは、日本ラグビーフットボール協会名誉総裁というお立場でたびたび試合をご観戦。また日本プロスキー教師協会総裁としてスキーヤーの選考会にも臨席され、他にも表彰式へのご出席、劇場でのコンクールご鑑賞など、報じられているだけで8回お出ましになっています」

 ちなみにご母堂の寛仁親王妃信子さまも、国際柔道連盟のアンバサダーとして各地で試合を観戦なさったほか、都心で催されたイベントでごあいさつなさる一方、四国で催された芸術祭にも足を運ばれるなど、6回のお出ましがあったという。さらには、

「高円宮妃久子さまに至っては、日本サッカー協会名誉総裁として試合観戦や関連式典へのご出席をはじめ、国際会議の開会式や天皇賜杯全日本軟式野球大会ご観戦などで地方へも積極的にお成りになっている。この期間のお出ましは20回近くにのぼります」(同)

 というから、佳子さまとの差は歴然としているのだ。


■「公務は受け身」というご発言


「佳子さまは19年3月、ICUご卒業にあたり、ご公務に関して『私が何をやりたいかではなく、依頼を頂いた仕事に、一つ一つ丁寧に取り組むというのが基本的な考え方』であると、文書でご回答なさいました。これは04年のお誕生日会見で秋篠宮さまが述べられた『公務というものはかなり受け身的なものではないか』とのお考えを踏襲しているともいえますが、皇嗣家のご活動を支える内親王としては、大いに物足りなさを感じるところです」(同)

 ご卒業後は大学院へも進学なさらず、もっぱら在宅でのお仕事が続く日々。これでは国民の間から“空いた時間は一体、何をなさっているのか”といった疑念が湧き起こっても、ちっとも不思議ではなかろう。


■「脱出願望」の果てに…


 さながらご公務から遠ざかるかのように“迷走”を続けられる佳子さま。そうした生活の基盤となっているのは、以下のような「お気持ち」だと明かすのは、さる宮内庁関係者である。

「実は佳子さまは、ご成年を迎えられる前から『皇室を出たい』と強くお考えになっていました。眞子さんともども、元来は秋篠宮さまの“自主性重視”という方針のもとで育ってこられたわけですが、06年に悠仁さまが誕生されたことで状況は一変しました。以来、ご家庭では悠仁さま優先の子育てが顕著になっていき、ご姉妹も何かにつけ将来のお世継ぎである弟宮を『支えていくように』と言われ続けてきました。徐々に自由が狭められていく違和感を覚えてこられたのです」

 佳子さまはこれまで、ご家族を含む周囲に、ご自身の「脱出願望」を漏らされてきたというのだが、

「側近が諫められないのはもちろんですが、秋篠宮さまもまた、きちんと言い聞かせてお考えを正すようなことはできませんでした。反対に、時には言い争いに発展することも珍しくなく、眞子さんの結婚問題では全面的にお姉さんを支持なさったこともあり、佳子さまとご両親との仲は疎遠になっていきました」(同)

 前出の江森氏の著書では、眞子さんと佳子さまへの接し方について、秋篠宮さまが吐露される場面がある。

〈「やっぱりね、私みたいに怒りっぽい父親だと……」静かに思いを巡らせた後、こう語った。/「どうしてもね」/自らに言い聞かすように声を絞り出す。/「よくないですね、そこはね」〉


■エリザベス女王はいまも現役


 海外の王室に詳しい関東学院大学の君塚直隆教授が言う。

「英国では96歳のエリザベス女王がいまも600ほどの団体のパトロン(名誉職や総裁)を務めています。一方で佳子さまが関わられているのは現在、眞子さんから引き継いだ『日本テニス協会』と、今回の『みどりの感謝祭』くらいです。圧倒的に少なく、これでは皇室が国民から遠い存在になってしまう。ろうあ連盟のお仕事にも、もっと積極的にコミットなさるべきです」

 秋篠宮家の「放任主義」についても、

「果たして、どれだけ『公』を念頭に置いた教育をなさってきたのでしょうか。そうした意識をお子様方に身に付けさせるには、小さい頃から多くのご公務に接し、そのお姿を国民に見せていくことが最も大切なのですが……」

 そう嘆くのだ。さらに、家族問題カウンセラーの山脇由貴子氏も、

「佳子さまにとって事実上、皇室を離れる手段は結婚しかありません。ただし、『好きにしていいよ』と仰ってお子様を育ててこられた秋篠宮さまが、皇室を離れたい佳子さまに『結婚は“好きに”とはいかない』とお教えになったとは思えません。それは眞子さんの騒動からもうかがえるわけですが、佳子さまは、そんなお姉さんの後を追いたいとお考えなのだと思います」

 姉に倣(なら)って佳子さまが「反乱」を起こされる日は遠くなさそうである。

「週刊新潮」2022年5月26日号 掲載

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