安倍昭恵さんが語っていた「離婚しなかった理由」 知られざる「不思議夫婦」の絆

安倍昭恵さんが語っていた「離婚しなかった理由」 知られざる「不思議夫婦」の絆

安倍昭恵さん

 ファーストレディーにたびたび足を引っ張られた安倍元総理だったが、夫婦の間には意外な絆があった。

 ***

 安倍元総理が、ドクターヘリで搬送された奈良県立医大病院には、銃撃から5時間半ほど経った午後5時前、昭恵夫人(60)が到着した。夫人は、「晋ちゃん、晋ちゃん!」と繰り返し声をかけたが、安倍氏は5時3分、帰らぬ人となった。

「銃撃を受け、間もなく心肺停止になり、病院到着まで50分近く経っていましたから、救命はかなり困難だったと思います」

 と語るのは、元日本救急医学会会長で東京大学名誉教授の前川和彦氏である。

「外傷患者で病院到着時に心臓、呼吸が止まり、瞳孔が開いていたら救命の可能性は低いです。心臓が止まって3分も経つと脳細胞が死んでしまうので、心肺停止から時間が経過しているとわかれば通常は蘇生術を長くは行えません。要人の場合、治療を継続するかどうかはさまざまな要素が考慮されると思います。今回は瞳孔が開いていたでしょうし、一般の方なら死亡と判断された可能性がありますが、手を尽くそうとされたのでしょう。昭恵夫人の確認を待って判断することにしたのかもしれません」


■夫を窮地に追いやったことも


 その間、100単位以上、すなわち20リットル以上の輸血が行われた。輸血量自体は前川氏によれば、

「以前ほどではありませんが、交通事故や転落事故による多発外傷患者はまれに、短時間で100単位の輸血をすることもあります」

 とのこと。しかし、治療に当たった医師や看護師が20人以上とは、かなりの数。結果として、昭恵夫人は夫の死に際に間に合った。

 その昭恵夫人、傍から見れば、安倍元総理の足を引っ張ることもあった。居酒屋を開き、ゲストハウスを始め、「反原発」など夫の立場と異なる政治的な発言を繰り返し、挙句の果てに、森友学園の名誉校長を引き受けていた問題では、夫を窮地に追いやった。


■意外と愛し合っていた?


 安倍家をよく知る人物が述懐する。

「第1次政権のときは、元外交官の宮家邦彦さんが昭恵さんの教育係だったので、変なことは起きませんでした。しかし第2次政権になると、昭恵さんは安倍さんに“今度は私の好きなようにやります”と宣言。そこで経産省から、彼女の日程を管理、調整するスタッフが2名出向しました」

 自由を得た結果の一部が、先に上げた事例で、

「安倍さんは総理在任中も、渋谷区富ヶ谷の私邸を動きませんでした。安倍さん夫妻は2階で生活し、1階には安倍さんの兄夫妻、3階に母親の洋子さんが暮らしている。総理公邸を避けたのは、公邸に入ると、奔放な昭恵夫人に対する洋子さんという重しがなくなってしまうからではないかと考えられます。洋子さんは内心はともかく、基本的には昭恵さんにあれこれ言いませんでしたが、森友問題のときだけは、“晋三が総理の座を追われたりしたら私はあなたを許しません”と伝えたようです」(同)

 だが、その割に夫婦仲は悪くなかった。二人を知る人物が語る。

「昭恵さんは“夫と意見は食い違うけど離婚はしない。愛してるんだもの”と語っていたし、晋三さんも“家庭の幸福は妻への降伏にかかっている”と言っていた。実際、昭恵さんはもめごとがあっても数分後にはケロッとしているタイプ。ストレスを抱える政治家には案外、安らげる妻だったのかもしれません。それに晋三さんはお見合い前から昭恵さんを見知っていて、切れ長の目にスラリとした長身に“憧れていた”とか」

 傍から見れば不思議な夫婦も、意外なところで求め合っていたのだろう。

「週刊新潮」2022年7月21日号 掲載

関連記事(外部サイト)