6代目山口組「神戸から抜けるだけでは許さない」との苛烈なメッセージで、飛び交う「池田組解散」情報

6代目山口組「神戸から抜けるだけでは許さない」との苛烈なメッセージで、飛び交う「池田組解散」情報

「池田組解散」情報飛び交う

6代目山口組「神戸から抜けるだけでは許さない」との苛烈なメッセージで、飛び交う「池田組解散」情報

6代目山口組「司組長」の視線の先にあるものとは?

■2代続けて若頭が狙撃されて


 6代目山口組本部(兵庫県神戸市兵庫区)から、「池田組(本部・岡山県岡山市)には手を出すな」との通達があったという。経済ヤクザとして知られる池田組が解散を選択した結果だということだが、ここに至るまでに何があったのか。元山口組系義竜会会長で、現在は暴力団組員の更生を支援するNPO法人「五仁會」主宰の竹垣悟氏が解説する。

 池田組の池田孝志組長は、6代目山口組の若頭補佐や舎弟などを歴任。しかし、2015年8月に6代目を離脱し、新団体・神戸山口組(兵庫県神戸市中央区)に合流した。そのため6代目側からは、絶縁処分を受けている。

 その後、2020年7月に神戸山口組を脱退し、独立組織として活動してきた。

「池田組が神戸に参加してから脱退するまでの5年の間にあったのが、6代目側が仕掛けた抗争です。2016年5月に木忠若頭が山口組系弘道会山組(愛知県名古屋市)傘下の組員によって射殺され、2020年5月には木の後継・前谷祐一郎若頭が山口組系大同会(鳥取県米子市)の幹部に銃撃されて重傷を負いました」(竹垣氏)


■代紋まで作ったが


「当時、6代目側への喧嘩(=報復、カエシ)は、神戸側の中核組織だった5代目山健組(兵庫県神戸市中央区)が引き受けるということになっていたようですが、にもかかわらず、カエシを行えませんでした。それはひとえに、神戸の井上邦雄組長の方針なのでしょう。しかし、2代続けてカシラ(=若頭)をやられて苦しい思いをしている池田組長としては、やられ損というか、神戸の傘の下にいる意味がないというふうに考えたのだと思われます」(同・竹垣氏)

 その後、山健組は6代目側に戻ることを選んだが、池田組は別の選択をした。独立である。

「独立にあたってはアルファベットの『I』をあしらった代紋まで作り、ヤクザにアゲンストの風が吹きまくっている中、サバイブしていくぞという強い決意の表れだと受け取られたものです。資金力のある経済ヤクザとして名を馳せ、岡山市内で賃貸業や不動産など手広く展開しており、それゆえに組織に頼らなくてもやっていけるという触れ込みでした。もっとも、シノギはそこまで順調ではなく、資産はどんどん減っていったのではないかと見ています」(同・竹垣氏)

 つまり、世間の評価と実態とが乖離していったのではないかと指摘するのだ。


■ヤクザとして義理がなく


「一本独鈷(独立組織)になった後の2年間は、6代目側から目立った抗争を仕掛けられることはありませんでしたが、今年のゴールデンウイーク中に関連施設が“車両特攻”を受けました。6代目としては『神戸を抜けるだけじゃなくて旗幟を鮮明にせよ』とのプレッシャーをかけ続けていたものと思われます」(同・竹垣氏)

 車両特攻から約1カ月。池田組長は解散を選ぶことにしたようだ。

「組事(くみごと=組織の方針や指示)で懲役へ行った組員はいないようで、組長として果たすべき義理がないこと、そして2016年に射殺された高木前若頭の7回忌法要が終わったことというのが大きかったと聞いています。池田組が解散を決めたことで、6代目側は池田組長の生命の安全などを保証し、そこから『手を出すな』との通達が回ったということでしょう」(同・竹垣氏)

 残った組員は、6代目側の地元組織が引き受ける流れだという。しかし、「池田組の解散そのものを否定する勢力もいるようです。池田組長自身は何も語っておらず、腑に落ちない部分も少なくありません」(同)という状況もあり、真偽のほどはなかなか判然としない。

 いずれにせよ、たとえ神戸側を脱退しても、決して追及の手を緩めない6代目側の執念を見せつけた一件と言えるのかもしれない。

デイリー新潮編集部

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